第三十九話 入試
潤子は制服に着替え、鞄の中の持ち物をチェックしていた。
「受験票よし、筆記用具よし。お弁当よし」
試験内容は初日に小論文とディベート形式のディスカッション。二日目に面接。両手で顔を軽く叩く。
「行ってきます!」
家族に挨拶をして、リビングを出ていった。
歩いて十五分の道のり。自転車なら五分もかからない位置に、潮見大学はあった。
まだ暑さの抜けない日差しの中、開店前のショッピングモールの横を通り過ぎる。ふと、学校帰りに可奈と智子の三人でコーヒーショップへ寄り、楽しくお喋りをしていた日を思い出した。
寂寥を宿した思いが、心の中を通り過ぎていく。
「卒業したら、この制服ともおさらばか」
そして、尾崎とも……。
潤子は立ち止まり、首を横に振った。
ショッピングモールを抜け、まっすぐに歩いて行くと、キャンパスの白い建物が見えた。正門から中に入り、案内係の指示に従い、教室に入る。
(結構、人いるんだなー)
辺りを見渡す。みんな手持ち無沙汰にスマホをいじったり、参考書を読んだりしている。
試験官が入ってきた。
「受験生のみなさん、スマホは電源を切って、机の上の物は筆記用具以外は鞄の中にしまって下さい」
周りの受験生たちが、ガサゴソと持物を鞄にしまい始める。いよいよ試験開始だ。
小論文の問題文と答案用紙が渡される。幾つかのお題の中から、答えやすそうなものを選択した。
『日本国内のインフラ老朽化が進む中、限られた予算で効率的にインフラを維持・更新するためのアイデアを提案せよ』
クラファンでの活動や、橋祭りのことを思い浮かべながら答案用紙を埋めていく。
限られた予算だけでは全てのインフラを維持するのが物理的に不可能である現状を踏まえ、インフラ設備の特徴を活かしたイベント開催により認知度をあげ、その存在意義を訴求することで人々の理解を得ながら資金集めをおこない、それを元手に維持管理を進めていく、みたいなことを書いた。
午前の小論文の試験が終わり、教室でお弁当を食べながらぼんやりと窓の外を眺めた。ハゼの唐揚げを摘まみながら麦入りご飯を頬張る。水筒に入った麦茶をゴクゴクと飲む。
空になった弁当箱を鞄にしまう。代わりにスマホを取り出して、尾崎にメッセージを送った。
『論文試験終わった。午後からディスカッション』
『お疲れ。そんなに難しいお題でも無かっただろ?』
まるで尾崎自身が試験を受けたみたいな書きっぷりだ。
午後になり、控室の教室へ移った。他の受験生とペアになって、試験官の前でディベート形式のディスカッションをした後に結論を出すというものだ。五組ずつ試験会場となっている教室に呼ばれ、持ち時間二十分で相方と討論後に結論をまとめ、提出する。奇数だったらどうするのかと思ったが、そこは三人でやるらしい。
教室の扉を開けた潤子は、見覚えのある後ろ姿を見て足が止まった。その視線の先で、尾崎が椅子に座り、頬杖を付きながら本をめくっている。
「教室に入ったら私語は慎んで下さい。隣に座っている人とディスカッションを行なってもらいます」
案内係がそう言いながら、座席を指し示した。なんと彼の隣だった。
尾崎に軽く会釈してみた。彼も一瞬だけ驚いた顔をしたが、ニヤリと笑うと、また本へと視線を落とす。
(彼とやり合うの?)
やり合うのはディスカッションだが。他のことでは断じてない。顔に熱がこもるのを感じてしまった。尾崎はディベートは得意だと言っていた。実際に町役場の交渉で、そのスキルの一端も見せている。チラチラと彼の方へ視線を向けていたら、潤子たちの番がやってきた。
「それでは次の組の方、どうぞ」
隣の試験会場の教室に移動する。5つの机が置いてあった。各机には年配の試験官が一人ずつ、机から少し離れた位置に座っている。
潤子と尾崎が指示された机に向かい合うように座ると、ふさふさ髪の初老の男性が二人の緊張をほぐすかのように、ニコリと微笑む。
「それでは、お名前と受験番号をお願いします」
「尾崎俊です。受験番号三十二番です。よろしくお願いします」
「橋守潤子です。受験番号三十三番です。どうぞよろしくお願いします」
男性は軽く頷くと、お題の説明を始めた。
「古い文化遺産を地域活性化に活用する施策について、お二人にディスカッションをして頂きます。橋守さんは賛成の立場で、尾崎さんは反対の立場でお願いします。五分前にベルを鳴らしますので、討論結果を簡潔なレポートにまとめて提出してください。それでは始めて下さい」
潤子は、尾崎の様子を伺った。彼が口を開く気配はない。
「それでは私から。文化遺産を観光客の誘致に活用することにより、宿泊、飲食、物販などの産業が活性化し、雇用の創出や税収増につながると考えます」
尾崎がここで初めて口を開く。
「よい視点をお持ちですね。ただそれに付随する問題として、観光客の急増により、騒音、ゴミ問題、交通渋滞が発生し、地元住民の平穏な生活が脅かされる可能性があります」
鋭い所を突いてきた。さて、なんて答えよう。そう潤子が思っていると、尾崎がそのまま話を続けた。
「対応としては、観光方針を決める協議会や委員会に、地域住民や商店主が必ず参加し、生活上の懸念を吸い上げる仕組みを作る必要があるでしょうね」
あれ、自分で反対しておいて、自分で解決策を述べている。試験官も満足そうに頷いていた。
潤子も彼が提唱した問題に対して、解決策を付け加えた。
「主要な観光地だけでなく、周辺の隠れたスポットへ誘導する回遊ルートを整備すれば、混雑の緩和になるだけでなく地域全体に利益を配分することもできますね」
尾崎は軽く頷いたかと思うと、ふいに微笑んできた。潤子の口から変な声が出そうになる。一事が万事、こんな調子だった。彼女が施策を尾崎に伝えると、彼は問題点の指摘と、必ず解決策もセットで提示してくる。はっきり言ってやりやすかった。
周りからは激論を交わす声や「そんなことも分からないのですか?」というマウントを取ろうとする声も聞こえる。
あっという間に議論が出尽くし、結果をまとめることになった。尾崎が要点を伝え、それを潤子が紙に落とす。最後は二人で内容をチェックし、試験終了の2分前に試験官にレポートを提出した。
彼は受け取ったレポートを見ながら、感心した様子で二人のディスカッションについて言及した。
「長いことこれをやってますが、ここまでスマートなやり取りを見たのは初めてですよ。非常に建設的な議論でしたね」
そして退席を促された。
「本日はこれで終わりです。気をつけて帰って下さい」
潤子は尾崎の後を付いていくように席を立った。慌てた様子でレポートを書く受験生たちの姿が見える。泣き崩れてしまっている女子もいた。
教室の外に出た潤子は、廊下を歩く尾崎の隣へと早足で進む。彼がここにいる理由を聞くために。




