第十一話 TV局の取材
橋の入口に、緑と白のツートンカラーの腕章を付けた一団が目に入った。きっとあれがTV局の人たちだろう。
潤子は夏子と智子に片方ずつ腕を掴まれ、引っ張られていく。よく分からない焦りと、行きたくないという気持ちだけが募りまくった。荷馬車に積まれる前の子牛も、こんな気持ちなのかもしれない。
「橋祭りの祭りアイドル、潤子さんです。お連れしました」
夏子がよく通った声を出した。それと同時に、まるで音声センサーに反応したかのように、ビデオカメラが一斉に向けられた。といっても2台だけど。
その脇を抜けるように、清潔感のあるワイシャツを着たお兄さんが、マイクを差し出しながら近づいてくる。
「私、ネットコムTVの大林と申します。初めまして。あなたが潤子さん?」
「は、はい。人違いでなければ……」
人違いであってほしい。なんならドッペルゲンガーが答えてくれてもいい……自分が死んでしまうから駄目か。
「あの、なぜお面を付けているんですか? 狐の」
「諸事情がありまして……これ以上の追及はどうかご堪忍を……」
そのひと言で、大林は何かを悟った風だった。
「分かりますよ。彼氏にお面を被ってくれって言われたんでしょう?」
変な所がむせた。この男、全く悟っていなかった。
「大丈夫ですか?」
「付き合っている人なんかいません! これは私の意思で付けているんです!」
大林の口元だけがニヤリと笑った気がする。もしかして嵌められたのか?
「はい。知ってました。ご両親に先に取材しましたからね」
ふいに秘書っぽい女性が、大林の肩をつついた後に彼に耳打ちをした。
「おめでとうございます。神ランクが一つ上がりました。全国八位ですよ。せっかくなんで、そのお面を取ってはどうですか?」
やはり嵌められたのでは。
「そんなこと言っても、お面は外しませんからね……」
「ま、アイスブレイクはこれぐらいにしておきましょう」
大林は背筋を伸ばすと、急に真面目な顔を見せた。本当に掴みどころのない人だ。
この後は、祭りや、地域のことに対する思いだとかをメインに聞かれた。不思議とスラスラと喋れた。最後に締めの言葉を紡いだ。
「みなさんが橋祭りを楽しんでくれて、好きになって帰ってくれたら、それだけで私は十分です」
取材が終わり、こっちへと向けられていたカメラを持つ手が下ろされた。
「ありがとうございました。一旦、帰って編集します。また次回も取材させてください」
全員が丁寧にお辞儀をしてくる。礼には礼で返すのが橋守家のしきたりだ。それに今はカメラも回ってないし。潤子はお面を外した。
「こちらこそ、橋祭りのことに興味を持って頂き、ありがとうございました」
彼らに対して丁寧に、お辞儀を返し、顔を上げた。全員が潤子を凝視したまま、ピクリとも動かない。
「あの、どうかしましたか?」
「……いや。写真よりもずっと……投票したくなる人の気持ちがよく分かります」
ボソリと呟いた大林の言葉に顔が真っ赤になった。慌ててお面を被り直す。
潤子は一人で自分の部屋に戻った。既に可奈は隼人が送っていった所だった。父さんたちが浮かせた灯籠をボンヤリと眺める。
真っ暗な川面に浮かぶ、幾つもの儚い光がユラユラと揺れていた。その光が、ヘトヘトになった潤子の心の疲れを洗い流してくれる。
次の日はイナゴの大群のように人が溢れた。橋祭り始まって以来の入場規制がかかる。流石に千人や二千人が橋に乗っても崩落することはないだろうが、祭りを楽しむ余裕が無くなってしまう。
屋台の売り子も母さんから免除された。父さんが売り子の役だ。浴衣を着て颯爽と唐揚げを手渡す父の姿に、オバサマ方が列をなし、鼻の下を伸ばした父さんの脇腹を、母さんが笑顔でつねっていたのは内緒にしておく。
代わりに橋へと続く道路の前で、狐のお面を被ったまま、祭りに来る人たちに、一言二言、声を交わす役を請け負った。
「可愛い声ですね」
「ありがとうございます。楽しんでいってくださいね」
「灯籠綺麗でした」
「嬉しいです。父さんたちが用意したんですよ」
その晩、祭りアイドルランクが全国七位になっていた。
十八時には切り上げ、橋の中へと戻る。
「あー疲れた。ただいま」
「おかえり、潤子さん。お疲れ様だったのう」
リビングでおじいちゃんと一緒におにぎりを食べた。橋祭りの日に限っては、昼と夜は家族別々に食事を取る。
「おじいちゃんって、よくそんな食べられるよね」
朝に貰った奉納品を、昼には全て平らげていた。
「食いだめじゃよ。家に帰ると禄に食べんようになるからな」
「それなら、今度帰るとき、沢山おにぎりを作って持たせてあげる」
「そうか。嬉しいの」
潤子は風呂場でジャージに着替えると、自室に戻った。出窓に身を乗り出し、橋の上を眺めやる。そこから煌々と明かりが漏れ、笑い声や賑やかな話し声が聞こえてくる。川面には灯籠が蛍のように明滅していた。
「みんな楽しんでくれて良かった」
潤子はどこか満足した様子で、布団に潜り込んだ。
***
一方その頃。広々とした部屋の一室で、尾崎がソファの上で仰向けになって一冊のノートを顔の前に翳していた。ノートの表紙には美しい字体で丁寧に『橋守潤子』と書かれている。
浴衣を着て、ノートに字を書くときにうなじを見せた彼女。頭の後ろでかんざしが嬉しそうに揺れていた。目が離せなかった。
『バカなの?』
潤子が恥ずかしそうにしながら呟いた言葉。彼女に対して、もっといい切り返しの仕方があったかもしれない。
尾崎はため息をつくと、目の前のテーブルにノートを置く。ポケットからスマホを取り出し『橋祭り 橋守潤子』で検索をかける。検索結果のトップにAIが回答を表示していた。
『橋守潤子さんは、潮見市の夏の橋祭り開催中に、祭りアイドルに登録されました。登録から一日で全国七位の神ランクアイドルに登りつめ、絶大な人気を集めています。彼女の姿を一目見ようと橋祭りには……』
目を疑った。すぐその下には祭りアイドルサイトが表示されている。輝くような笑顔の潤子の写真が、何枚もアップされていた。コメントやいいねも、とんでもないことになっている。
急に目の前が暗くなった気がした。さっきまですぐ近くにいた彼女が、決して手に届かない、空の彼方へと飛んでいってしまったような感覚に囚われて。その次に感じたのは、理由のない焦りだった。
検索結果画面に戻す。その下は橋祭りの公式サイト、さらにその下にはネットTV局の橋祭りニュースがある。思わずクリックしてしまう。
動画に狐のお面を被った女性が映し出された。お面を被ってても分かる。『付き合ってる人なんかいません!』と力説している。その言葉にどこか安心した自分がいた。そして穏やかな日向にも似た最後の一言。
『みなさんが橋祭りを楽しんでくれて、好きになって帰ってくれたら、それだけで私は十分です』
それが潤子が家業を継ぐ理由なのだ、と思った。そして以前、彼女に軽い気持ちで『家業継いで楽しいか?』と言った自分をぶん殴りたくなった。




