第7話 自分の足で
翌朝。
「ヴァルハイドさん、レティシアさん。少し、お話が……」
村長の声に、レティシアさんが振り返った。
「どうしました? 山賊なら大丈夫ですよ」
「いや……そのことではなくて……」
村長は言いにくそうに視線を落とした。
「ソウタ君のことなのですが……」
「ソウタ?」
「ええ。村の者とも話しまして……その……この村では、あの子を置いておけない、ということになりまして……」
「…………」
ヴァルハイドさんが低く村長を見下ろす。
「……なぜだ?」
「い、いや! 決してソウタ君が何か悪いことをしたというわけでは!」
村長が慌てて両手を振った。
「ヴァルは黙ってて!」
レティシアさんが黒い甲冑を睨みつけてから、村長へ向き直る。
「どうしてです? ソウタ、真面目に畑仕事もしてるじゃないですか」
「ええ! もちろん分かっています。とても真面目な少年です。昨日も村の子を助けてくれたと聞いております」
村長は困ったように眉を下げた。
「ただ……お恥ずかしい話ですが、私どもの村には蓄えも少なく、一人増えるだけでも負担になります。それに……この村の者でもなく、素性も分からない子を置いておくことに、不安を感じている者もおりまして……」
「でも――」
「あ……」
少し離れた日陰から声が漏れた。
三人が一斉に振り返る。
「ソウタ……」
レティシアさんの顔から笑みが消えた。
「ごめんなさい……」
「違うの、ソウタ。これは――」
「そうですよね」
レティシアさんの言葉を遮った。
「僕、ここの人じゃないし……」
「ソウタ君、そういう意味では――」
「今まで、ありがとうございました」
深く頭を下げた。
それ以上、そこにいることができなかった。
「ソウタ!」
呼び止める声を背中に受けながら、僕は振り返らずに走り出した。
どこへ行くつもりなのか、自分でも分からなかった。
ただ、あの場所から離れたくて、夢中で村の外れまで走った。
「小僧」
背後から低い声が響き、足が止まる。
振り返らなくても分かった。
「…………」
「関所都市に行く」
「…………」
何を言われているのか分からず、肩で息をしながら振り返る。
道の真ん中に、巨大な黒い甲冑が立っていた。
「……それが、どうしたんですか」
「…………」
ヴァルハイドさんは何も答えない。
僕もそれ以上、何を言えばいいのか分からなかった。
「もう! いきなり走っていかないでよ!」
遠くから声が聞こえ、レティシアさんが息を切らしながら駆けてくる。
「ヴァル、いきなり追いかけて――」
僕とヴァルハイドさんを交互に見て、ぴたりと言葉を止めた。
「ん?」
レティシアさんの口元が、ニヤニヤと楽しそうに持ち上がる。
「へぇ~……」
「……なんだ」
「ううん? 別に?」
「…………」
「ヴァルがねぇ~」
「黙れ」
レティシアさんはますます声を殺して笑った。
「……どうして」
二人の視線が僕に集まる。
「どうして僕なんかを……」
ヴァルハイドさんは少しの間、無言のまま僕を見下ろしていた。
「大きな街がある。関所都市だ。そこまで行けば、お前のような者を受け入れる施設もあるだろう」
「…………」
「それだけだ」
ヴァルハイドさんは僕に背を向けた。
レティシアさんがその背中を追いながら、また口元を緩める。
「へぇ~」
「聞こえているぞ」
「何も言ってないでしょ?」
少し先で、ヴァルハイドさんの足が止まった。
「明朝、発つ」
「…………はい」
小さく返事をした。
どこへ行けばいいのか、まだ分からない。帰り道だって何一つ見つかっていない。
それでも明日、僕はこの村を出る。
翌朝。
村の入口には、何人かの村人が集まっていた。
「ソウタ兄ちゃん!」
声を上げて駆け寄ってきたのは、ベルだった。
「ねぇ、なんで? ソウタ兄ちゃん、どうして出てくの?」
「それは……」
うまく答えられず、言葉に詰まる。
「ここにいればいいじゃん! また釣りしようよ!」
「…………」
「すまない……」
そばにいた男が深く俯いた。
「私たちに、もう少し余裕があれば……」
「いえ」
首を振る。
「大丈夫です」
本当は、少し寂しかった。
何日か前までは見知らぬ人しかいない村だったのに、今は離れるのが寂しいと思っている。
「ソウタ」
呼ばれて振り返ると、ガイルさんが立っていた。
「ほら」
「え?」
飛んできたものを慌てて両手で受け取る。
布に包まれた小さな荷物だった。
「道中で食え。腹減って動けなくなったら、そこの二人に迷惑だろ」
ガイルさんがヴァルハイドさんとレティシアさんへ視線を向ける。
「ありがとうございます」
「礼なんかいらん」
ガイルさんは照れくさそうに少しだけ笑った。
「今度来たときは、もうちょっと釣りを教えてやる」
「……はい」
「ソウタ兄ちゃん!」
ベルが僕の服の裾を強く握りしめた。
「また来る?」
「…………」
すぐには答えられなかった。
またここへ戻って来られるのか、自分でも分からない。
それでも――。
「うん」
ベルの顔がぱっと明るくなった。
「約束だからね!」
「……うん」
「小僧」
少し先からヴァルハイドさんの声が飛んでくる。
「行くぞ」
「あ、はい!」
最後にもう一度、村のみんなへ向けて深く頭を下げた。
「ありがとうございました!」
背を向け、ヴァルハイドさんとレティシアさんの背中を追って歩き出す。
「ソウタ兄ちゃーん!」
振り返ると、ベルが背伸びをして手を振っていた。
ガイルさんも、村長も、その隣にいる村人たちも。
僕も手を振り返した。
小さくなっていく村を見つめる。
数日前、二人に連れられて辿り着いた場所。
今度は、自分の足でそこを離れていく。
――美桜は、今どうしてるんだろう。
前を行く二人の背中を追いながら、僕は関所都市へと向かった。
End_is_Zéro_Project




