クリスマス編2
クリスマス当日、午後3時。
きらびやかなデパートのロビーで、俺たち4人は完全に魂が抜けた顔で立ち尽くしていた。
天井のスピーカーから、弦楽器の切ない旋律が静かに流れ出す。
白く濁った吐息を吐き出すたび、胸の奥をキリキリと締め付けるような寂しいメロディーが、ロビーの冷たい空気の中に溶けていった。
剛の両腕には巨大なハンバーグ、刹那の胸元には黒い包帯とCDの角、賢人の脇には分厚い専門書。
そして俺の手には、限定フィギュアの箱。
それぞれの紙袋が、指先の中でカサカサと虚しい音を立てていた。
「……なぁ、俺たち、プレゼントを『いつ、どこで、どうやって』アオイちゃんたちに渡せばいいんだ……?」
剛が特大ハンバーグクッションを腹に押し当てたまま、お腹の脂肪をガタガタと震わせた。
時計の短い針は、無情にも進んでいく。
4人はお互いの泥のついた靴先を見つめたまま、一言も発することができなくなった。
「フッ、クラスのやつらに『アオイちゃんたちのクリスマスの予定知ってる?』と冷徹にデータを求めるのはどうだ?」
賢人が曇った眼鏡の奥の目を激しく泳がせる。
「馬鹿を言え! そんな真似をしてみろ、一瞬で耳元までニヤニヤした奴らに囲まれて、クラス中のおもちゃにされるぞ! 我が誇りがそれを許さん!」
刹那が腕の白い包帯を血が滲むほどの力で握りしめ、低く声を荒らげた。
顔が、一瞬にしてカッと熱くなる。
変に周りに探りを入れ、「え〜、なんでそんなこと気にするのぉ?」と笑われる光景が脳裏をよぎった瞬間、4人は同時に激しい鳥肌を立てて身震いした。
どれだけ頭を突き合わせても、喉の奥がカラカラに乾いていくだけで、言葉は何も出てこない。
白い大理石の床に、4つの重い影がじっと伸びていた。
じわぁ……。
ロビーの隅、大きな観葉植物の植木鉢の縁から、薄暗い影を強引に吹き飛ばすような、まばゆいプラチナレインボーの光が溢れ出してきた。
その極彩色の輝きの中心に、一つの殻が佇んでいた。
ゲイリー監督。
その2つの触手は、デパートの人工的な明かりの下でも、圧倒的な威厳を放っている。
俺たちの情けない沈黙を、ゲイリーは殻を静かに傾けながら、じっと聞き届けた。
フッ、とゲイリーの口角が不敵に上がった。
その背中の殻が、さらに一段と激しく、夜空の星をすべて集めたかのように美しく、神々しく明滅し始める。
(おいおい、そんなくだらねえ意地のために足が止まったか。……まあいい。そこまで言うならなぁ、俺が直接あいつらに予定を聞いてきてやるよ。お前らはそこで指をくわえて待ってな)
言葉は何も発しない。
ただ、その殻から放たれる眩い光の束が、絶望に沈んでいた俺たちの泥だらけの靴先を、プラチナゴールドの色に温かく染め上げていった。
だが、最高にシブいプラチナの明滅は、確かにそう語っていた。
ゲイリー監督は滑るように、驚異の俊足でロビーの向こうへと去っていった。
「監督……っ!!」俺たち4人の胸に、激しい衝撃が走った。
自分たちの足でアオイちゃんたちの家のチャイムを鳴らすなんて、中2のチキンハートが耐えられるわけがない。緊張でその場で爆死してしまう。
だが、あの殻に預ければ、俺たちの恥ずかしいプライドは守られる。
クラスのやつらに知られておもちゃにされるリスクも、完全にゼロになる。
悩んだ。迷った。考えた。14歳の小さな自尊心と、精一杯の恋心が、頭の中で激しく葛藤を繰り返す。
そして――俺たちは涙をボロボロと流しながら、自分たちの「魂」を、そっとゲイリー監督の小さな背中へと託した。特大ハンバーグクッション、漆黒の包帯とメタルCD、面白物理現象の特装本、そして俺の限定フィギュア。4つの包みが、カタツムリの殻の上にガッチリと積み上げられていく。
「監督……! すみません、俺たちの情けない勇気を……まっとうに、よろしくお願いしますっっ!!」
賢人が、剛が、刹那が、直立不動の姿勢のまま涙を流す。
プレゼントを背負い、3人娘の家へと滑るように出撃していくゲイリー監督の、あまりにも男前すぎる背中を、俺たちはじっと見つめていた。待つこと30分。戻ってきたゲイリー監督の殻が、今度は安心感に満ちた「深紅」に美しく発光する。
その殻の表面のネオンがカチカチと形を変え、光の文字がクッキリと浮かび上がった。『3人で買い物して、映画見て、そのあと家でパーティらしいぜ』
「おぉぉぉ……! さすがゲイリー監督! 完璧な情報網だ!」賢人が眼鏡のブリッジを直しながら驚愕する。しかし、ゲイリー監督の光のカンペはさらにパチパチと明滅し、次なる衝撃の一文を映し出した。
