第4話 眠れる場所
山賊のアジトを離れてから、どれくらい歩いただろう。
前を行く黒い甲冑の後ろ姿を見つめながら、僕は何度も息を吐き捨てた。
「ボクちゃん、少しは落ち着いた?」
隣を歩くレティシアが顔を覗き込んでくる。
「はい……すみません」
「まあいい。近くの村までは連れて行ってやる」
ヴァルハイドが振り返りもせずに言った。
レティシアが少し意外そうに目を見張り、それからニヤニヤとヴァルハイドの背中を突く。
「なにを見ている」
「べっつにー?」
二人のやり取りを見ながら、ずっと胸に引っかかっていた言葉を口にした。
「あの……ここって、一体どこなんですか?」
二人の足がピタリと止まった。
「どこって?」
レティシアが僕の制服を上から下まで興味深そうに眺める。
「そういえばボクちゃん、変な服着てるよねぇ。どこの生まれなの? 北の果ての僻地とか?」
「……日本です」
「ニホン?」
「日本っていう国です。僕はそこにいて……それで……」
どう説明すればいいのか自分でも分からない。
「だって……言葉だって普通に通じてるじゃないですか」
「言葉?」
レティシアが目を丸くした。次の瞬間、耐えきれなくなったように腹を抱えて笑い出す。
「あははははっ! ニホン!? なにそれ、ボクちゃん頭でも強く打ったの!?」
「……本当です!」
「いいかい、ボクちゃん? 言葉なんてどこへ行ったって大して変わらないよ。ニホンなんて国、聞いたこともないって」
「でも……」
「戯れ言だ」
ヴァルハイドが鼻を鳴らした。
「記憶を失った孤児かもしれんな」
「違う! 僕は――」
言い返しかけて、そのまま口を閉じた。
あきれと嘲笑の混ざった二人の顔を見れば分かる。信じる気なんてさらさらないのだ。
僕は静かに視線を外し、見知らぬ広大な道の先へ目を向けた。
しばらく歩くと、畑の向こうに小さな家々が見えてきた。
村へ足を踏み入れると、ヴァルハイドは迷うことなく一軒の家へ向かい、その扉を叩いた。
「……おい。片付けてきたぞ」
中から出てきた老人の前に、持っていた袋を無造作に放り投げる。
解けた口から転がり出た男の首を見て、息が止まった。
「……っ」
あの血臭と恐怖が頭をよぎり、反射的に視線を逸らす。
「おお、ありがとうございました。この村もあいつらには随分と被害を受けていましてな。本当に助かりました」
老人は生臭い首を前にしても、顔色一つ変えなかった。
「よかったねー、村長さん。それで、一つお願いがあるんだけど?」
「ええ。私にできることであれば」
レティシアが僕の肩にポンと手を置く。
「この子、山賊に攫われてたみたいでさ。保護してほしいの」
「……そうでしたか」
村長が僕へ視線を向けた。
「君、ご両親は?」
「…………」
遠い世界にいる母さんの顔が脳裏に浮かぶ。
「……いません」
「そうか……辛いことを聞いてしまったな。すまない」
「いえ……」
「では、一度村の者たちに確認を取ります。それまでは私の家でお世話させていただきますが、よろしいですかな?」
「……はい。ありがとうございます」
「村長さん、ありがとう~」
レティシアが満足そうに口元を緩めた。
「それと、もう一つだ」
ヴァルハイドが村長へ向き直った。
「一週間ほど、この村に滞在する。いいな?」
「え? しかし、山賊はもう……」
「残党が仕返しに来たら?」
レティシアの言葉に、村長の顔色が変わった。
「……分かりました。こちらで滞在の用意をさせていただきます」
「助かる」
ヴァルハイドはそれだけ言うと、大剣を背負い直した。
僕は思わず二人を見つめた。
この村まで連れてきてもらっただけでも十分すぎるくらいだった。それなのに、二人はしばらくここに留まるらしい。
「あの……二人は、これからどうするんですか?」
「どうするって、しばらく村の周りを見て回るくらいかな。何もなければそれで終わり」
レティシアが軽く微笑む。
「ボクちゃんはゆっくり休んでなよ。今日は色々ありすぎたでしょ?」
「……はい」
そう言われて初めて、全身を押し潰すような重い疲労感に気づいた。
村長に案内されてゆっくりと歩き出す。振り返ると、二人はまだ何かを低く話し合っていた。
とりあえず、今夜は眠れる場所がある。
それだけは分かった。
村長の家で少し休んだあと、じっとしていられず外へ出た。
何もしていないと、どうしてもあの血の臭いや手斧の感触を思い出してしまう。
村の中をあてもなく歩いていると、少し開けた場所でレティシアが立ち尽くしているのが見えた。
「ヴァル……これって……」
レティシアの視線を追い、僕も足を止めた。
バラバラに分解された黒い重甲冑が、日当たりのいい場所にずらりと並べられている。
さっきまでそれを着ていたヴァルハイドは、その横で黙々と作業を続けていた。
「甲冑を乾かしている」
「なるほど!」
レティシアが力強く頷く。
そして、すぐに首を傾げた。
「……じゃなくて、なんでこんな村の真ん中でやってるの?」
「…………」
ヴァルハイドは答えなかった。
僕も視線を少し逸らして聞かないことにした。
End_is_Zéro_Project




