3話 IF修学旅行クリスマス
コトネの喉から放たれた重低音が、ビーチ全体の空気をビリビリと激しく震わせたその瞬間。
ザバァァァァァァァンッッッッ!!!!!!!
洋上の水平線が、凄まじい質量と共に弾け飛んだ。
天を衝くほどの巨軀。
クジラのグランと、イルカのルカの2つの影が、太陽の光を完全に遮りながら、美しい弧を描いて大空へと跳ね上がる。
ビーチ全体に、圧倒的な質量を誇る巨大な水の壁が立ち上がった。
ザァァァァァッッッ……。
鼓膜のキャパシティを超えるほどの激しい水音が響き、さっきまで狂乱していた客席の男たちは、一瞬で声を失って硬直した。
水を打ったような、完全な静寂。
きらめく無数の水しぶきが激しく空中を舞う、静止した時間の中。
ステージの上空から、一人の少女がゆっくりと舞い降りてきた。
大量の水滴が、天然のパラシュートのように彼女の身体を包み込んでいる。
纏っているのは、清楚な白いワンピース水着。
それが舞い散る水滴のプリズム光を浴びて、キラキラとした幻想的な虹色の輝きを放ち、周囲の空間を神秘的な色彩で満たしていった。
あまりの眩しさに、会場の誰もが呼吸をすることすら忘れ、ただ瞳を爛々と見開いて立ち尽くす。
ゴソッ、ゴソソッ……。
誰から始めたわけでもなかった。
波打ち際の砂浜の上で、男たちが一人、また一人と、そっと地面に膝を突き始めた。
両手を胸の前で固く組み合わせ、頭を低く垂れて祈りを捧げる。
わずか数秒の間に、ビーチ全体が静かな神殿のようになっていく。
そんな静寂の中心へ、ユズの裸足が、どこまでも軽やかにステージの床へと着地した。
長い睫毛を揺らし、跪く民たちを慈悲深い瞳で見つめる。
そのふっくらとした唇が、静かに開いた。
「――楽しまないとおしおきよ?❤️」
ぞくっとするほどの甘い声音。
細められた左目が、小悪魔的なウインクを客席へと叩きつけた。
砂浜に、ボタボタと大粒の涙が滴り落ち、熱い砂を湿らせていく。
数千人の観客たちが一斉に、自身の胸元を爪が食い込むほどの力で掻きむしった。
喉の奥から漏れるのは、言葉にならない、地を這うような鳴咽。
彼らは波打ち際の砂へ、狂ったように額を何度も、何度も擦り付け、身体を激しく震わせ始めた。
ピキィィィィィンッッ!!!
ステージ袖。
ペンタの頭頂部の短い毛が、針のように鋭く、激しく逆立った。
ペンタは短い翼を自身の胸に強く当て、涙を流して平伏する観客たちのボロボロの顔をじっと凝視する。
その瞳の奥に、ギラギラとした怪しい炎が灯り始めた。
「グラン君、いくよーーっ!」
アオイの張り裂けんばかりの声が、ビーチの空気を突き抜けた。
ドスゥゥゥンッッッ!!!!!
洋上の一角で、クジラのグランがその巨大な尾ビレを、海面に向かって力任せに叩きつけた。
炸裂する水音。
高さ5メートルを超える、巨大な水の壁が怒涛の激流となってビーチへと押し寄せる。
その激しい白波の頂点へ、3人娘を乗せた木製のサーフソリが、猛烈な速度で滑り出していった。
シュゥゥゥゥウウウウウウウウンッッッ!!!
空気を切り裂く、凄まじい突風の音。
「ハッ、そこ!!」
イルカのルカが、水面下で尾ひれを爆速で小刻みにキックし、うねる激流の軌道をコントロールしていく。
飛び散る無数の水しぶき。
その虹色のプリズムの光が舞う真ん中で、ユズとコトネの白いワンピース水着が、右へ左へと美しく躍動した。
コンコンコンコンコンコンコンコンッッッッ!!!!
ソリの側面で、ラコすけラッコが小さな両手でマイ貝殻を、目にも留まらない超高速の速度で叩きつけ始めた。
激しい打撃の振動が木目を細かく震わせ、激流の中でもソリの重心をピタリと水平に保ち続ける。
「おおおおお……!」
砂浜に額を擦り付けたままの観客たちの口から、地鳴りのような呻き声が漏れた。
波しぶきが太陽の光を反射して、グラウンド一面をキラキラとした黄金色の輝きで満たしていく。
その奇跡のような光景を、誰もが瞬きをすることすら忘れ、ただ爛々と見つめ続けていた
しかし、その黄金色の水しぶきが舞う上空。
太陽の光を遮るようにして、いくつかの不穏な影が音もなく近づいていた。
鋭いクチバシをギラギラと光らせた、巨大なカモメの集団。
その濁った瞳は、ステージの裏に積まれた赤いイチゴのコンテナだけを獰猛にロックオンしていた。
羽ばたきの風圧が、アオイたちの歌声をかき消すように低く響く。
ピキィィィィィンッッ!!!
ステージ袖。
ペンタの頭頂部の短い毛が、今度は火花を散らすほどの勢いで激しく逆立った。
ペンタは短い翼をぎゅっと握りしめ、ステージの真ん中で白いワンピース水着を揺らすユズたちの姿をじっと見つめる。
(あいつら……僕たちのあの空間を、邪魔しようとしてる……ッ!)
奥歯がガチガチと鳴った。
胸の底から、言葉にならない熱いパッションがせり上がってくる。
(ここでカモメを全滅させたら……アオイちゃんたちに『ペンタ君がんばったね』って、柔らかいお胸にギュッとだっこされて、よしよししてもらえるかもしれない……!)
瞳の奥が、完全な桃色の炎でメラメラと燃え上がった。
「僕の妄想力を、今この時の為に……! いざ、出陣ッッ!!!」
ペンタは丸めたティッシュを毟り取り、両方の鼻の穴へ力任せに詰め直した。
全身から、ドス黒いピンク色のオーラが陽炎のように立ち上る。
短い足を限界までバネのように縮め、砂を爆発させるようにして大空へとロケットジャンプを敢行した。
「カーッ!? なんだテメェ、飛ばねえ鳥の分際で邪魔すんじゃねえウホ!」
カモメたちが鋭い爪を立てて急降下してくる。
「ハッ! ペンタの顔が完全に犯罪者のそれネ!」
ステージの陰で、インコのボルが激しく羽をバタつかせて叫んだ。
しかし、空中を舞うペンタの脳内エンジンは、すでに限界を超えて回転していた。
(だっこ……なてなて……よしよし……あのお胸のぬくもり……!!)
「受けてみろォォオオオッッ!! 僕の愛の結晶!! ピンク・フラッシュ!!!!」
ビカァァァァァァァッッッッ!!!!!
上空の白い雲が一瞬で消し飛び、網膜を直接焼き切るような、禍々しいピンク色の閃光が大爆発を起こした。
空間全体を染め上げる、妄想の熱波。
「カ、カーー!?」
空中でもんどり打ったカモメたちは、一斉に瞳の黒目を消失させ、白目を剥いて次々と海の彼方へと落下していった。
バサバサと羽を乱し、そのまま波間に沈んで敗走していく。
光が消え、静寂が戻る。
砂浜に着地したペンタの足元には、ただ激しい煙だけがジリジリと立ち上っていた。




