第十話 祭りアイドル誕生
潤子は、おじいちゃんに軽く手を振った。
「また後でね。部屋に行ってるから、誰か来たらそう伝えて」
「おう」
潤子に短く応えたおじいちゃんは、嬉しそうに手を振り返した。
キッチンに入ると、シーフードサンドイッチの載った皿と麦茶の入った水筒を、コップとともに大きな編みかごに入れた。
そのまま橋脚の上にある自分の部屋に進み、智子と可奈を招き入れる。
「良かったら二人も食べて」
潤子は折りたたみテーブルを展開し、編みかごの中のものをその上に置いた。コップに麦茶を注いだ後、三人はサンドイッチを頬張りだした。
智子がサンドイッチ片手に口を開いた。
「……このハゼの唐揚げサンドイッチ、美味いな。タルタルソースがまた絶妙だし。で、さっきの続きだけどさ。混乱を避けるんなら売り子は止めた方がいいんじゃないか?」
潤子は首を横に振る。
「みんなに迷惑かかるし、売り子は続けるよ。少し考えがある」
そう言うと机の前の椅子に座り、パソコンを立ち上げた。祭りアイドルサイトにアクセスすると、全国九位になっていた。それより上の順位は数万単位でいいねがついている。
トップスリーに入ると、そのアイドルが関わる祭り自体も凄いことになるらしい。スポンサーが付いたり、ニュースにもなったりする。
……九位ならヘーキヘーキ……だといいな。
「魚の照り焼きサンドイッチも美味しかったです。潤子ちゃん、祭りアイドルサイトに本人申請を出すんですか?」
サンドイッチを食べ終えた可奈が潤子の横に肩を並べる。
「うん。流石に芸能アイドルとかのお誘いは受けたくないから設定も変えたいし。でもこのアップされた写真はそのままにしておこうと思う。よく考えたら、これのお陰で、みんなが橋に集まってくれるんだよね。そしたら町興しにもなるし。広報業務の一環としては悪くないと思って」
同じく横に並んだ智子が頷く。
「その考えなら、いいと思うぜ。賑やかになると、街に活気も出るしな」
その時、コンコンとノックする音が聞こえた。
「姉ちゃん、いる?」
扉の向こうから隼人の声がする。
「いるよ。鍵はかかってないから入っておいで」
潤子はなんとなく可奈へと顔を向けてみた。彼女の頬は仄かに染まり、皿に落ちたゼリーみたいに、小刻みに震えている。
「入るよ」
扉の向こうから作業着姿の隼人が入ってきた。可奈と智子を見ると、ビシッと会釈をする。面を上げると彼は迷わず可奈の元へと向かった。
「あの……可奈さんに渡したいものがあって。こういうの好きかなって」
一冊の文庫本だった。表紙には『転生したら橋だったので、悠久の流れに身を置くことにしました』と書いてある。
可奈の震えが嘘のように止まってしまった。今度は錆びた機械人形のように、ぎこちなく本を弟から受け取っている。
「あ、あ、あ、ありがたく借りるね」
可奈がやばいかも。今度は茹でダコ星人みたいになっている。
そういえば、夏子がやたらと可奈のことを聞いてきたので、構造物オタだって伝えたんだった。妹がそれを聞いた後のシジミ漁の帰りに、弟と一緒に本屋に行ったんだっけ。
なるほど。妹はこのシチュエーションを作るために、弟にあの本を買わせたのか。これは姉としても、一肌脱がねば。
「可奈。隼人の部屋ってさ、結構すごいジオラマ置いてあるんだよ。見せてもらったら? 隼人もいいよね」
弟は本物かと見間違うぐらいのジオラマを作り、小さな電車を走らせている。そして可奈はジオラマ界隈も大好きだ。
「あ、あ、あ、ああ」
今度は隼人の方が、茹でダコ星人二号となった。二人で電車を走らせて、思う存分に青春するがよい。
「私は智子と、ここで話をしてるから」
「潤子ちゃん、智子ちゃん。ちょっとだけ、行ってきます」
「姉ちゃん、またな。智子さんもごゆっくり」
可奈は大事そうに本を両手で抱え、隼人と共に部屋を出ていった。潤子と智子は手を振って見送る。
「隼人くんはいい子だね。うちの弟もあんなんだったらよかったのに」
智子のところは姉弟喧嘩ばかりしてるらしい。
「そういえば、智子って彼氏とは会ってるの?」
「全然。メッセージを送っても返事が返ってくるのはいつも夜中。本当に何してるんだか」
彼女はどこか寂しそうな顔を見せる。
「彼氏の学部って応用化学だっけ? 今三回生だよね。実験とかレポートとか、忙しいんじゃないかな」
仕入れた知識を元に、智子に聞いてみた。来年入学する学部を決めるために、興味を持った学部の情報を漁ったりしている。
「うん。色々と物体を合成しているって言うから、錬金術で宝石でも作ってプレゼントしてよって言ったんだよ。勿論冗談で」
錬金術は流石に無理だろう。小学生の頃、担任の先生に聞いて、絶対に無理って言われたことがあるから、これは確実な情報だ。
「そういえば、智子の誕生日って明後日だよね。私と可奈からはいつものケーキでいい?」
「おう、さんきゅ」
三人のうちの誰かが誕生日を迎えると、他の二人がケーキを買って、みんなで食べ合うのが習慣になっている。
潤子と智子はその後もサンドイッチを食べながらとりとめのない話をした。山盛りだった皿が空になる。潤子はダイバーウォッチに視線を送った。
「智子。そろそろ外に行こうか」
「いいけど。可奈っちはどうする?」
「もう三十分経ってるし。ここに帰って来ないってことは、弟と意気投合したんじゃないかな。放っておこう」
そう言うと、部屋の押し入れにある木の箱を開けた。ゴソゴソと中を漁る。あった。
「じゃじゃん」
昔、おばあちゃんにおもちゃ屋で買ってもらった本格的なお面だ。狐の面を智子に見せると、そのまま顔にそれを被せる。
「まさか潤子、その格好で外に出る気?」
「うん。昔はこの格好でよく出歩いてた」
「恥ずかしがり屋なのは、子供の頃からだったのか……」
途中、おじいちゃんに挨拶して橋の上にある管理棟から智子と一緒に外に出る。何だかいつもより騒がしかった。丁度、夏子にばったり会った。
「お姉ちゃん!」
「私は白狐。夏子のお姉ちゃんではない」
「そんなことより、大変だよ!」
お姉ちゃんではないことは、そんなことだったのか。だいぶショックだった。
代わりに智子が夏子の前にしゃがむようにして尋ねた。
「夏子ちゃん。どうした?」
「テレビ局のリポーターの人が来たの! ネット局みたいだけど」
潤子は回れ右をして、管理棟へと戻ろうとした所を、智子に素早く襟首をつかまれた。首が締まる。
「もしかして、祭りアイドル潤子を探してる?」
「うん。お姉ちゃんに取材したいんだって。なんか祭りアイドルランキング史上、初めてなんだって。アイドル登録から一日で神ランクになった人って」
智子がニヤリと笑う。
「潤。たっての希望通り、町興しを始めようか。あと、橋祭りを全国区へ知らしめるチャンス到来だ」
「こ、ここ、心の準備が……」
「ヘーキヘーキ。お面被ってるし」
こうして潤子は、智子に半ば連行される形でリポーターの元へと連れて行かれてしまった。




