第三十四話 補修工事
――工事開始初日。
里逢橋に続く、荒れ果てた道路に残っていた舗装が綺麗に引っ剥がされていく。ここからアスファルトで改めて再舗装していくのだそうだ。
併せて橋の近く、土手の上に広がっていた空き地に町営の公共駐車場も作られる。駐車場については、すでに町とネゴを取ってある。
現場を確認しに行った潤子たち親子の前に、現場監督のおじさんが歩いてきた。
「完成まで大体一週間といったところでしょうかね。車両が全く通行出来ていない状態なのが、逆に幸いでした」
そう彼は話してくれた。車の通行があると、チマチマやる必要があって工期が膨らむらしい。
――工事開始から一週間後。
ピカピカに完成した舗装路を重機を乗せたトラックが走り抜けていく。ゴムキャタピラを付けた重機は自走している。
潤子はアスファルトでしっかりと固められた道路を、父さんの運転するミニバンの中から眺めていた。
「これなら観光客も来てくれるかもしれない」
橋の近くに作られた駐車場にミニバンが停まった。橋へと向かう作業着姿の潤子が、両親と共に河原を眺めている。そこには油圧ショベルやクレーン車、高所作業車がずらりと並んでいた。
潤子が感心するような声を上げた。
「へぇー。大規模補修の現場って初めてみたけど、壮観だね」
母さんもその様子を興味深そうに眺めている。
「汐待橋も、昭和の時代に一度やったことあるのよ。今よりも大変だったみたいだけどね」
父さんは少しワクワクしているように見えた。
「やっぱり重機は心に響くものがあるな」
潤子たちが橋の上から河原を眺めていると、現場監督の男性がやってきた。挨拶の後、その男性が工事の手順を説明してくれる。
「まずは橋のアーチ部分の下に支保工を組み上げます。その上にジャッキと型枠を嵌めたら作業できますよ。完成まで一週間くらいですね」
支保工とは、橋を下から支えるための足場のことだ。足場を組んだ後、その上にジャッキを置く。さらにその上にアーチの形をした型枠を置き、ジャッキアップして橋を下から支える。
――さらにその一週間後の朝。
父さんの運転するミニバンが、橋の近くの駐車場に停まった。車を降りた潤子と父さん、母さんの三人で橋に向かう。
支保工とその上に乗った型枠が、橋のアーチ部分を支えている。良かった。これで崩落の心配はなくなった。両親も、どこかほっとしている様子だ。
三人が橋の上に立った。家族全員、やる気マンマンだ。
「さて、私たちの出番よ」
「格好いいところを見せるか」
潤子も両腕を軽くグルグルと回した。
「腕が鳴るね」
橋の上に仮設アンカーとして置いた、巨大なコンクリートブロックが鎮座していた。ここにロープをかけて作業する。橋の下の河原には沢山の人々が見学に来ていた。智子と大林が手を振っている。よく見ると、智子の隣に彼氏もいた。手を振りかえすと、歓声が上がった。照れる。
そして若手職人さんたちとの共同作業が待っていた。初日は、橋守家に伝わるロープアクセス技術を解説しながら、彼らとペアで作業を行う。潤子の相手は二十代前半の、スラリとした男性だった。端正な顔立ちで背も高い。
「金島裕二と申します。本日はよろしくお願いします」
金島が丁寧に挨拶をしてくる。
「橋守潤子です。こちらこそよろしくお願いします」
高圧洗浄器を抱えて二人で並んで降りた。金島はまるでベテランのように手慣れた様子でロープを操っている。一通りコツを説明した後に橋を洗浄していく。彼は何度か試すようにジェット噴射を橋に当てていたが、直ぐに次々と汚れを吹き飛ばしていた。
確か、ビギナークラスの指導という話だったはず。ここまでできるんだったら、私の指導要らないのでは? 思い切って聞いてみた。
「金島さんって、すでにベテランの域に入っているように見えます。私の指導、要らないんじゃないですかね?」
金島は甘い笑みを浮かべている。
「潤子さんの教え方が上手だからですよ。このままご指導お願いします」
