第十四話 入院
尾崎は謝罪の意志を口にしたかと思うと、今度は頭を下げてきた。
「先週、教室で橋守に不躾な質問投げたこと後悔してたんだ」
潤子は一瞬、うん? となり、記憶の引き出しを開けて、彼の質問を引っ張り出す。これか。
「えっと……家業を継ぐ話?」
彼は顔を上げ、何度も頷いている。
「うん。無神経な聞き方だったと思っている。ごめんな……実はネット局の取材動画を見てさ。橋守の答えが分かった」
「あ……そう、なんだ」
なんかドヤ顔でインタビューに答えていたと思う。そのことを思い出してしまい、顔に熱が籠ってくるのが分かった。
「橋守は地域のみんなの架け橋になるために、家業を継ぐんだろ? インタビューでの受け答えを見て、そう感じたんだ」
「えっと。どうなのかな……」
どうしてか彼のその言葉に引っ掛かりを感じ、肯定の言葉を口にすることができなかった。
「多分違う。尾崎くん、あのときさ。興味がないから答えないって言ったんだけど……」
一旦言葉を切って、床をじっと眺める。
「……実は答え自体、持ってなかったんだ。架け橋っていう言葉も、なんか自分の中でしっくり来てないし。だから尾崎くんが気に病んだり、謝る必要なんか全然ないよ」
そう言って彼の方へ顔を向けた。
目が合ったと思ったら、すぐに逸らされた。ここでようやく、公の場所で薄手のパジャマで彷徨いていたことに気づく。上着を羽織っておけばよかった。
「スマン。なんか決めつけてしまった」
「そう思うのは別にいいよ」
……沈黙が流れた。家族といるときと違い、やけに居心地が悪い。取りあえず、頭に浮かんだ言葉を口に出してみる。
「……こっちこそ祭りのとき、バカって言ってゴメン。真に受けるとは思わなかった」
「そうか。冗談で返す所だったんだな。あれ」
真に受けるタイプだったか。いつもぶっきらぼうに喋っているから、そういうのは受け流すタイプかと思った。
また、沈黙が始まる。今度は身を屈めた彼が、両手を膝の前で組んだ。暫くしてから、ポツリとその口が開いた。会話を提供してくれることに、どこかほっとする。
「実は俺、親から医者になれって言われてて。丁度、橋守が似たような感じだったから、どう思っているのか聞きたくてつい。最初からそう聞いておけば良かったな……」
なるほど。そういう理由があったのか。
「うん。そこは参考にならなくてゴメン」
「気にしないでくれ。兄貴二人いるんだけどさ。どっちも超優秀で、志望してた医学部にすんなり合格して」
彼はギュッと唇を結び、再び押し黙ってしまった。手持ち無沙汰になって、無機質な白い床を見つめ直す。
数瞬の後、押し殺すような彼のか細い声が聞こえた。
「……それに比べて俺は出来が良くなくて。だからこの病院は、兄貴たちが継ぐだろうし。それとさ。俺は本当に医者になりたいのかなって、ずっと疑問に思ってた」
なるほど、将来を悩んでいたのか。
「別に、お兄さんと比べなくてもいいと思うんだけどな。他にやりたい事とかある?」
「ない。何をやりたいのかもよく分からん……だから医者になるんだろうとは思ってる。あ、でもジオラマ作りは好きだ。特に橋を作るの」
隼人と同じ趣味だ。なんか男の子っぽくて意外だった。
「へぇー、そうなんだ。案外、橋守の仕事とか似合うんじゃない?」
尾崎がえっ、という顔でポカンと口を開けた。慌てて言葉を継いだ。
「冗談だよ。私もなんで橋守を継ぐのか、よく分からん。仕事は好きだし、継ぐことも決めてるんだけど」
二人は顔を見合わせ、どちらともなく、くすりと笑った。
そんな時、目の前に二つの人影が現れた。
「潤、見つけたぞ」
「潤子ちゃん。遊びにきましたよ。あ、お見舞いの間違いでした」
可奈と智子だった。すぐに智子の鋭い視線が尾崎を射抜いた。
「尾崎さぁ、何やってるの?」
「見ての通り、橋守と話してる」
「それって、潤が人気出たから?」
「そんな訳あるか!!」
尾崎がムッとした表情を見せ、智子を睨み返した。
