第6章 1話 IF修学旅行クリスマス1
頭上から照りつける太陽が、アスファルトと白い砂浜をジリジリと白く焦がしていく。
肌を刺す熱気は、まとわりつくような熱いサウナの空気を生み出していた。
アオイ、ユズ、コトネの3人は、泥のようにドロドロと肩を落として歩いていた。
「あづいぃぃぃ……。ねえ、なんでクリスマスなのに、私達はこんなところにいるのよぉ……」
「オーストラリアの基準ですからね、アオイちゃん……。あ、でも、ほら。この水着サンタさんの格好、少し涼しくて、私はちょっとだけ気に入ってますよ?」
コトネは首元を小さな手でパタパタと仰ぎながら、白いポンポンのついた真っ赤なサンタ帽の傾きをちょこんと直した。
赤い布地と、眩しいほどに白い肌。
彼女がふんわりと微笑んだ瞬間、熱風の中にフワリと涼やかな透明な風が吹き抜ける。
アオイとユズは、その眩しさに一瞬だけ視線を奪われ、パチパチと瞬きを繰り返した。
「誤魔化されないでユズちゃん! かき氷食べ放題って言葉、絶対に嘘じゃないよね!? 私、昨日の売店でのあのからっぽの箱の絶望を、このキンキンに冷えた巨大イチゴかき氷で上書きしにきたんだからね!」
「ふふ、大丈夫ですよアオイちゃん。リヴァ先生が『キンマの巨大イチゴかき氷は、いきものの魂を震わせるネ』とおっしゃっていましたから。……あら?」
3人が裸足で、熱い砂浜へと一歩、足を踏み入れた、まさにその瞬間だった。
ブフッーーーーーーッッ!!!
生垣の陰から、真っ赤な血しぶきが派手に天高く噴き上がった。
バサバサッ!と葉を揺らし、ペンギンのペンタが、瞳の焦点を完全に消失させたハレンチな顔で飛び出してくる。
「アオイちゃん、ユズちゃん、コトネちゃん……ッ! 神様ありがとう、これだァォオオオ!!」
短い両翼を左右に限界まで広げ、ペンタは砂を激しく蹴り上げてロケットのような猛ダッシュを開始した。
一直線に、3人の眩しい肌へと向かって突撃していく。
しかし、その短い爪が届くよりも早く。
みし、みしみし……。
洋上から、内臓を直接揺さぶるような不穏な地鳴りが響き渡った。
水面を割って、巨大な影がうねりを上げて立ち上がる。
「修学旅行の神聖な浜辺で、そのような下劣でハレンチな真似をするなぁぁあッッ!!」
大海蛇のリヴァ先生が、怒りのままに洋上で巨大な尾ビレを大きく振り抜いた。
ドガァァァァァンッッ!!!
空間そのものを叩き割るような衝撃波が、ビーチの砂を猛烈に巻き上げる。
みし、みし、みし、バリバリバリッ!
轟音と共に、目の前の青い海面が、左右へと綺麗に真っ二つに裂け割れた。
露出した海底の泥の匂い。
左右にそびえ立つ、巨大な水の壁。
激しい水しぶきが太陽の光を反射して、ギラギラとした虹色の輝きを放ちながら天へと上っていく。
そびえ立つ左右の巨大な水の壁に挟まれた、ドロドロの地肌が剥き出しになった海底。
その中央を、トコトコと間の抜けた足取りで進む小さな影があった。
宿となる貝殻を無くし、完全に全裸となったヤドカリの宿無し庵。
周囲の泥の上には、月明かりを反射する大粒の真珠や、見たこともない色彩のレアな貝殻がゴロゴロと転がっている。
しかし、全裸の庵は無駄に前髪のような長い触角をシャッと掻き上げ、ただ遠くの暗闇を見つめていた。
「……フッ、この俗世の青は僕のラッキーカラーではない。これほど情報量が多い海底は、僕の心地よさを著しく損なうね。僕はただ、世界の果てに眠る伝説の巻貝『ゲヘナ・トパーズ』の、ミニマルで孤高な輝きを求めるのみ……」
ガチガチガチガチガチガチッ!!!
「庵! 格好つけてないで後ろ後ろ! クラーケンのケンさん先生がすぐ後ろまで来てるわよ!」
すぐ隣の泥の上。
ホタテの高倉くんが、殻の隙間を1ミリの隙間もなく閉じ、凄まじい金属音を響かせて激しく震えていた。
そのすぐ後ろでは、サンゴのコウちゃんが、幹のような体を弓なりに曲げて悶絶している。
「ウッ、あたいのサンゴ礁が攣る……」
さらにその後方の闇から、ぬるぬると濡れた巨大な触手の束が、うねりを上げて迫ってきた。
巨大イカの女教師、ケンさん。
その無数の吸盤が、高倉くんの白い殻の表面をねっとりと這い回る。
「待ちなさぁ〜い高倉くぅん。クリスマスの夜ですもの、先生の温かい触手で、じっくりと殻の奥までトロトロにしてあげるわよォ❤️」
アアアアアンッ!!!
