表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役王子の取り巻きに転生したら、殿下が俺にだけデレてくる  作者: 夜凪 蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/44

第34話「役職名、第一次選考」

柊の間の長机に、羊皮紙が7枚並んでいる。


 一枚に一つずつ、候補の職名が大書されていた。マルクスの字だ。角が立っていて、余白の取り方に一分の狂いもない。侍従長は小言を書き文字にしても小言になる。


「宮内府より、10日以内に確定せよとの督促が参りました」


 マルクスの声に合わせて、宮内府から寄越された若い書記官が一礼する。昨日の折衝には出ていない男だ。つまり子猫の件を知らない。知らないまま、この部屋で最も落ち着いた顔をしている。幸せなことだ。あと数分でその顔は崩れるけど。


 殿下は上座に座っている。ペンを持っていないだけで、姿勢はいつもの執務中と変わらない。


 俺は末席で、自分の名札みたいなものが並ぶのを眺めていた。


 冷静に考えると異様な状況だよな、これ。前世で自分の肩書きを他人が会議室で議論しているのを見た人間が何人いるだろう。しかも本人に決定権がない。せめて発言権はくれ。


 順に読み上げます、とマルクスが宣言した。


「一つ、『側用人』」


「違う」


 即答だった。


 書記官のペンが止まる。マルクスは動じない。こうなることを予想していた顔だ。


「殿下。理由をお聞かせ願えますか」


「違うからだ」


「それは理由ではございませぬ」


 次を読め、と顎で示される。


「二つ、『首席侍従』」


「違う」


 速い。読み上げるより速い。


 続く2枚も語尾が終わる前に落ちた。王子付書記長。殿中別当。書記官の手が追いつかなくなる。途中から記録を諦め、次はどれだという顔で並びを見ているだけになった。


 分かる。俺も最初の頃はその顔をしていた。


「五つ、『補佐官』。文官登用試験の免除を特例として申請する案でございます」


「登用試験を受けておらんとお前が言った」


 申請だけならできます、とマルクスが食い下がる。


「違う」


 5枚目が裏返る。マルクスの肩がわずかに落ちて、それでもすぐ元の高さへ戻った。


 この人、潰されるところまで数に入れて枚数を用意してきてるよな。だとしたら残り2枚しかないのは、さすがに計算違いなんじゃないか。


「殿下、せめて一枚くらいは考える素振りを見せてくれませんか」


 俺が口を挟むと、札の上を滑っていた視線が、まっすぐこちらへ来た。


「考えている」


「考えてるようには見えないんですけど」


「見えなくていい」


 だめだ。学園の頃から一貫してこうだ。中身を見せないまま結論だけ置いていく。


 あの頃はそれが冷たさに見えたが、今は分かる。誰にも説明する必要がなかったのだ。


 それに、白状すると俺自身も並んだ札のどれにも頷けずにいた。


 側用人と呼ばれる自分を想像すると、廊下ですれ違う官吏が道を譲ってくる絵が浮かぶ。首席侍従なら、朝いちばんに殿下の上着を捧げ持って立っている絵だ。どちらも成立はする。成立はするんだが、そこに立っているのは俺じゃない誰かで、その誰かは殿下に向かって「あんた」とは絶対に言わない。


 ……あれ。俺、殿下に「あんた」なんて言ったことあったっけ。あるな。学園の中庭で一回だけ。よく生きてるな、俺。


 6枚目の『近習頭』も同じ道をたどって裏返された。残りは一枚。


「七つ、『内書掛』」


 わずかな間があった。


 俺とマルクスが同時に息を止める。書記官まで身を乗り出した。


「……違う」


 殿下が顔を上げるより先にマルクスが詰めた。


「今、一拍お考えになりましたな」


「気のせいだ」


 気のせいであるものか。殿下の一拍は俺が半年かけて数えてきた単位だ。ごまかせると思わないでほしい。


 マルクスが最後の一枚を机に戻す。指の置き方が丁寧すぎて、逆に苛立ちが伝わってくる。


「殿下。わたくしは三十年、この王宮の職名を扱って参りました。今並べた候補は、王宮の職制において最も柔軟な部類でございます。これで足りぬということは、ヒースガルド殿を入れる箱が、王宮のどこにもないということになります」


「そうだろうな」


 あっさり認めた。認められた俺の立つ瀬がない。


「では、いかがなさいます」


「探せ」


「どこを」


「お前が見ていない場所だ」


 無茶を言う。見ていない場所を探せって、それができたら誰も苦労してないんですよ。


 マルクスの口が動きかけて、止まる。そんな場所があると思っているのか——というのが顔の半分に出て、あるかもしれない、というのが残り半分に出た。


 箱がない、という言い方が耳に残る。


 宮廷とは要するに箱の集まりで、人はまず箱に入り、それから箱の名前で呼ばれる。箱に入っていない人間は、いくら毎日そこにいても数に入らない。学園を出て王宮の門をくぐったとき、俺はまだあの続きが始まるのだと思っていた。どうやら続きではなかったらしい。