「二人ともやめて。智子、尾崎くんはこの前の質問のこと、謝りに来ただけ」
智子はそれには答えず、尾崎に向ける視線だけを強くしながら、彼の前に立ちはだかった。
「へぇ。病院まで来て? それって、この場で話すような事なのかなぁ」
「智子、本当にお願い。止めて」
彼女は忌々しそうに尾崎を一瞥すると、逆に潤子には困ったような顔を見せた。
「……ゴメン。少し言い過ぎた」
そんな彼女に一度だけ頷くと、尾崎に掌を見せながら軽く振ってみせる。
「尾崎くん、またね。もし答えが見つかったら教える」
「おう、橋守。またな」
彼は立ち上がると片手を上げて、立ち去って行った。思わず胸を撫で下ろした。
可奈が不思議そうに智子を見る。
「ねえ、智子ちゃん。どうして尾崎君に敵意剥き出しなんですか?」
「なんかまた潤にちょっかい出してるのかと思ってさ。本当に変なことされなかったか?」
彼の父親が経営する病院の中で変なことをするのは、流石に難しいと思う。
「うん、普通に話してただけ。話してみれば、普通の男子ってこと分かるよ。少し真面目すぎるけど。それより、可奈。ケーキ買ってきた? お金渡す」
「ばっちりですよ。智子ちゃんの誕生日と併せて、潤子ちゃんのお見舞い分も買ってきたので」
可奈はそう言って、取っ手のついた白い紙箱を軽く振った。
「ナイス。休憩室ならケーキ食べても怒られないと思うから、そっちに移動しよう」
休憩室に移った三人は、ケーキをテーブルの上に並べた。
「今回は豪勢ですね。智子ちゃんの誕生日祝いと、潤子ちゃんの退院前祝い。二つずつ食べられますよ」
「可奈っち。そこは仮退院祝いとかにしとこうぜ」
どっちも同じ意味にとれるのは気のせいか。
潤子と可奈は誰もいないことを確認すると、せーので、小声でハッピーバースデーを歌い出した。歌い終わるとパチパチと小さな拍手をする。
「ここでロウソクを立てるのは厳しいですよねー」
可奈がケーキ屋で貰ってきたと思われる、小さな色付きのロウソクを、掌の上でコロコロと転がす。
「あ、ちょっと待って」
潤子はスマホを取り出すと、それを素早くタップする。
「じゃじゃん」
テーブルの上にスマホを置いた。画面の中に豪華なケーキと、十八本というステータスメッセージと、沢山の火のついたロウソクが立っている画像が映っている。ご丁寧にその火はユラユラと揺れていた。
「潤、なにこれ?」
智子は吹き出しそうな顔になり、その肩は震えている。
「バースデーケーキアプリ。タップすると、ちゃんと火が消えるようになってる」
「凄いですね。智子ちゃん、やっちゃってください」
「おう!」
智子がスマホに息を吹きかけたタイミングに合わせ、潤子はスマホをタップした。画面の中の火が消え、ろうそくの芯から黒くて細長い煙が立ち上る。
三人はぱちぱちと小さく拍手をした後、頬を緩ませながら、ケーキを食べ始めた。
「潤と可奈っちは、夏休みはどうするの?」
「私は図書館で勉強してます……時々、隼人くんと一緒に。両親が三日間夏休み取ってくれたので、その日は温泉に行きます」
可奈よ。時々と言わず、毎日でもいいのだぞ。弟は三ヶ月後には十五歳の元服を迎え、時間が取れなくなるだろうから。
「私は家族と一緒におじいちゃんを家の近くにまで送っていく。そのついでに二泊三日でキャンプかな」
潤の言葉に二人の目が輝いた。
「いつ出発するのです?」
「今週の木曜日に出て、土曜日に帰って来る予定」
「なあ、潤。一緒に付いてくのは駄目か? ちゃんと金払うからさ」
「わ、わ、私も行きたいです。お金なら言い値で払えますから」
うん。確かうちの車は八人乗りで、行けないことはない。
「ちょっと待って。メッセージ送ってみる」
母さんにメッセージを送ると、すぐに返事が返ってきた。
『良いわよ。みんな連れて来なさい。楽しみね』
「大丈夫だって。キャンプで働いてもらえば、お金はいらないから。キリキリと働くのだ」
「「へへー。潤子さま」」
二人とも、ノリノリだ。




