第四十二話 同じ道
「本日はありがとうございました」
潤子がお辞儀をして面接会場の教室を出ると、俊が廊下で待っていた。
「だいぶ遅かったな、どうだった?」
「なんか研究室にスカウトされた。後はクラファンの話ばかりして終わった」
俊が潤子の両肩に手を置き、嬉しそうに笑う。
「合格おめでとう」
「まだ気が早いって。俊の方は?」
「普通に質疑応答をしてたよ。あと、里逢橋の修復プロジェクトの話をしたら、潤子のことを聞かれまくった」
「そっか……手応えは、どう?」
「普通に答えられたと思うよ。インフラと行政関係のニュースや関連記事を漁りまくって、頭に叩き込んでおいたから」
彼の答えにどこかほっとした。
「良かった。試験終わったし、これから打ち上げしようよ」
「なら、ファミレスでも行くか?」
「うん!」
――その三週間後。潤子の元に手紙が届いた。首席合格に付き、入学金と四年間の授業料免除の特待生待遇で入学を許可することと、新入生代表として共同での答辞をお願いしたい旨が書いてあった。
俊にメッセージを送った。
『合格した。首席だって。俊は?』
すぐに返事が来た。
『俺も受かった。同じく首席だって』
次の日。潤子は俊を汐待橋へ招待した。合格記念パーティーの主賓の一人として。既に可奈と智子はリビングで家族たちと談笑をしている。
橋の上で潤子は俊を待っていた。橋の向こうからやってくる彼の姿を認めるとすぐに駆け出した。彼も彼女の方へと走り寄ってくる。
「俊、おめでとう!」
「潤子の方こそ、おめでとう。ようやく隣に並んだ」
俊のその言葉に潤子は首を傾げる。
「並んだって何を?」
「試験。俺っていつもお前の後塵を拝していただろ?」
……やっぱり気にしてたんだ。
「この潤子さまの隣に並んだんだから、これからは胸を張って歩きなさい」
「ああ……そうさせてもらうよ」
潤子が作ったその偉そうな態度に、尾崎は可笑しそうに笑っていた。
二人がリビングに入ると、そこかしこから賑やかな声が聞こえてくる。
可奈は相変わらず、隼人にべったりだ。智子と夏子は、おじいちゃんの話を興味深そうに聞いていた。潤子たちが入ってきたことに気づいた智子が、パチパチと拍手をしだした。
「おっ、主賓の登場か。しかし潤と尾崎がくっつくとは思わなかったな。まあ、末永くお幸せにな!」
可奈も彼らに拍手をしながら迎える。
「お二人さん、おめでとうございます。もしかして、尾崎さんが私の義理のお兄さんになるんですか?」
彼女の何気ない一言に、潤子と隼人の二人が同時に顔を赤らめる。慌てて弟に話題を振った。
「そういえば、隼人。俊もジオラマが好きなんだって」
隼人が俊に対し、同志を見つけたというような熱い視線を送っている。
「義兄さん、今日は語り合いましょう。夜が明けるまで」
隼人よ。お前までも義兄さん呼びなのか。それに明日はシジミ漁があるのだぞ。
おじいちゃんはみんなの様子を見て、とても幸せそうな顔をしていた。
「賑やかじゃのう。こういう賑やかさが、わしは一番好きじゃ」
父さんと母さんがキッチンから現れる。父さんが嬉しそうにリビングを見渡している。
「みなさんようこそ。二人のために今日は楽しんでいってください」
母さんもハゼの唐揚げを乗せた大皿をローテーブルに置きながら微笑む。
「料理もいっぱい用意しました。沢山食べていってくださいね」
夏子が俊の前に駆け寄ったかと思うと、彼の前で後ろ手に組んだ。
「お義兄さま。お姉ちゃんの向かいの部屋はきちんと掃除しておきました」
そしてニコリとしながら彼に何かを差し出す。
「はい。これ、お姉ちゃんの部屋の合鍵。これでいつでも出入り自由だよ」
夏子よ。いつの間にそんなものを用意したんだ。俊も受け取ろうとするんじゃない。
――時間が流れていく。
