第四十一話 面接試験
帰りのバス停で、俊と明日会う約束をして家路に着いた潤子は、浮かれた気持ちで橋桁へと続く階段を下りていった。
リビングの前の扉を開けると、テレビを見ていたおじいちゃんと目が合う。里逢橋の祭りも終わり、暫くはこっちでのんびりすると言っていた。
「潤子さん、お帰り。おや、良いことがあった顔しとるの」
「うん! 橋守神社へ行ってきたの」
「そうかそうか。あやつも元気にしとるかの」
おじいちゃんの言うあやつとは、神社に祀られている神様のことだろうか。ふと気になったことを、おじいちゃんに質問してみる。
「他の神様は見えないのに、どうしておじいちゃんは見えるんだろうね。ご飯も食べるし、テレビも見るし」
おじいちゃんは顎に手を当てて考え込んだ。そしてにっこりと微笑む。
「それはわしにも分からん」
「分からないんだ」
「もしかしたら、橋が繋いでくれているのかもしれんよ」
神様のいる世界と、この世界のことかな。
「確かにそんな気がするよ。ご飯作ってくるね」
キッチンで夕ご飯の支度をしていると、母さんがやってきた。
「私も手伝うわ」
そう言うと彼女は壁に掛けてあるエプロンを外し、その首紐を頭にくぐらせた。潤子はそそくさとその隣へ行き、耳打ちをした。
「ねえ、母さん。俊……尾崎くんと付き合うことになった」
エプロンの腰紐を結ぼうとする母さんの手が一瞬止まる。
「良かった……本当に。母さん、ずっと心配してたのよ。婿って言葉だけで逃げていく男の人も多かったし、お付き合いするのって本当に苦労したんだから」
あれ。父さんから猛アタックを受けていたのでは。
「母さんの場合、父さんがぞっこんだったんでしょ?」
「良太さんの場合は、別の苦労があったわ。彼のキャリアを潰すかもしれないって思ったから、どうしてもOK出せなかったの。結局、仕事を辞めてまで来てくれたけど。あのときは本当に嬉しかったわ」
母さんが乙女の顔をしている。順風満帆に見えて、やっぱり苦労してたんだ。
「さて、お祝いしなきゃ。みんなにも伝えないとね。近い内に、尾崎さんもここに連れてきてね」
そう言いながら冷蔵庫を開けると、母さんは嬉しそうに牛肉のステーキを取り出していた。
「「「いただきます」」」
ローテーブルの上にご馳走が並んだ。父さんが夜釣りで釣ったウナギも、蒲焼きとなってこんもりと盛られている。
そのあまりのご馳走の量に隼人が恐れ慄いていた。
「母ちゃん、今日はなんかの記念日? ステーキまである……」
なおステーキは基本、誕生日などの一級記念日にしか出されない。
「今日は記念日になった日ね。潤子に彼氏ができたのよ」
彼氏ができたくらいで、ここまでお祝いをするのは橋守家ぐらいではなかろうか。
「それはめでたいな。息子と一緒に酒を飲むのを楽しみにしてたんだ。隼人はだいぶ先だからな」
父さんもだいぶ気が早いと思う。
夏子が素敵な笑顔で、たたたと近寄ってきた。
「お姉ちゃん、やったね! やっぱり尾崎お兄さま?」
「う、うん」
「同棲楽しみだね! お姉ちゃん。最初は男の子? それとも女の子が欲しい?」
缶ビールを飲んでいた父さんが吹いた。気持ちは痛いほど分かるよ。妹の勢いは止まらない。
「お姉ちゃんに、お揃いの枕をプレゼントするよ。その気にさせるやつ!」
そんな枕があるのか。それにしても、やっぱり夏子は可愛い。おませだが。
「夏子、それはまだ早いわよ。お婿さんになるって確約取ってからね」
母さんや。確約を取ればいいのか。仮に取れても気持ちの整理が付かないと思う。
「わしからもお祝いの品を渡すかのう。川を操る力とかどうじゃ?」
それは品ではないと思う。それにそんなチート能力もらったら後が怖い。