『ついでに、今日中にプレゼント預かるけど何処にいけばいい? って、気を利かせて聞いてやったぞ』
「「「「えっっっっっ!?!?!?!」」」」なんとゲイリー監督は、俺たちの身勝手なプレゼントをその小さな身にすべて預かったまま、3人娘に直接、手渡してきてくれるというのだ。
恥ずかしい思いを一切させることなく、完璧な形でミッションが完了しようとしていた。
クリスマス当日の夕方。夕飯前の穏やかな光が街を包み込む頃。
ゲイリー監督は、アオイたちが集合しているパーティ会場の玄関の前に立っていた。
驚異の機動力でインターホンを鳴らす。ピンポーン。
ガチャリとドアが開くと、そこには笑顔全開な3人娘が佇んでいた。
アオイは赤、コトネは白、ユズは緑の、色違いミニスカサンタ衣装。布地のラインが白く、眩しく、冬の夕暮れの中で完全に中2男子の網膜を焼き尽くすレベルの神々しさを放っている。
「あ、ゲイリー監督! いらっしゃい!」リーダーのアオイがピンク色の髪を揺らしながら、お出迎えしてくれた。
ゲイリー監督は何も言わず、その小さな背中(殻)から、ガサゴソと3つの綺麗にラッピングされたプレゼントを取り出し、そっと彼女たちの足元へ差し出した。
言葉は一切発しない。
相変わらずシブすぎるプラチナの明滅でスマートにプレゼントだけを渡し、そのままクルリと反転して帰ろうとするゲイリー監督。
「待って、ゲイリー監督! せっかくだし、一緒にクリスマス祝いませんか? チキンもケーキもいっぱいあるよ!」
コトネが長い金髪を少しはにかむように揺らしながら、とびきりの笑顔でゲイリー監督を引き留めた。
ゲイリーの殻が、「フッ……」と、大人の余裕に満ちたディスコライトレインボーに発光する。
こうしてゲイリー監督は、可愛い3人娘にキャッキャウフフと囲まれ、ツリーの輝きにも負けないプラチナの光で会場のムードを大きく盛り上げながら、ちょっと豪華なクリスマスオードブルと、特大の極上クリスマスケーキを堪能した。
部屋のスピーカーからは、定番の『ジングルベル』や『赤鼻のトナカイ』が、100%の幸福なメロディーとして鳴り響いていた。
一方、デパートのロビーに残された俺たち4人は、冷え切ったデパートの片隅でコンビニのフライドチキンを寂しく齧り、サイフも心もカラッポの状態で、しかし胸の奥をこれ以上ないほどのワクワクとドキドキで満たしていた。
「今頃、アオイちゃんは俺の肉厚ハンバーグクッションを抱きしめて『剛くん、あったかいよぉ♪』って感動してるに違いないぜぇぇぇ!」
剛はお腹の脂肪を揺らしながら、限界突破の桃色妄想を繰り広げる。
「コトネのやつ、我が漆黒の包帯を腕に巻き、闇の旋律に身を委ねて涙している頃だな……フッ」
刹那が眼帯に手を当ててポーズをキメる。
「ユズさんは私の専門書を読み耽り、デシベル計算の美しさに脳内物質を爆発させているはずだ」
賢人が、眼鏡のブリッジを指先でクイッと押し上げる。
しかし。
「え〜、何これ? 誰からだろう? 名前が書いてないから誰が誰にくれたのか全然分からないね……あはは!」
パーティ会場の片隅で、アオイ、ユズ、コトネの3人は首を傾げていた。
包み紙のどこをひっくり返しても、文字は1文字も書かれていない。
ギィ……バタン。
4つのプレゼントは誰に認識されることもないまま、3人娘の家の薄暗い倉庫の奥深くへと静かに運び込まれ、鍵をかけられて闇の中に眠ることになった。
画面の最前列。
ミニスカサンタ仕様の3人娘とキャッキャウフフしているゲイリー監督の極上空間。
その裏で、名前を書き忘れて倉庫にプレゼントを直葬されたヘタレたちの悲惨すぎる現実。
その凄まじいギャップの衝撃を正面から浴びたペンギンのペンタくんの脳内が、一瞬でオーバーヒートを起こした。
ブシャッ!!!
本日六度目の、特大の赤い鼻血が両方の鼻の穴から派手に噴き上がる。
ペンタくんは瞳の黒目を消失させて白目を剥き、そのまま硬直した姿勢のまま、バッタリとデパートの床へ横倒しになって動かなくなった。
その足元には、ただコンビニのチキンの油の匂いだけが虚しく漂っている。
もし、あの時。
勇気を振り絞って、4人で彼女たちの家のチャイムを鳴らしていれば。
今頃、ゲイリー監督の代わりに大きなケーキを口に運んでいたのは、俺たちだったのかもしれない。
冷え切ったロビーの窓の外、しんしんと降り積もる白い雪が、中2の俺たちの泥だらけの靴先を静かに隠していく。
そして、俺たちのプレゼントを預かったまま、ちゃっかり3人娘の特等席でケーキを食べていたゲイリー監督の背中は、夕闇の向こうで、どこまでもシブく琥珀色に輝き続けていた。




