正月バレンタイン1
ヒュゥゥゥウウウ……。
アニマル神社の境内の隅。
剛、賢人、刹那の3人は、生垣の影で身を寄せ合い、ガタガタと膝を激しく震わせていた。
剛の持つサイフの中身は、3人合わせてもジャスト150円。
お年玉で背伸びをして買ったばかりの薄手のブランド服が、容赦のない冬の寒風に煽られてパタパタと虚しく音を立てている。
かじかんだ指先は赤く変色し、感覚を失いつつあった。
「クソッ、寒すぎて指の感覚がねぇぞ……」
剛が毛玉のついたマフラーに顎を深く埋め、白く濁った息を吐き捨てた、その時だった。
参道の向こうから、きらきらとした色の塊が歩いてくるのが瞳に映った。
3人の脳細胞が、一瞬でピキリと硬直する。
「ふぇっ!? ゆ、ユズちゃん……ありがとぅ……」
「アオイ、手、冷たくない? 私のポケット、半分使っていいよ?」
「はいはい、二人ともお正月からイチャイチャしないの。ほら、おみくじ引くよ!」
そこにいたのは、アオイ、ユズ、コトネの3人だった。
アオイは淡い桃色のコートに身を包み、白い息を吐きながら笑顔を弾ませている。
ユズはシックな黒のロングコートのボタンを上まで留め、少し照れくさそうにアオイの手を引っ張っていた。
コトネは首元に巻いた白いファーに顔を埋め、ふんわりとした笑顔で2人の背中を押す。
冷たい境内の空気の中に、彼女たちの衣服から漂う甘い匂いがフワリと広がっていった。
「う、美しすぎる……アオイちゃん、淡いピンクのコートとか反則だろ、おい……」
剛は顔を一瞬で真っ赤に染め、息を呑んでその場にフリーズした。
「フン……ユズさんのあのシックなロングコート姿、計算外の破壊力だ。くっ、僕の眼鏡が曇る……!」
賢人は早口でブツブツと呟きながら、吹き出した冷や汗で真っ白に曇った眼鏡を乱暴に毟り取り、袖口で何度も、何度も拭き直した。
「ククク……漆黒の聖母め、我が右腕の黒龍が暴れ狂って――待て、恥ずかしすぎて直視できん……!」
刹那は眼帯を強く押さえ、包帯を巻いた右腕で顔を完全に覆い隠した。
それでも指の隙間をわずかに広げ、そこから必死にコトネの白いファーのぬくもりを覗き見ている。
3人の足は、冷たい地面に張り付いたように1ミリも動かない。
「まだ心の準備が……」
「特区の磁場が……」
セコい呟きを漏らしながら、3人は物陰に身を隠し、気づかれないようにじりじりと、ウジウジした足取りで彼女たちの後ろ姿を追いかけ始めた。
前方では、三人娘がおみくじの紙を木箱から引き抜き、一喜一憂の声を上げている。
「あ、大吉だ!『親友と過ごすが吉。共に歩めば道は開かれん』だって! 二人とずっと一緒だね!」
「私も吉だよー。やっぱり親友との時間が一番って書いてある!」
「ふぇぇ、私は小吉だけど……『背後に奇妙な気配あり。前だけを見て進め』って……んん? 気配?」
アオイが不思議そうに首を傾げ、後ろを振り返ろうとした。
その瞬間、コトネがアオイの手をきゅっと引っ張る。
「ほらアオイ、あっちでお団子食べよ!」
3人はそのまま、香ばしい醤油の匂いが漂う参道の奥へと歩み去っていった。
ザサァッ!
ベンチの裏の生垣へ、3つの影が物凄い勢いで滑り込んだ。
剛、賢人、刹那の額から、ヒヤリとした冷たい汗がボタボタと砂の上に滴り落ちる。
「おい、このままじゃ本当にこのまま新学期だぞ……!」
剛は赤くなった指先で、サイフの中の最後の50円玉3枚を引っ張り出した。
ジャラリ、と冷たい金属音を立てて木箱に放り込む。
ガラガラと六角形の木箱を揺らし、隙間から滑り出てきた3本の竹の棒。
引き換えた3枚の白い紙を、息を殺して一斉に広げた。
剛:『大吉:御託はいい。漢なら行動しなければ始まらないぜ?』
賢人:『大吉:確率計算は不要。即座に行動せよ、さすれば道は開かれん』
刹那:『大吉:黒龍を解き放つ時。迷わず闇の眷属に声をかけるべし』
「お、全員大吉……!? しかもなんか、めちゃくちゃ背中を押されてる気がするぞ……!」
カサカサと紙を震わせながら、3人の瞳の奥に邪気のない、怪しい炎が灯り始める。
「全員大吉のおみくじをアオイちゃんたちに見せて、『すげぇ偶然だな!』って自然に話しかけるぞ!」
「フッ、ロジックは通った」
「我が運命の交差を見せる時だな」
剛がグッと拳を握りしめ、地面を強く踏み締めた。
まさに、一歩を踏み出そうとしたその瞬間。
「……待て。一気にいくのは危険だ。もう一度だけ、神様に『上手くいきますように』って頭を下げてからにしよう」
剛の足がピキリと止まり、泳いだ視線を本殿の大きな鈴へと向けた。
3人はわざわざ踵を返し、足音を忍ばせて賽銭箱の前へと戻っていく。
中身のない手を合わせ、パン、パン、と静かにかしわ手を打つと、深く深く頭を下げて目を閉じた。
長い沈黙。
「よし、今度こそ行くぞ!」
剛が顔を上げて勢いよく振り返った。
しかし、白く濁った息の向こう。
石畳の参道にも、お団子屋の店先にも、ピンクのコートも、黒いロングコートも、白いファーの影も、どこにも残っていなかった。
ヒュゥゥゥウウウ……。
冷たい風が、3人の薄手の服を吹き抜けていく。
剛、賢人、刹那の3人は、掲げたおみくじの紙を握りしめたまま、境内の真ん中で真っ白な灰のようにカチコチに硬直した。
その情けない姿を、賽銭箱の真横からじっと見つめる大きな瞳があった。
頭に白い一角帽を載せ、赤と白の巫女服を身にまとったゴリラのフローラ。
2メートルを超える巨躯に合わされた特大の袴が、風に揺れて重くはためいている。
フローラは顔面の無数の傷跡をピキピキと震わせ、フン、と鼻の穴から太い息を漏らした。
そのまま首を横に振り、分厚い肉球でお守りの木箱をガサゴソと整理する作業へと、静かに戻っていった。




