表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役王子の取り巻きに転生したら、殿下が俺にだけデレてくる  作者: 夜凪 蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/44

第18話「信じたかっただけか」

三日間、殿下が俺を見なかった。


 執務室に行けば仕事はある。紅茶を淹れれば飲んでくれる。報告書を渡せば受け取る。でも——目を合わせない。声をかけても、返事は最低限の単語だけ。


 冷たいのではない。意図的に俺を視界から外している。


 紅茶を淹れても「温度が違う」と言われない日々は、思ったより堪える。正確には、文句を言ってくれる人がいないのだ。前世なら「上司がいない日は天国」だったのに、この世界では殿下がいない日が一番きつい。成長したのか退化したのか。


 三日目の夕方、殿下から召喚があった。


 場所は、庭に面した小部屋。猫に餌をやるときに使う、殿下だけの秘密の部屋——だったはずの場所。俺が勝手に出入りするようになって、二人の秘密の部屋になっていた。窓から庭が見えるけれど、今日は猫の姿がない。花の匂いもしない。季節が変わりかけている。


 ルシアンは窓に背を向けて立っていた。逆光で表情が読めない。腕を組み、壁にもたれている。


「座れ」


「はい」


 椅子に座る。殿下は立ったまま。意図的に見下ろす位置取りだ。尋問の構図を作っている。


「三日、考えた」


 ルシアンの声が低く響く。


「お前の行動を、最初から辿り直した。出会いの日から今日までの全てを」


 胃が縮む。


「最初の日、お前は俺に会ったとき動揺していなかった。王子への謁見で緊張する人間は多いが、お前は違った。怯えてはいた——だが驚いてはいなかった。まるで俺がどういう人間か、会う前から知っていたかのように」


 そうだ。ゲームで何百回もルシアンの立ち絵を見ていたのだから、驚くはずがない。むしろ「あ、立ち絵より美形だな」とか余裕のある感想を持っていた記憶がある。我ながら肝が据わっていたのか、単に馬鹿だったのか。


「猫のことも、そうだ。俺が庭で猫に餌をやっていることは、誰にも話していない。だがお前は、あの日『偶然通りかかった』と言いながら——猫用の餌を持っていた」


 ……あれ。持ってた。ゲームで「ルシアンは庭の猫と親しい」という情報を知っていたから、仲良くなるきっかけになると思って用意したのだ。完全に計画的犯行である。


「それだけではない。フィオーレへの対応。レオンとの接触回避。ナシェルの研究への言及。全て、お前は俺の周囲で起きることを——事前に知っていた」


 全部。全部見抜かれている。


「ルシアン殿下——」


「黙れ」


 声が、斬りつけるように鋭い。


 ルシアンが壁から離れて、俺の正面に立つ。逆光が消え、顔が見える。


 怒り——ではなかった。


 もっと深い場所を抉られた人間の顔。


「お前は最初から、この世界の筋書きを知っていたのか」


 否定できない。


「全部知っていて——俺に近づいたのか」


 否定——。


「全部知っていて、俺を——」


 ルシアンの声が揺れる。初めて聞く揺れ方。


「——操っていたのか」


 沈黙が落ちる。


 窓の外で風が枝を揺らす音がする。葉擦れが、この部屋の静寂をかえって際立たせている。


「操って、なんかいません」


 声が掠れる。喉の奥が渇いている。唇を噛む。自分の唇の味がする。鉄っぽい、情けない味。


「殿下のためにやっていたんです。殿下の——」


「俺のため?」


 ルシアンの唇が歪む。笑みではない。嘲りですらない。もっとひどい何かだ。


「俺のために筋書き通りに俺を動かしていた? 俺のために俺の行動を予測して、思い通りの場所に誘導していた?」


「違——」


「それを世間では何と呼ぶか、知っているか」


 分かっている。分かっているから否定の言葉が出てこない。


「お前も結局——」


 ルシアンの目が、光を失う。


「俺を利用する側の人間か」


 言葉が胸に刺さったまま抜けない。


 違う。利用なんかしていない。殿下を守りたくて——処刑エンドから救いたくて——。


 でもそれは、俺の都合だ。


 俺がこの世界で生き残るために。俺が処刑されないために。殿下の好感度を上げることが、俺の生存条件だったから。


 動機がどうであれ、やったことは同じだ。ゲーム知識で人間を動かした。攻略対象を効率よく攻略するために、最適解を選び続けた。その最適解の中に、殿下の意志は入っていなかった。


「……もう来るな」


 ルシアンが窓を向く。背中が、壁のように硬い。


「殿下」


「聞こえなかったか。もう来るなと言っている」


「殿下、俺は——」


「お前がいると」


 ルシアンの声が、かすかに震える。視線が俺から外れ、窓の外——猫のいない庭を見ている。


「——誰を信じていいか分からなくなる」


 その一言で、俺の足が止まる。


 誰を信じていいか分からない。八歳で母を奪われ、宮廷の全員に背を向けられた少年が、やっと一人だけ——ほんの少しだけ信じかけていた人間が、筋書きで自分を動かしていた。


 反論できない。


 立ち上がろうとして、足がもつれる。膝が椅子の脚に当たり、鈍い痛みが走る。その痛みのおかげで、かろうじて体が動く。


 一礼する。顔を上げられない。上げたら殿下の顔を見てしまう。見たら——何か、取り返しのつかないことを言ってしまいそうだ。


 部屋を出る。


 廊下に出た途端、膝から力が抜けそうになる。壁に手をついて、息を吐く。指先が冷えている。殿下と同じくらい冷たい。壁の漆喰がざらりと掌に触れる。この感触が現実だと教えてくれている。


 最悪のバッドエンドルートに入った気がする。攻略wikiなら「この選択肢でフラグが折れます。セーブポイントに戻ってやり直してください」と注意書きがつくやつ。


 問題は——セーブデータが存在しないことだ。


 この世界にリセットボタンはない。コンティニューもない。課金で石を割って体力を回復する方法もない。


 前世で「ゲームなんて所詮データだ」と思っていたことを、今さら後悔している。データの向こう側に、こんな顔をする人間がいるとは知らなかった。


 ルシアンの「もう来るな」が、耳から離れない。あの声の震えが、離れない。


次話:「人を動かしていた」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