端里にある集落のリノベーションも終わり、温泉付き古民家に泊まれるスポットとして生まれ変わった。奥潮見町の町興しのシンボルとして、また大きな収入源として期待されている。
冬の橋祭りは、沢山の人で賑わった。同時に里逢橋でも雪見祭りが開催され、こちらも大いに人で賑わっているとのこと。おじいちゃんはなぜか、汐待橋のリビングでテレビを観ているが。
橋祭りを取材に来ていたネットコムTVの大林が潤子にマイクを向けていた。
「祭りアイドルの登録解除、勿体なかったのでは? せっかく全国ランク一位になったのに」
「……けじめをつけたかったんです」
俊と付き合うことが決まり、結婚を前提としたお付き合いをする男性がいることを投稿した上で、迷いなく登録解除した。
そういえばと、大林がマイクを下ろして潤子に耳打ちをするように囁いた。
「金島っていましたよね」
「……いましたね」
「彼、橋守さんの投稿を見て一ヶ月ぐらい寝込んでいたらしいです」
それはご愁傷様でした。思えば、そこまで悪い人ではなかったのかなと、潤子は彼に一瞬だけ思いを馳せた。
――冬のクリスマスイブの日。作業着を着た潤子と俊が、それぞれロープを腰ベルトに付けて点検口に立っていた。彼は下を向いて思わず叫んだ。
「寒! 高! 怖!」
潤子は心配そうに俊を上目遣いで見る。
「やっぱり止める?」
「問題ない。降りよう」
母さんがウインチレバーを手にかけ、潤子に声をかけた。
「俊さんをちゃんと見てあげてね」
「分かった」
父さんは俊の肩をポンポンと叩いている。
「私も最初は足がすくんだものだよ。大丈夫、行ける」
母さんがニコリと笑った。
「行ってらっしゃい。点検終わったらクリスマスパーティーよ」
二人が橋脚へと降りていく。尾崎は辺りを見回していた。
「すごいな。目の前に川が広がってる……」
その刹那。尾崎の足が石の継ぎ目から滑った。
「おわっ!」
ガクッと彼の身体が沈んだ後に宙ぶらりんになる。
「俊!! 待ってて」
潤子は膝を曲げると橋脚の壁に足をしっかりと踏み入れ、思いっ切り蹴り出した。そのまま俊の元へと向かい、彼を抱きかかえる。勢いを殺さぬまま、ぐるりと弧を描き、橋脚へと舞い戻った。
「決まった。潤子スペシャル2号」
俊の目の前で横にしたピースサインを作り、顔の前で引く動作を見せる。潤子にとって、夢にまで見た幻の必殺技。胸が歓喜で踊りまくっていた。
俊は驚いたような顔でそれを見ていたが、急に吹き出した。つられて大笑いしてしまった。
『あなたたち、真面目にやりなさい!』
母さんに怒られた。
――さらに月日が流れ、春が来た。卒業式の日。
担任の先生の声が体育館に響く。
「続いて卒業生答辞」
潤子が立ち上がり、壇上へと上る。
「卒業生代表、橋守潤子!」
潤子の顔はどこか晴れやかだった。
そしてこの日。制服を脱ぎ捨てた潤子と俊は、籍を入れた。
――潮見大学の入学式の日。
キャンパスには満開の桜が咲き誇り、晴れた青空に桜の花びらが舞い上がっていた。
スーツ姿の潤子と俊は、手を繋ぎながら記念講堂へと続く桜色に染まった道を歩んでいた。
二人で記念講堂の前に立つ。
「俊……中に入ろうか」
「ああ」
「緊張してる?」
「してない。潤子と一緒だし」
講堂内の最前列に、二人の姿があった。
司会の女性が厳かに式の進行を伝える。
「続いて新入生答辞」
潤子と俊の二人が、堂々とした姿勢で壇上の階段を上る。
潤子が名乗りを上げた。
「新入生代表、橋守潤子!」
俊が続く。
「同じく新入生代表、橋守俊!」
この日、潤子と俊の二人は、同じ道を歩みはじめた。
(おわり)
これにて完結です。時間を割いて読んで頂き、ありがとうございました。
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