↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

3話 生きたいか?

大剣の切っ先が、真っ直ぐ僕の方を向いていた。


 助かったんじゃなかったのか。黒い兜の奥から向けられる視線に身体が凍りつき、逃げ出さなければいけないのに足がピクリとも動かない。人を殺してまで生き延びようとしたのに、ここで終わるのか。


 男が大剣を大きく振り上げた。


 頭上に掲げられた巨大な刃が、今にも僕へ振り下ろされようとする。


「ちょっと待って、ヴァル!」


 銀色の髪が視界を横切った。


 女の人が踏み込んだ男の脚を真横から蹴り、同時に細い剣を大剣の側面へ滑らせる。


 軌道が逸れ、巨大な刃が僕のすぐ横の地面を叩いた。


「ヴァル! その子、山賊じゃないでしょ!」


「ふん。三人も殺しているぞ」


「でも子供なんだし、話くらい聞いてあげないと!」


「…………勝手にしろ」


 男は面倒くさそうに大剣を下ろした。


 銀髪の女の人が、僕の前にしゃがみ込む。


「大丈夫? ボクちゃん?」


「…………」


 声が出なかった。張りつめていたものが途切れ、そのまま地面に膝をつく。うまく息が吸えない。


 さっきまで怒鳴り声が飛び交っていた場所には、もう動いている者はいなかった。


 転がる死体と壊れた小屋の中を、男だけが歩いていく。ひときわ大きな死体の前で足を止めると、迷いなく大剣を振り下ろした。


 首が落ちる。


 男はそれを拾い上げ、何事もなかったように袋へ流し込んだ。


 僕はただ、膝をついたままそれを見ていた。


「わたしはレティシア。あっちの黒いのはヴァルハイド。ボクちゃんは?」


 レティシアと名乗った女性が、僕の顔を覗き込む。


「そ、蒼汰です……」


「ソウタね」


「あ、あの……ここって、どこなんですか? 僕、家に帰りたい……」


 母さんの顔や美桜の笑顔が脳裏をよぎる。さっきまで、ただそれだけを思って夢中で逃げていたはずだった。


「ふん。まだ乳飲み子か」


 背後から低く吐き捨てるような声が飛んでくる。


「ヴァル! そういう言い方はダメでしょ!」


 レティシアが振り返った。


「ほら。やっぱり山賊に攫われてたんじゃない?」


「監禁されていた小僧が、三人も殺せるのか?」


「……っ」


 肩がびくりと跳ねた。


 三人。


 手のひらに、手斧の柄を握った感触が鮮明に蘇る。最初の一人を何度も、何度も切りつけたこと。その直後、知らない記憶が頭に流れ込み、僕の身体が勝手に相手の剣を受け、手斧を突き立てたこと。


 自分の手を見る。指先が震えて止まらなかった。


「だから、仕方なかったんでしょ?」


 レティシアの声が届く。


 そうだ、仕方なかった。死にたくなかった。ただ生きたかっただけなのに。


「……小僧」


 声に促されて顔を上げると、ヴァルハイドが大剣を背負い直しながら僕を見下ろしていた。


「生きたいのか?」


「なら立て!」


 胸の奥で、何かが弾けた。


「……生きたい?」


 その言葉だけが、やけにはっきりと胸に残った。

 

 そして、僕は勢いよく顔を上げる。


「生きたいに決まってるだろ!」


「ちょ、ちょっとぉ……」


 レティシアの声が聞こえたが、もう止まらなかった。


「ふ、ふざけんな! 殺したくて殺したんじゃない!」


 怖かった。死にたくなかった。だから必死に逃げただけなのに、知らない何かが頭の中に流れ込んできて、勝手に僕の身体を動かした。


「クソッ! じゃあ強かったら何でもありなのかよ!」


 立ち上がり、ヴァルハイドの胸へ勢いよく拳を叩きつけた。


 硬い。手首まで痺れるような痛みが走る。それでも、もう一度殴った。


「僕だって……僕だって……!」


 何が言いたいのか自分でも分からなかった。帰りたい。母さんに会いたい。美桜に会いたい。


 好き勝手に生活してきた訳でもない、誰かをいたずらに傷つけてる訳でもない。


 美桜と同じ高校に通うために、勉強だって頑張ってきたんだ。


 どうして、僕の日常が奪われないといけないんだ。


 「チキショウ……! チキショウ……!」


 何度殴りつけても、黒い甲冑の男は微動だにしない。


 怖かったことも、人を殺したことも、自分の身体が自分じゃなくなったような不気味さも、すべてをぶつけるように拳を叩きつけた。


 やがて、指先から力が抜けていく。


 最後はただ、黒い甲冑に手を押し当てているだけだった。


「…………」


 ヴァルハイドは何も言わない。


 レティシアがこちらへ手を伸ばしかけたが、静かに佇むヴァルハイドを一瞥すると、そのままゆっくりと手を下ろした。


 僕は冷たい甲冑に額を預け、そのまま泣き崩れた。


「母さん、美桜……帰りたい……帰りたいよ」


 ヴァルハイドは、やっぱり何も言わなかった。


End_is_Zéro_Project

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。