第四話 釣り
潤子は智子と可奈の二人を案内しながら、橋桁の中心を貫くアーチ型の廊下を通り、西側にある第二橋脚を目指した。
「どこもレンガに囲まれてて、ダンジョンみたいですね! 継目がセメントじゃなくて、漆喰なのもポイント高いですよ」
そういいながら、可奈は遠慮なく、一眼レフのシャッターを切る。
「レンガの裏は赤粘土で防水してあるんだ。江戸時代の最新鋭技術が使われているらしい」
おじいちゃんから聞いた話を二人に聞かせる。この化粧レンガもオランダ直伝の技術で作られたとか。
「マジか。こりゃ映えるな」
スマホを片手に興奮気味の智子だった。
「智子。念のため言っておくけど、私の部屋の撮影は禁止。動画のアップもね」
「そこをなんとか! ショート動画一本だけ。ちゃんと隠す所は隠すから」
智子よ。その物言いは破廉恥な動画撮影をお願いされた気分になるからやめてくれ。
「……全く。一本だけだよ。約束破ったら永久に出禁にするから」
二人を連れて橋脚へと続く石の階段を下り、点検口を案内する。外へ繋がる扉を横にスライドした。
「ここから外に出て作業してた。落ちたら流されて川の藻くずになるから気を付けて」
そう言うと、念のため二人の裾を掴んだ。彼女たちはおっかなびっくりな様子で、点検口の外へと首を出す。
「わあ。下まで距離ありますね、これ。ねえ、潤子ちゃん。点検って、怖くないんですか?」
「んー。気にしたことない。物心付いたときから、父さんと母さんと一緒にロープをブランコ代わりにして遊んでたから」
今のご時世だと、それをやったら流石にアウトな気がするが。
「結構暗いんだな。おおー。魚が跳ねた」
「跳ねたのはボラね。あれが成長して大きくなると最終形態のトドって呼ばれるんだよ。とどのつまりの語源ね。はい、行くよ」
「へぇ。どでっとした方のトドじゃないんだな。流石、学年一位は伊達じゃない」
可奈と智子と友達になったのも、成績優秀者の順位が張り出された後で、勉強を教えてと声を掛けられたのがきっかけだったか。
点検口の扉を閉め、隣の潤子の部屋へ入る。部屋もアーチ型になっており、天井にある二つの通気口を覗きこんだ可奈が、感嘆の声を上げた。
「湿気対策もちゃんと考えられてるんですね。昔の人の知恵ですね」
潤子としては、可奈の構造物に向けられたオタ知識には感心するばっかりだった。
「今は通気口に、エアコンの室外機のパイプを通してるけどね」
部屋の入口に吊るされた作業着やら、工具やらを見上げた智子がボソリとこぼした。
「なんか、グラデーション凄いな。メルヘンとスチームパンクの融合?」
「私もここに住みたいですぅ」
そう言いながら、可奈は出窓へ取り付くと、外にカメラを向け、パシャパシャやりだした。
潤子は部屋の隅の小さな冷蔵庫からパックを取り出し、壁にかけてある釣竿の中から一本選ぶと、ハートマークの絨毯の上に膝立ちになって写真を撮り続けている可奈に声をかけた。
「可奈、少しだけ横にずれてくれるかな。今日の晩ごはんのおかずを釣らないと」
「おかずですか?」
「うん。ハゼね。おじいちゃんが唐揚げ出したときは少し焦ったけど、みんな喜んで食べてたから」
智子が照れくさそうに頭をかいた。
「実はさ、前の橋祭りのときに出店で買ったハゼの唐揚げうまくてさ。お代わり買おうと思ったら売り切れてたし。もう一度食べたかったんだ」
母さんの屋台だ。早々に売り切れて悔しがっていた。
可奈も頬をだらしなく緩めている。
「行列できてたんで、私も並んで買って食べたんですよ。そしたら、やみつきになっちゃいました」
「そうだったんだ。じゃあ頑張んないとね」
そう言いながら、部屋の隅のロープがついているバケツを窓から放り投げた後に、引っ張り上げた。
「釣った魚はここに入れるの」
出窓の縁に川の水の入ったバケツを置く。
「釣餌はこれ」
二人にパックを突き出す。可奈はギョッとした顔を、智子はほぅという顔をした。