今日の夕飯はいつにもまして賑やかだった。
――朝が来た。今日は面接試験だ。
「行ってきます!」
潤子は制服のスカートをはためかせながら、元気にリビングを出ていった。
管理棟のドアを開けると、俊が待っていた。
「潤子、お早う」
「お早う、俊」
「そういえば、お前の家? って呼び鈴がないんだな」
「うん。必要ないから付けてない。郵便物とか宅配の荷物とかは定食屋の方で受け取ってるから」
二人は朝日を浴びた汐待橋の上を並んで歩いて行く。川の向こうに静かに眠る街並みが見える。潤子は俊の手を握りながら顔を向けた。
「昨日はよく眠れた?」
「ああ、三時間は寝たかな」
「まったく……」
キャンパスに入り、案内に従って教室に入る。隣の俊と机の下に隠したスマホでメッセージのやりとりに夢中になっていると、ふいに試験官に声をかけられた。
「受験番号三十二番、尾崎俊さんはS201教室へ、受験番号三十三番、橋守潤子さんはS202教室にお入りください」
面接会場の教室のドアをノックする。心臓がドキドキする。間をおいて「どうぞ」という男の声が聞こえた。潤子は「失礼します」と言いながら、中へと入っていく。
教室には五人の面接官が並んで座っていた。年配の人ばかりだ。教授だろうか。真ん中の面接官に声をかけられた。
「どうぞお座りください」
「失礼します」
潤子は用意された椅子に腰をかけた。
「では、まずはお名前と受験番号をお願いします」
「橋守潤子と申します。受験番号は三十三番です。どうぞよろしくお願いします」
面接官たちがヒソヒソ声で話しあっている。何だろう。質問でも決めているのかな。
潤子はこの後、どんな質問が飛んでくるのだろうと、待ち構えていた。
いちばん左の面接官がにこやかに話しかけてきた。
「橋守さん、どうですかね。ウチの研究室に来ませんか? 中世から現代までのインフラ補修技術を研究しておりましてな。きっと興味をもって頂けるかと」
え。なぜ研究室の話が出てくる? すかさずその隣の面接官が横槍を入れた。
「抜け駆けはいけませんよ。それにこれは面接の場です。私の所の研究室は橋の建築がメインなんです。興味はお有りでは?」
確かに興味はある。ただ面接の場の質問としてどうなのだろうか。
「あの……大変言いにくいのですが……面接試験ですよね?」
「いやあ、すみません、実は……」
真ん中の面接官が言うには、潤子が手がけてきた里逢橋のプロジェクトを、大学側としては大変評価しているとのことだった。二億円を集め、大手ゼネコンを巻き込み、短期間で大規模な補修工事を終わらせたことに。
「……私自身、そんなに大したことをしてた訳ではないんです。それに、ただのワガママで始めたことですし」
しまった。思わず本音をしゃべってしまった。
しんとなる。ふいに面接官の一人が大声で笑いだした。他の面接官も、柔かな微笑みを潤子に見せた。
「噂に違わぬ大物ですな。気に入りましたよ。研究も同じですよ。人の目を気にせず、ワガママを通してナンボです」
豪快に笑い飛ばす彼とは対照的に、別の面接官が心配そうな顔で質問を投げてくる。
「ところで、他にも受験を考えている大学はおありですかな」
「他は考えてはいません……ただ」
俊が落ちたときのことが思い浮かぶ。
「私のクラスの同級生も受験しているんです。万が一彼が落ちてしまった場合は、考えを改めるかもしれません」
その時は医学部を受験することになるのかな。
真ん中の面接官が表情を変えずに、ただ一言だけ返した。
「……ほお。そうですか」
その後は、潤子が手掛けたクラファンの話で持ちきりだった。予定より時間を二十分オーバーして、面接は終了した。