下の名前で呼ばれた。なんかこそばゆい。
次は外壁に付いた苔と雑草取りだ。父さんと母さんの所は、別の若手職人さんと交替している。潤子の相手は、相変わらず金島だった。一通り手順を教えた後、作業を開始すると、彼はこれまたベテランムーブを見せてくれる。
――今日の作業が終わった。潤子は金島に一礼した。
「本日はありがとうございました」
金島も礼を返してくる。
「こちらこそ、ご指導ありがとうございました」
彼はまた甘い笑みを浮かべたかと思うと、そのまま去っていった。
母さんが潤子の側に近寄ってきた。
「カッコイイ人ね。まあ良太さんほどでは無いけど」
確かに父さんは格好いいと思うが、何故母さんは他人と比べようとするのか。
駐車場まで歩いて行くと、智子が待っていた。どこか興奮している。
「潤、誰あのイケメン? 名前何ていうの?」
「金島さんっていう人。個人情報を勝手に動画に上げちゃだめだよ」
「もちろん。フォロワーからの問い合わせが凄くてさ……まあ、私の彼ほどでは無いな」
母さんもついさっき、似たパターンのセリフを言っていたような。そこは張り合うところなのだろうか。
そのとき、潤子のスマホがピロリと鳴った。
『なあ。あのイケメンって誰?』
尾崎よ、お前もか。安心しろ。仕事の付き合いだけだ。すぐに返事を返す。
『金島さんっていう職人さん。橋のメンテのやり方を教えてるんだ。修繕が終わったら、もう会うこともないだろうから安心して』
何故か長文になってしまった。まあいいか。
――次の日。雑草取りは今日で終わりだ。そうしたら、いよいよ要石のズレを直す。それでおじいちゃんも元気になる。
「潤子さん、お早うございます。昨日に引き続き、本日もよろしくお願いします」
金島に挨拶された。今日も彼と一緒か。父さんと母さんは、また別の職人さんと挨拶しているというのに。解せん。
「こちらこそよろしくお願いします」
何食わぬ顔で潤子も彼に挨拶をした。仕事中は真面目、私語も言わないし、連絡先なんかも聞いて来ない。だけど何か引っかかるものを感じる。
彼は昨日にも増して、動作が良くなっていた。教えるのが上手い、父さんと母さんが相手をしている職人さんも動きが良くなっているが、彼ほどではない。あっという間に担当分が終わった。
ロープを使って、橋の上へと戻った。潤子は、下で作業をしている父さんと母さんを見た。もし、二人だけだったら圧倒的なパフォーマンスを見せただろう。やはり金島は凄いんじゃないかと思った。両親に視線を向けたまま、彼に言った。
「金島さんって、飲み込みが本当に早いですね」
「ありがとうございます。気になる人の前だと格好悪い所、見せられないですしね」
その言葉に、思わず振り向くと、やはり彼は甘い笑みを浮かべている。無意識に足が一歩下がった。わざとらしく聞いてみた。
「誰か気になる人がいるんですか?」
突如、金島が肩を震わせた。甘い笑みを崩さずに、こっちへ向けた視線を逸らさないでいる。
「気になる人なら、僕の目の前にいますよ。潤子さんって、やっぱり素敵な人だ」
こいつ。
「私個人への言及は、極力控えて貰えると嬉しいです」
「申し訳ない。そういう意図で言ったつもりは無かったんだ。仕事に対する姿勢に心を打たれてしまって、つい」
金島はそう言うと、優雅に一礼し、そのまま去っていった。
――片付けが終わると、潤子は金島が所属している企業の渉外担当に電話をかけた。
「メンター契約の件についてです。私が担当する職人さん、同じ人ばかり相手をしています。一度、交替してもらえませんか? 一人だけに教えるのって、不公平になるというか……」
『橋守さん、そこは我慢して頂けませんか? 橋守さんが担当しているのって、弊社社長の子息なんです。次期社長に技術を覚えさせろっていう、上層部からの指示でして』
「はあ……」
それを聞いて、生返事しか出なかった。ある程度は仕方の無いことなのかと、そう思うしかなかった。