「何ですか、このミミズにギザギザを付けたような生き物は」
「潤、これってアオイソメだよな」
「正解。よく知ってるね」
「親父が釣り好きでさ。小さい頃は良くこの橋の上で一緒に釣りをしたんだ」
なら、父さんの釣具店でアオイソメを購入したのかもしれない。
イソメをちぎって、釣り針に引っ掛け、窓の外へと釣り糸を垂らす。すぐに竿から、ぐぐんと振動する感覚が伝わる。手慣れた手付きでリールを巻くと、ぶら下がった茶色のハゼが顔を覗かせた。
「おかずゲット。智子と可奈もやってみる?」
「やるやる!」
「お願いします。あ、餌は付けてくださいね」
結局、可奈と智子に釣竿は占領された。
「わあ。釣れました! ピチピチ動いてますね。潤子ちゃん、魚を外してください」
可奈が釣り糸を持ちながら、釣った魚を潤子の前に差し出す。
「可奈っち、それは自分でやろうか。まあ、餌付けるのは潤に任せる」
手早く針を外し、餌をつけてやる。
「私の竿なんだけどね。まあいいか」
竿を智子に渡す。
入れ食い状態だった。一匹釣り上げる度に二人の間で交代し、結局潤子には竿が回ってこなかった。
ダイバーウォッチを見ると、十七時を過ぎていた。三十匹ぐらい釣り上げたか。二人にストップをかける。
「はい。おしまい。釣った魚捌かないと」
可奈と智子はどこか物足りなさそうな顔をしている。普段は暇があればスマホばかり見ている二人だったが、釣っている間は夢中で窓の外を見ていた。
「しまった! 動画撮るの忘れた!」
悔しそうな智子。
「面白かったですー。またやらせてくださいね」
可奈は両手を組みながら、ニコリと笑った。
三人は階段を上り、橋桁にあるキッチンへ向かった。潤子が手際よくボウルの中でハゼに塩を塗り込み、包丁でテキパキと内臓を取り出す。
「さっきまで生きていたんですよね……」
可奈の顔が少し青ざめた。潤子は軽く頷く。
「生きるというのは、他の生き物の命を頂くということだからね。残さずに、ありがたく食べようか」
「それなら任せな!」
智子は相変わらずの様子だ。
「あら。お友達?」
母さんはニッコリとした様子で二人に会釈する。
「「お邪魔してます」」
「ゆっくりしていってね。潤子、後は母さんがやるわ」
「それじゃ、お願い」
リビングでは、おじいちゃんが相変わらずテレビを観ている。
「おお。どうじゃった?」
「今晩のおかず、ばっちりゲットできた」
十八時前になると家族がぞろぞろと集まってきた。隼人が目をパチクリする。
「姉ちゃん、友達いたんだ」
「相変わらず失礼な」
「お姉様がた。私、夏子と申します。お初にお目にかかります。どうぞお見知りおきを」
夏子が猫を被っている。それに、どこでそんな言葉を覚えたんだか。
「ようやく友達を連れてきてくれたのか。不甲斐ない娘ですが、ずっと友達でいてやって下さい」
父さんだ。可奈と智子はいったん横に首を振った後、すぐに縦に振り直した。
「ご飯が出来たわ」
すっと潤子が立ち上がると、二人も慌てて立ち上がろうとする。
「お客さんは座っててくださいね」
そう言いながら、母さんが二人にニコニコと笑顔を向ける。
テーブルの上に皿がいくつも並べられた。わが家では月に一回出されるかどうかも怪しい牛肉が置いてある。牛肉の脂と揚げたハゼの匂いに、潤子の口からは涎が垂れそうになった。
母さんがお盆からテーブルへみそ汁を並べた。しじみと味噌のブレンドされた香ばしい匂いがリビングに漂う。
「これに入っているシジミね、潤子がこの下の川で取ってきたやつなのよ」
「俺も手伝ったよ」
「私も」
どこか不満そうな弟と妹。
みんなでローテーブルを囲んだ。家族たちは座布団の上にアグラをかいて座っている。おじいちゃんも「よっこらせ」といいながらソファから下りた。智子と可奈は正座だ。
「智子、可奈、足をくずして。慣れないことをすると、痺れて立てなくなるよ」
二人は頷くと、ぎこちなく足を横に崩した。