殻の合わさる悲鳴のような音が響き渡り、彼らはそのまま、引き波の大きな渦の中へと虚無の目のままズルズルと巻き込まれて消えていった。
「……あ、あの、ヤドカリさん達、すごい勢いで流されていっちゃいましたけど、本当に大丈夫でしょうか……?」
コトネが心配そうに、水の壁の向こうの闇を見つめる。
「コトネちゃん、心配しなくていいネ。あいつらに関わるとこっちの頭のネジまで3本くらい抜けるネ。完全に放っておくのが、宇宙の正解ネ」
いつの間にか大海蛇のリヴァ先生の頭の上、最も高い場所に爪を立てていたインコのボルが、冷ややかにクチバシを鳴らした。
――パチ、パチ。
昼間のビーチの喧騒が嘘のように、夜の露天風呂には静かな静寂が満ちていた。
頭上の夜空には、冴え渡る大きな月がぽつんと浮かび、白濁したお湯の表面を青白く照らしている。
立ち上る白い湯気。
温泉の熱気で、アオイ、ユズ、コトネの3人の白い肌は、ほんのりと林檎のように赤く上気していた。
水滴が、首元から鎖骨のなだらかなラインへと、音もなく滑り落ちていく。
湯気の中で、お互いの視線が優しく交差した。
「はぁ〜〜……極楽、極楽。冷えたお部屋もいいけど、夏の露天風呂も最高だね、二人とも」
「そうですね、アオイちゃん。……あ、ユズちゃん、なんだか前より、その……少し大きくなりました……?」
「もう、コトネちゃんったら! どこを見てるんですか! えいっ!」
ユズは耳まで真っ赤にして声を尖らせ、白濁したお湯を手のひらでバシャリと跳ね上げた。
「ひゃあ!? お湯をかけないでください〜!」
コトネは細めた目をさらに細め、顔にかかった水滴を小さな指先で拭う。
「ふふ、二人は本当に仲良しですね。あ、お湯が目に入ったら危ないですから、気をつけてくださいね?」
アオイがふんわりと微笑みながら、2人の背後へと回り込む。
湯気の中に、シャンプーの甘い香りが優しく広がっていった。
――その頃、露天風呂を囲む生垣のすぐ真裏。
岩陰の狭い水溜まりの中で、ペンギンのペンタは両方の鼻の穴から白い泡をぶくぶくと激しく吹き出していた。
瞳の黒目は完全に消失し、白目を剥いたまま、硬直した短い足をピクピクと夜空に向けて震わせている。
パチッ。
部屋の照明が落ち、暗闇がシーツの白さをぼんやりと浮かび上がらせた。
並べられた3つの布団。
掛け布団が小さく擦れる音が、静かな部屋に優しく響く。
「もう、ユズちゃん怒ってるんだからね!」
「ごめ〜ん、アオイちゃんが可愛かったからつい……てへぺろ」
「……もう、可愛いから許しちゃう、えへへ」
暗闇の中、アオイがふと寝返りを打ち、天井を見つめた。
「ねえ、二人とも。好きな人っている?」
ユズが少しだけ体をアオイの方へ向け、シーツをぎゅっと握りしめる。
「私は、アオイちゃんとコトネちゃんですよ?」
「私も、お二人のことが一番大好きです」
「ふふ、ありがと。……でもさ、ほら」
アオイの言葉のトーンが、少しだけ静かに、優しく落ちた。
「こないだの球技大会の時の、剛くん、刹那くん、賢人くん。あいつら大惨敗してバカみたいに空振りして泥だらけになってたけど……ボロボロになっても必死にボールを追いかけてたの、少しかっこよかったよね」
部屋の空気が、フワリと温かい熱を帯びる。
誰も見ていないはずだった、グラウンドの砂にまみれた彼らの背中。
バットを振り回し、泥を跳ね上げてベースへ滑り込んでいた、あの不器用な足音。
「そうですね。不器用でしたけど、真っ直ぐ頑張る男の子たちの姿は……少しだけ、素敵だったかもしれませんね」
コトネの吐息のような優しい声が、暗闇の中にしっとりと染み込んでいく。
「うん。でも、今はみんなと、アニマル達と過ごすのが一番楽しいな。おやすみ」
静かな寝息が、部屋の中に3つ、優しく重なり合っていった。




