第二十六話 クラウド・ファンディング
潤子は特認理事就任を受ける旨の書類にサインした。これで引くに引けなくなった。引くつもりも毛頭ないが。山形がサインした書類を受け取った。代わりにNPO法人の情報が収められたバインダーを差し出してくる。
潤子がバインダーを受け取るとすぐに、山形がにこやかな顔で会釈してきた。
「新任理事の件は法務局に登録しておきます。それではよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。詳細が決まり次第、また山形さんの所にお伺いします」
理事たちから手厚い見送りを受けた潤子たち四人は、雑居ビルを後にした。
「さすが私のお姉ちゃん!」
夏子が抱きついてきた。この小さな身体のどこに、あの恐ろしい策を生み出す力を秘めているのだろうか。だが可愛いすぎて、思わず抱き返してしまった。
隼人が頭を掻いた。
「俺、出番なかった」
可奈がニコニコしながら隼人の手を握る。
「隼人くんの出番はこれから。この近くに景観百選に選ばれた公園があるの。行こう!」
夏子も満面の笑顔で、二人に手を振った。
「可奈お姉さま、お兄ちゃん、ありがとう。二人でごゆっくり!」
潤子と夏子の二人は帰りのバスに乗り込んだ。夏子が忙しなくスマホをタップしている。
スマホ画面を覗き込んだ。
「何やってるの?」
スッと、スマホを差し出してきた。それを受け取る。
「クラファンの登録の準備。お姉ちゃん、主催者情報の入力だけよろしく」
「うん」
情報を入力し、スマホを返した。
「これで、全部のピースが揃った」
夏子はニンマリしながらそれだけ言うと、再び凄い勢いでスマホを操作し始めた。すぐに思い出したように顔を向けてくる。
「そうそう、お姉ちゃんも、お友達や知り合いに寄付を呼びかけて」
それだけ言うと、妹はまたスマホへ顔を戻した。
「友達か……」
頭に尾崎の顔が浮かんだ。連絡だけはするか。
『クラファンに登録したの。明日の朝に公開されると思うから。これ公開予定のリンク』
尾崎にメッセージとクラファンページのリンクを送ると、すぐに返事が返ってきた。
『分かった。出来る限り、協力する』
そのメッセージを見て、温かみを帯びた吐息が漏れる。心にじんわりときた。
***
――この日の夜九時半。第三橋脚の中にある部屋のモニターが四台並んだワークデスクの前。
夏子はエルゴノミクスチェアに座りながら、パソコンのキーボードを猛烈な勢いで叩いていた。橋にまつわる資料や写真、動画を編集し、次々とクラファンの募集ページへと組み込んでいく。
ピンと背筋を伸ばしながら、一度、キーボードを打つ手を止める。マウスをカチッとクリックした。
クラファンの募集ページが立ち上がった。本当は明日に公開予定だった。だが今日の夜に橋の修繕の協力を呼びかける動画を公開すると、ネットコムTVの大林から連絡を受けて、前倒しで作業していた。
「よし」
夏子は立ち上がったページを見て、満足そうに頷いた。マグカップを手に取り、紅茶を口にする。
――――――――――
【プロジェクトタイトル】
江戸時代から続く「里逢橋」を次世代へ! 崩落の危機を救い、伝統祭りを復活させたい。
【概要】
奥潮見町にある「里逢橋」が崩落の危機に瀕しています(一ヶ月持たない可能性が極めて高いです)。江戸時代に建立された歴史的価値のある石橋を修繕、周辺環境を整備し、完了後には伝統祭りを開催予定です。どうか皆様のお力をお貸しください。
タグ:#歴史的建造物 #地域活性化 #まちづくり #寄付金控除
主催者:認定NPO法人 古き善きものを愛でる会
主担当:特認理事 橋守潤子
現在の支援総額:0円
現在の支援者数:0人
目標金額:100,000,000円(※2億円のストレッチゴールあり)
残り日数:14日
募集方式:All-or-Nothing方式(目標金額に満たない場合、計画は実行されず全額返還されます)
税制優遇:本プロジェクトへの寄付は、認定NPO法人への寄付として、税制上の優遇措置(寄付金控除)の対象となります。
――――――――――
夏子は別のモニターに動画サイトを映し出し、ネットコムTVのチャンネルを選択する。さらに別のモニターを使って智子ちゃんねるを映し出した。
残り1台のモニターには各種SNSをモニタリングするページを開いている。
ネットコムTVで特番が始まった。タイトルは「崩落の危機にある歴史的建造物に立ち向かう少女」だった。姉は十八歳で、法的には大人なのだが。まあ、字面としては、こっちの方が良いだろう。
智子ちゃんねるでも、智子が顔を出し、画面から挨拶をしている。タイトルに「ネットコムTVコラボ企画」とある。橋の修繕への協力を呼びかけた後に、ネットコムTVと同時に動画を流す予定とのことだ。
暫くすると橋の紹介へと映った。来た。橋の上に作業着とヘルメット姿の潤子が映し出される。夏子はうっとりとした目で、画面の中の彼女を見た。
「お姉ちゃん、やっぱ格好いいな」
SNSに動きが出た。
『あれ、この子って祭りアイドルの潤子ちゃんだ』
『確かランク5位だったよね』
『クラファンやるんだ』
『浴衣姿も良かったけど、作業着姿も似合ってるな』
両チャンネルの視聴者数が跳ね上がっていく。
――画面の中で潤子が泣き崩れた。それを見ていた夏子の目にも、うっすらと涙が浮かぶ。
「お姉ちゃんの願い、叶うといいな……」
そのときだった。雨の降り始めのように、ポツリポツリとコメントが投稿されては流れていった。
『みんな集まってきた。エモい』
『俺、寄付するわ』
『俺も』
『男友達、フラれててざまあw なんかスッキリしたから金出す』
やがて、土砂降りの雨のようにコメントが一気に押し寄せた。夏子は慌ててタイムラインを追う。とあるインフルエンサーからの寄付金表明がきっかけでバズったみたいだ。ネット界隈で超有名人だった。話題が話題を呼び、視聴者の数もえらいことになっている。クラファンのページを更新した。
現在の支援総額:12,804,500円
現在の支援者数:1,473人
募集開始から一時間で、目標の一割が達成された。胸を撫で下ろす。
「お姉ちゃんは、もうお眠りの時間かな。明日、きっとびっくりするだろうな」
そうこうしている内に特番が終わった。ある程度は勢いは落ちるだろうが、期間内にはきっと目標額が集まるだろう。夏子はパソコンの電源を切り、チェアから下りると、パジャマに着替え、満足そうに布団に潜り込んだ。
***
――翌朝の四時に目が覚めた潤子は、布団に入ったままスマホを手繰り寄せた。おもむろにクラファンサイトにアクセスする。
「朝には公開するって言ってたけど、流石にまだ早いか……」
サイトのページを開いた。
「あ、公開されてる。寄付金、集まってるといいな」
金額を確認するために、スマホをスクロールしたその指先が止まった。
現在の支援総額:100,135,000円
現在の支援者数:12,758人
「え……どうなってるの?」
すでに目標額を上回っていた。潤子はただ、スマホの画面を呆然と眺めることしか出来なかった。




