文化祭1
第一話:ペンタ、脳内で桃源郷を無双する】
熱気渦巻くライブ会場の片隅で、その『異常事態』は繰り広げられていた。
ステージの上では、大好きな3人娘が笑顔全開で弾け、キャッキャウフフとまばゆい光を放っている。
そのあまりの尊さと神々しさは、まさに暴力。
直撃を食らった見知らぬヘタレ男子3人組は、客席で口をあんぐりと開けたまま、魂を完全に焼き尽くされてピキーンとフリーズしていた。
だが――その真横に佇むマスコット枠、ペンギンの『ペンタ』だけは格が違った。
(おいおい、3人とも尊すぎて脳がショートしてんじゃねえか。だが、俺の戦いはここからだ!)
ペンタには、常人には扱えない特殊な脳内固有スキル【至高の桃源郷(都合のいい妄想)】があった。
ステージの裏方では、プロ意識の塊であるカタツムリの『ゲイリー』が、事前に綿密な打ち合わせを重ねた通り、その七色に光る甲羅の出力を即興でコントロールしていた。神がかったライティングで会場のボルテージを支配していく相棒。
その最高の演出の光を浴びながら、ペンタの脳内スキルが静かに発動した。
『見てるだけでいいの? こっちにおいでよ♡ 一緒に楽しもう♡』
妄想の中の3人娘が、ステージの上からペンタに向かって極上の笑顔で手招きする。
「いくぜっ……!」
ペンタはドキドキと激しく波打つハートを抱え、勢いよくステージへと飛び出した。
刹那、3人娘が両手を広げて、飛び込んできたペンタの小さな体を柔らかく受け止め、ぎゅっと優しく抱きしめてくれたのだ。
「よく来たね! 来てくれて嬉しいな。楽しい時間の始まりだねっ」
耳元で囁かれる、至高の全肯定。
一旦ステージにそっと下ろされ、夢見心地でフニャフニャになっているペンタに、3人娘がそれぞれの個性全開で個別のご褒美をくれ始めた。
まずは1人目、元気いっぱいのムードメーカー娘――アオイ。
「わぁっ、ペンタ君キター! 待ってたよーっ!」
弾ける笑顔でペンタ君を勢いよく抱きしめ、ぶんぶんとハグしてくれる。
「がんばり屋さんのペンタ君に元気注入ー! はい、バキューン☆」
続いて2人目、おっとり優しいお姉さん系娘(聖母)――コトネ。
「ふふ、よく来てくれたね。ずっと見ててくれたの、知ってたよ?」
包み込むようなオーラでそっと胸元に引き寄せ、極上のぬくもりで包んでくれる。
「いつも本当によく耐えて、偉かったね……。もう何も心配しなくていいんだよ」
柔らかい手で何度も何度も頭を優しくなでなでされ、ペンタの心の中のトゲがみるみる溶けていく。
そして3人目、ツンデレだけど一途な照れ屋娘――ユズ。
「ちょっと、急に飛び出してくるからびっくりしたじゃない……。でも、来てくれて、嬉しい、かな」
顔を真っ赤にしながら、絶対に離さないという強さでギュッと力強く抱きしめてくれる。
「あんまり無理しちゃダメだからね? 私が……ずっと応援してるんだから。バ、バキューン!」
至高のクライマックスへ夢心地となり、完全に脳がとろけているペンタ君に、3人が顔を見合わせて悪戯っぽく微笑む。
「「「ペンタ君、だ~い好きっ!!! 」」」
今度は3人同時に、前後左右から隙間なくぎゅーっと抱きしめられた!
柔らかいぬくもりと、上空から降り注ぐ圧倒的な愛の嵐。
あまりの多幸感と優しさに、ペンタは嬉しさのあまり、のけぞりながら可愛く悲鳴を漏らした。
「あ~ん、みんな優しすぎるよぉ……!!」
まさに、日頃の疲れが一瞬で吹き飛ぶような、最強の癒やしのパラダイスがそこにはあった。
しかし――無情にも、その時はやってくる。
『本日の公演は、すべて終了いたしました――』
ライブの終了を告げる非情な場内アナウンスが流れ、会場の明かりが現実のトーンに戻る。
それと同時に、演出家ゲイリーの七色の光もフッと静かに消え、あんなに色鮮やかだった脳内の桃源郷は、次第に移ろい、消えていった。
「あ~、終わりか……。寂しいな……」
胸にぽっかりと穴が空いたような、強烈な切なさが押し寄せる。
先ほどまで前後左右から3人娘にぎゅーっと抱きしめられていた、あの柔らかいぬくもりの残滓を惜しむように、ペンタは翼をさすった。
現実に引き戻されたペンタが、寂しさに肩を落として周りを見渡した、その時だった。
熱気の冷めやらぬロビーの片隅で、未だに魂を抜かれたまま、光悦の表情でピキーンと固まっている、さっきの見知らぬヘタレ3人組の姿が目に留まった。
口をあんぐりと開け、完全に自我を宇宙の彼方へ吹き飛ばされている人間の少年たち。
そのマヌケで、それでいて純粋に推しを崇める姿を見た瞬間、ペンタのオープン脳内に強烈な電撃が走る。
(間違いない。あれは今年の春、3人娘を初めて見て、脳を完全に焼き尽くされた時の『俺自身』の姿だ……!)
彼らはファンとしての同志であり、半年間の苦しい現実を通り過ぎてきた、少し前の自分そのものだった。
放っておけない。熱い、あまりにも熱い感情がペンタの胸の奥からマグマのように湧き上がる。
ペンタはパタパタとWeb小説特有の軽快な足音を響かせ、魂の抜けた3人組に向かって真っ直ぐ突撃した。
驚きで見上げる彼らの前に立ち、短い翼を胸に当て、最高にシブい主人公声で一喝したのだ。
「お前らのいる場所は、俺が半年前に通り過ぎた場所だ!」
「ひぇっ!?」
その堂々たる先駆者アニキのセリフに、3人組の目がハッと覚め、驚きで目の前の白いペンギンを見つめる。
ペンタは、すでに殻を閉じて通常モード(しかし無駄にハードボイルド)に戻った相棒のゲイリーを背後に従え、さらにニヤリと不敵に笑って言葉を重ねた。
「そこからさらなる高みに上るには、今のままじゃ足りない! 何が足りないか――俺と一緒に探さないか?」
静まり返ったロビーに、熱い男たちの誓いが響き渡る。
周囲の一般生徒たちが「なんだあの熱血なペンギンとヘタレ男たちは……」とドン引きの視線を送っているが、そんな白黒の境界線なんて今の彼らには見えない。
現実の寂しさを超え、今、同じ目線で切磋琢磨し合う4人とアニマルたちの、本当の『成り上がり物語』が幕を開けた瞬間だった。




