2話 IF修学旅行クリスマス
小鳥のさえずりが、白いカーテン越しに部屋へと滑り込んでくる。
3人は大きな鏡の前に並び、せっせと指先を動かしていた。
アオイはクシで寝癖を丁寧に梳かし、ユズは黒いゴムで髪をきゅっと綺麗に結い上げる。
コトネは鏡の自分と目が合うと、お気に入りの赤いリボンをふんわりと結び直した。
アオイが鏡越しに2人を見つめ、満面の笑顔を浮かべる。
「うん! 今日もみんな、すっごく可愛い!」
「ふふ、アオイちゃんもとっても可愛いですよ」
「はい、お二人とも最高に可愛いです。よしよし、したくなっちゃいますね」
コトネはにこっと口角を上げ、アオイの頭へ優しく手を伸ばした。
柔らかな笑い声が、朝の静かな部屋を満たしていく。
ズンチャ、ズンチャ、ズンチャ……!
しかし、その温和な空気は、地元のステージ会場に到着した瞬間、空気を震わせる爆音にかき消された。
現地の踊り手たちが、激しくアスファルトを踏み鳴らし、地響きのようなステップを刻んでいる。
喉の奥から放たれる、太く、地を這うような歌声。
ステージの袖でその圧倒的な熱量を正面から浴びた3人娘は、言葉を失って立ち尽くしていた。
「……みんな、すごいね……」
コトネがぽつりと、おろおろした様子で胸元のリボンを握りしめる。
3人の肩が、かすかに小刻みに震えだした。
「ハッ! お前らがこの場で普通に歌って踊っても、ただステージの藻屑となって埋蔵するだけだ!」
背後の暗闇から、不敵な笑い声と共にペンギンのペンタが歩み出てきた。
丸めたティッシュを鼻の穴に突っ込み、赤いシミをにじませながら、ビシッと短い翼を3人娘に向けて突きつける。
「しかし、俺に任せろ! この天才プロデューサーのペンタ様が、お前たちを世界一輝くクリスマスミューズへとプロデュースしてやるッ!」
ペンタが短い翼で、3人の前に銀色のトレイを押し出した。
その上に並べられていたのは、日の光を浴びてギラギラと光る、真っ赤なサンタ帽、布地の極端に狭い水着、そして黄金色の小さな鈴の山だった。
後ろで見ていたゴリラのフローラが、ドスッとその場に膝を突き、大粒の涙を床にボタボタと滴らせた。
ポメラニアンのレオと白猫のタケシも、
「ウホ……」
と目を白黒させ、お互いにがっしりと肩を組み合って、硬直した姿勢のまま深く深く頷いている。
ブゥゥゥゥウウウウウウウウンンンンッッッ!!
開演を告げるサイレンが、ビーチの空気を激しく揺さぶった。
眩しいスポットライトがステージ中央を白く射抜く。
「初めまして〜! アニマル特区から遊びに来たよ〜! 海洋班のクリスマスステージ、応援よろしくね♡」
アオイが泥を跳ね上げるような勢いで、ステージの真ん中へと飛び出した。
両手を胸の前で可愛らしく交差させ、とびきりの笑顔を客席へと叩きつける。
首元の黄金色の鈴が、チリン、と高く澄んだ音を響かせた。
その瞬間。
それまで重低音に包まれていたビーチの空気が、ピキリと一瞬で反転した。
「アオイちゃーーーん!!」
「うおおお可愛いぞォォオオ!!」
地鳴りのような男たちの咆哮が、一斉に爆発した。
客席を埋め尽くす無数のサイリウムの波が、激しく、狂ったように夜の海を極彩色に塗り替えていく。
砂浜を震わせるほどの割れんばかりの歓声が、アオイのつま先にまでビシビシと伝わってきた。
――その、直後だった。
おろおろと、アオイの後ろを隠れるようにしてついて歩いていたコトネが、フラフラとステージ中央のスタンドマイクへと近づいていった。
客席の男たちが一斉に、その細い肩を見つめて瞳を丸くする。
ステージ袖。
ペンタは、自身の全身の羽毛がパサパサと音を立てて逆立っていくのを感じていた。
ごくり、と乾いた生唾が喉の奥を重く通り過ぎる。
ペンタは短い翼を胸に強く押し当て、迫る影をただ凝視した。
アオイからコトネへと、金属のスタンドマイクが手渡される。
ガシィィィィィッッッッ!!!!
コトネの細く白い両手が、マイクの鉄管をへし折らんばかりの力で鷲掴みにした。
背後の空間が、熱気でドス黒く激しく揺らめき始める。
「おまえら、ここに何しに来た……? 俺は全力で楽しみにきた。……が?」
スピーカーの振動が、床のコンクリートを細かく震わせる。
冷酷極まりない、地獄の底を這うような重低音。
最前列の観客たちの背筋に、冷や汗が一瞬で噴き出した。
「まだまだ準備不足のようだな……」
上から見下ろすコトネの瞳が、獣のようにギラリと狂暴に光る。
静まり返ったビーチに、鼓膜を直接爆破するような唸り声が叩きつけられた。
「ここに盛り上がる準備のできてねぇやついねぇよなああ academies ああ!!?」
「楽しむことのできないやつとかいねぇっぇよなぁ!?(重低音デスボイス)」
「全力を出すのを怖がってるやつはいねぇよなぁぁぁ!?」
「何より――日和ってるやつとかいねぇよなぁっぁぁ!!?」
ドゴォォォォォンッッッッ!!!
息つく暇もない叫びの4連撃。
放たれた音圧の風圧が、最前列の男たちの前髪を激しく吹き飛ばす。
数人が黒目を失い、白目を剥いてそのまま砂の上にバッタリと横倒しになった。
コトネはマイクスタンドを自身の胸元へ力任せに引き寄せ、さらに首をプロペラのように激しく上下に振り乱した。
「準備が出来たら声出せ地面を踏み鳴らせ!! せい!! せい!! せい!! おらぁどしたぁぁあ!! せい!!」
「「「せ、せい!! せい!!」」」
ドゴドゴドゴドゴ!!!
地鳴りのような足踏みの音が爆発した。
ビーチの砂浜全体が、物理的に激しく上下に揺れ動く。
狂乱の坩堝と化した客席を、コトネは獰猛に口角を上げて見下ろした。
「よっし、あったまってきたなァ!!」
マイクを口元に完全に固定したまま、コトネは一瞬だけ、
「……すぅ」
と、深く、深く息を吸い込んだ。
その胸元が、はち切れんばかりに大きく膨らむ。
「行くぜおまえらぁぁぁ限界突破だァァァァァアアアアアッッッッッッッ!!!!! ついてこい!!!!!!」
喉を焼き切らんばかりの絶叫が、夜の海を引き裂いた。
スピーカーから放たれた音圧が、ビーチのすべての空気を強烈に押し出す。
「「「ひ、ひぃぃぃ総長ぉぉおおおッッ!! どこまでもついていきますぅぅううッッ!!」」」
観客たちは一斉に両手を天に突き上げ、白目を剥きながら喉を枯らして叫び声を上げた。
狂ったように激しくサイリウムを振り回し、泥を跳ね上げて地面を踏み鳴らす。
チリン、チリン、とコトネの首元の黄金色の鈴が、その激しいヘッドバンギングに合わせて、夜の砂浜にどこまでも神々しく鳴り響いていた。




