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悪役王子の取り巻きに転生したら、殿下が俺にだけデレてくる  作者: 夜凪 蒼


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第17話「筋書きを知る者」

その日、殿下の機嫌が悪かった。


 いつもの「凍った王子」モードではなく、もっと鋭い——何かに気づいた人間の目をしている。朝の執務室で報告書を整理しているときから、俺の動きをじっと追う視線を感じていた。


「ハルト」


「はい」


「昨日の昼、フィオーレ・アマリッティに何を言った」


 心臓が跳ねる。


 昨日の昼。フィオーレが図書室でルシアンに関する古い記録を調べているのを見かけて、俺は何気なく声をかけた。「殿下のことを調べるのはいいけど、その資料には偏った記述が多いから、図書室の奥にある王家年鑑の方が正確ですよ」と。


 親切心——ではなく、ゲーム知識だ。フィオーレが偏った記録を読んでルシアンへの印象が悪化するイベントを知っていたから、先回りして軌道修正した。いつもの攻略行動。ゲームではここでフィオーレの好感度が下がって、後のイベントに響く。回避しない手はない——と、条件反射で動いてしまった。


 仕事のできる社畜ほど、マニュアル通りに体が動いてしまう。前世で身についた悪い癖だ。


「助言をしました。あの資料は偏りがあるから、別の資料を参照した方がいいと」


 嘘はついていない。事実だ。ただ、その事実をどうやって知ったかが問題なのだ。


「なぜ偏りがあると知っている」


「えっ」


「あの資料は王立図書室の閉架にある。一般の学生は存在すら知らない。お前はなぜ、あの資料の内容を知っていて、偏りがあることまで把握していた」


 まずい。


 冷や汗が背中を伝う。ルシアンの目が針のように鋭い。


「それだけではない」


 殿下が立ち上がる。革の椅子がきしむ音がやけに大きく聞こえる。


「先月、レオンが俺に接触してきた際も、お前は事前に俺の行動を変えさせた。『今日は中庭を通らない方がいい』と。なぜレオンが中庭にいることを知っていた」


「偶然——」


「二度は偶然とは言わない」


 ルシアンが机を回り込んで、俺の前に立つ。背が高い。こうして見上げると、この人が王族なのだという事実が物理的に迫ってくる。


 革手袋の匂い。書類に使うインクの残り香。殿下が一歩踏み込むたびに、空気の温度が下がる気がする。


「お前は、まだ起きていないことを知っている」


 その言葉が、部屋の空気を凍らせる。


 心臓がうるさい。殿下に聞こえるんじゃないかと思うくらい、胸の中で暴れている。


 殿下の目が俺の目を捉えて離さない。氷の色をした瞳。でも今は、氷というより——刃だ。


「お前の行動には、常に一つのパターンがある。俺の不利になる出来事が起きる前に、お前が動いている。一度や二度なら勘がいいで済む。だが何度も繰り返されれば、それは予知か——」


 一拍。


「——あるいは、筋書きを読んでいるか、だ」


 血の気が引く。


 筋書き。この人が今、その言葉を使った。


「殿下、それは——」


「否定するなら、合理的な説明をしろ」


 できない。


 ゲーム知識で殿下の周辺を操作してきた。レオンとの衝突を避け、フィオーレの行動を誘導し、ギルバートの「助言」を先回りして無効化してきた。全部、ゲームのイベントを知っているからできたことだ。


 そしてその不自然さに、ルシアン・ヴァルトシュタインは気づいた。


 鋭い。さすが隠しルートの攻略対象。攻略難易度最高のキャラは伊達じゃない。——いやそういう問題じゃない。感心している場合でもない。


「殿下。俺の行動が不自然に見えるのは、分かります」


「不自然ではない。異常だ」


 異常。はい、正論です。


「でも俺は——殿下のためを思って」


「俺のためか。では訊こう。お前は俺のために動いているのか、それとも——何かの筋書きの通りに俺を動かしているのか」


 言葉が出ない。


 ルシアンの瞳が揺れる。怒りじゃない。もっと深い——疑念。信じたいのに信じられない、そういう顔。


「……今すぐ答えを出せとは言わない」


 ルシアンの声が低くなる。


「だが覚えておけ。俺は二度と——誰かの道具にはならない」


 その声に込められた重みが、俺の胸を圧し潰す。


 母を冤罪で殺された人間の、「道具にならない」という宣言。この言葉が軽いはずがない。八歳から九年間、誰にも利用されないために全員を遠ざけてきた人間の、九年分の重みがある。


 殿下が窓際に戻る。背中を向けたまま、報告書を手に取る。会話は終わり、ということだろう。


 俺は執務室を出た。


 廊下を歩く足が重い。壁の燭台の炎がちらちら揺れて、影が不規則に伸び縮みしている。


 バレかけている。いや、半分バレている。


 ゲーム知識で先読みして行動してきた。処刑エンドを回避するために。殿下を守るために。でもそれは——殿下から見れば「何かの目的で自分を操っている人間」にしか見えない。


 最悪のシナリオが頭をよぎる。


 ここで完全にバレたら、ルシアンは俺を二度と信用しない。「また裏切られた」と思う。味方ゼロの殿下がせっかく少しだけ開きかけた心を、今度こそ完全に閉じる。


 そしてそれは——どのルートにも存在しない、ゲームの攻略情報が一切通用しないイベントだ。


 前世の攻略wikiに、こんなケースの対処法は載っていない。当たり前だ。「主人公がモブに転生してゲーム知識がバレかける」なんて状況、攻略班も想定してない。あの掲示板に書き込んだら「それ詰みです。最初からやり直してください」と言われるやつだ。


 廊下の角を曲がったところで、足が止まる。


 壁に飾られた肖像画が目に入る。歴代の王族の肖像が並ぶ中、一枚だけ布で覆われた額縁がある。前王妃の肖像だろう。処刑後に覆われたのだ。ルシアンは毎日この廊下を通るたび、布で隠された母の顔の前を通り過ぎている。


 ——俺は、どうする?


 誤魔化し続けるのか。それとも——。


 答えが出ないまま、俺は廊下に立ち尽くしていた。窓の外で、庭の猫が塀の上を歩いているのが見えた。のんきなものだ。猫には筋書きもバレもない。


 来世があるなら猫に転生したい。王子の取り巻きより難易度が低いだろう。たぶん。


次話:「信じたかっただけか」

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