 会議は結論なしで散会した。書記官は札を抱えて出ていき、扉の外で「今日の記録、どう書けば」と小さく呟くのが聞こえる。がんばれ。俺も同じ気持ちだ。決まらなかった、と書けば済む話ではあるんだが、決まらなかった経緯まで書かされるのはたぶん書記官のほうだ。


 夕方の執務室に、騎士団の使いから文が届いた。


 封蝋は聖騎士団の紋章。鼻先に松脂の匂いがかすかに残っている。差出人の名を見なくても字で分かる。一画ごとに力が入りすぎていて、裏まで凹んでいる書き方をする人間を、俺は一人しか知らない。


 殿下にレオンからだと告げる。


「読め」


「俺宛てなんですが」


「読め」


 王子権限の濫用だ。隠すような内容でもないので、抗議は形だけにしておく。俺は封を切って、蝋の欠片を指で払った。


『ハルト・ヒースガルドへ。


 第三大隊への配属が決まった。朝は鐘の3つ前に起床し、走り込みののち槍の型を200。夜は隊規の暗誦。学園の鍛錬が遊びであったと今にして知る。上官は元帥直属で、私の剣を見て「型は良いが迷いがある」と言った。迷いがあるのはその通りだ。人を裁くための剣ではないと決めたところから、私の剣はまだ答えを探している』


 相変わらず文面が硬い。後輩からこんなのが届いたら、俺はたぶん心配して電話をかける。かけられないから、代わりに返事を一行ぶん長くしてやるしかない。


『王都には雪の降る前に一度戻る。そのときに会いたい。


 それと、お前の役職はどうなった。騎士団の名簿にお前の名を書く行があり、その隣で私は筆が止まった。「取り巻き」と書いたら上官に二度書き直させられた』


「書いたのかよ」


 思わず声が出た。


「書いたのか」


 語尾が上がった。この人の面白がり方はそこにしか出ない。


『追伸。先日、フィオーレ嬢より便りを受け取った。返事の書き方が分からず3日が過ぎている。お前は文を書くのが得意であったか。


 レオン・セラフィム』


 俺はそれを畳んだ。


 あいつ、3日も止まってるのか。剣を握れば迷いなく振れる人間が、白い一枚の前で足踏みしている。人間の得手不得手って本当に不公平にできてるよな。


 書き出しの3行くらいなら、俺が代わりに考えてやれる。教えたところであいつの足踏みが短くなる気はしないけど。短くならないほうがいいのかもしれない。


 なんと書いてあった、と訊かれる。


「配属が決まったそうです。あと、雪の降る前に王都へ戻ると」


 他にはと重ねてくる。


「他には……上官が厳しいとか、そういう話ですね」


「隠したな」


「隠してません。あいつの名誉に関わるので言わなかっただけです」


「それを隠すという」


 殿下が手を止めずに言う。声の温度は変わらないのに、部屋の空気だけがわずかに硬くなった気がした。


 殿下は俺が誰から便りをもらうかを気にする人ではない、はずだ。はずなんだけど、書簡をめくる指先の速度が少しだけ落ちている。さっきまでは、めくる音が同じ間隔で続いていた。


 ……なんでだ。


 返事を書いてもいいかと訊くと、好きにしろ、と返ってきた。


「殿下も何か書きます? 配属おめでとうとか」


「……いらん」


 いらん、の前の間が長かった。


 ルシアンは感謝と褒めに慣れていない。祝いの言葉って、この人の中のどのあたりに置いてあるんだろう。学園の頃なら、この手の問いかけに間など空かなかった。王宮に来てからその間が生まれて、そこから先へはまだ進まない。


 俺は一枚を出して、羽根ペンにインクを含ませる。窓の外はもう暮れていて、東庭の梢のあたりが赤黒く沈んでいる。秋の日は坂を転げるように短くなっていく。学園の窓から見ていた夕方より、王宮の夕方のほうが早く終わる。同じ空のはずなのに。


 名を呼ばれて、俺は顔を上げた。


「今日の七つは、どれも人の数を数えるための言葉だ」


「……どういう意味ですか」


「言えん」


 言えん。言わない、ではなく。


「言えないんですか、言いたくないんですか」


「黙れ」


 ルシアンの耳の先が赤い。顔が窓のほうへ逸れた。


 それ以上の説明はなく、殿下は目の前の山へ戻っていく。


 俺は書きかけに目を落として、最初の一行がまだ「レオンへ」で止まっていることに気づいた。人の数を数えるための言葉。柊の間に並んでいた札を一枚ずつ思い返しても、その意味はまだ掴めない。


次話:「お忍びと焼き菓子」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