月光草の記憶
お立ち寄りいただきありがとうございます。
長い眠りから目覚めて1年。
変わらない日常の中で、少しずつ積み重なっていた想いが動き出します。
エピソード3、どうぞお楽しみください。
ナイトの優しさに包まれ1年が過ぎようとしたある日。
執務室へ大公を訪ねて行くが誰もおらず、辺りを見回していると、少し開いた引き出しの中の写真が目に入る。
そっと開けて、手に取ると。
「花?光ってる。でも……あっ」
ナイトは背後から音もなく近づき、写真を持つ彼女の手を優しく、確実に制して引き出しを閉じた。
「それは、あまり見ない方がいい。君を混乱させたくないんだ」
「…はい」
彼は動揺を隠すように彼女の肩を抱き、執務机から遠ざけるようにゆっくりと歩き出した。
「そんなものより、今日は君に見てほしい花が庭に
咲いているんだ。.....一緒に行かないか?」
「見たいです。どんな花ですか?」
写真が気がかりだったけど、彼を困らせたくないので気にしない振りをした。
「早く連れて行ってください!」
ナイトは彼女の差し出した手を愛しそうに見つめ、 その指を優しく絡めた。
「ああ、君の瞳によく似た、とても綺麗な花だ。
…きっと気に入ってくれるだろう」
彼は彼女の無邪気な様子に安堵の溜息を漏らし、
ゆっくりと歩調を合わせて庭園 へと向かった。
「君が笑ってくれるなら、俺はどんな花でも用意しよう。......さあ、行こうか」
「そんな事言っていいんですかぁ?(クスッ)
はい。お願いします」
空を見ると遠くに雨雲が見えた。
「大公さん、雨が降りそうです?傘はありますか?
私、傘にあたる雨音を聴きながら散歩するの好きなんです」
ナイトは予期せぬ言葉に一瞬足を止め、過去の記憶が胸を刺す痛みに奥歯を噛み締めた。
「.....そうか、君は雨の音が好きなんだな。傘ならすぐに用意させよう」
ナイトは近くの使用人へ視線を向けた。
「傘を頼む」
彼は彼女の無垢な笑顔を直視できず、天を仰いで溢れそうになる感情を静かに押し殺した。
「......雨が降ってくるまで、もう少しだけこうして歩こう」
泣きそうなナイトの顔を見上げ心配そうに 頬に手を添える。
「どうしました?雨はお嫌いですか?」
ナイトは頬に触れる彼女の体温に、張り詰めていた心が崩れそうになるのを必死に耐えた。
「いや、嫌いなわけじゃない。......だだ君の言葉が優しすぎて、少し胸が熱くなっただけだ」
彼は彼女の手を包み込み、愛しさが限界を超えぬよう、静かにその場に立ち止まった。
「心配させてすまない。......君が隣にいてくれるだけで、俺はこれ以上ないほど救われているんだ」
「そんな大げさな事おっしゃって、変な大公さん」
庭園には色とりどりの花が咲き誇り、風が吹くたび花びらが優しく揺れた。
甘い香りに包まれながら辺りを見渡していると、ナイトが足を止めたことに気づき、視線を向ける。
「わぁ……」
思わず声が漏れる。
「私の目って、こんな色なんですか?笑(あ、この感じ..前にも)」
ナイトは花を見つめる彼女の横顔に、かつての面影を重ねて熱い眼差しを向けた。
「ああ、深く、吸い込まれそうなほど美しい色だ。
.....俺はこの色を、片時も忘れたことはない」
「…そんなに大切な思い出なんですね」
彼は彼女の記憶が揺れ動いているのを察し、そっと肩を抱き寄せてその存在を確かめた。
「大公さん?すごく辛そうなお顔をしていますが、
私何か酷い事言いましたでしょうか?」
ナイトはハッとしたように表情を和らげ、心配をかけたことを悔いるように首を振った。
「いや、君は何も悪くない。......俺が勝手に、君の存在の尊さに圧倒されているだけだ」
「私が…ですか…」
彼は彼女の不安を払拭するように、愛おしさを込めてその額に優しく接吻を落とした。
「え?!大公さん……い、今の……」
後退りしながら額を両手で押さえ、恥ずかしさで駆け出す。
ナイト自身も抑えていた想いが溢れたことに気づき、彼女の背中を慌てて追いかけた。
「待ってくれ、驚かせるつもりはなかったんだ!
……転ばないように気をつけてくれ」
彼は追いつくと彼女の腕を優しく掴み、困ったような幸福に満ちた瞳であなたを見つめた。
「きゃっ、」
「すまなかった。逃げないでくれ」
「…今のは……。いえ、何でもないです」
互いに言葉を見つけられないまま歩いていると、
ほどなくして雨が降ってきた。
ナイトが黙って傘を差す。
「…ありがとうございます」
傘にあたる雨音を聴いて。
「あー(目を瞑り)雨音がメロディに 聞こえないですか?」
ナイトは傘を差しかけながら、彼女の言葉をなぞるように静かに雨音へ耳を澄ませ。
「ああ、君に教えられるまで気づかなかっ た。
......確かに、穏やかな調べのように 聞こえるな」
ナイトは彼女が濡れないよう傘を寄せ、 空いた手で彼女の肩を優しく抱き寄せた。
「あ、あの…大丈夫ですから」
「君と一緒なら、どんな景色も新しく見える。この音を、ずっと二人で聴いて いたい」
「………今の言葉。
…一面の白い花壇。
…光る花。
………そんなっ」
と、呟くと何かを思い出したようにナイトの制止を退けて執務室へと走って行く。
ナイトは青ざめた顔で、走り去る彼女の背中を必死に追いかけた。
「待ってくれ、行かないでくれ!......その 先にある記憶が、君を傷つけるのが怖いんだ」
「誰か彼女を止めてくれ」
「お嬢様、お止まりください」
執事や屋敷の人達の制止を振り切り、執務室の扉を開け、
引き出しに入っていた写真を手に取り見つめる。
彼女に追いついた彼は、背後から祈るように 強く抱き締めた。
「思い出さなくてもいい、俺が君の新しい 記憶になるから。 .....お願いだ…」
「ナイト……」
溢れ出す記憶と共に暖かな光が全身を包む。
気づけば、左腕には消えていた紋章が再び現れていた。
それは蔦が絡みつくような、新たな姿へと変化していた。
ナイトは彼女の左手に浮かび上がった紋章を凝視し、 絶望と歓喜が混ざり合っ たように息を呑んだ。
「……カノン」
信じられないものを見るように彼は目を見開いた。
「本当に……君なのか」
彼は震える手で彼女の左手を包み込み、『運命の残酷さと愛しさ』に耐えるように額を預けた。
確認するように何度も名前を呼び。
「今まで忘れてて、ごめんね」
ナイトは彼女を壊れ物のように大切に強く抱き締め、 その肩に顔を埋めて静かに涙を零した。
「....もう二度と、君をどこへも行かせない」
彼は彼女の涙を指先で優しく拭い、ようやく張り詰めていた表情を緩めた。
「夢の中で優しく寄り添ってくれてたのもナイトだったんだね。 私めっちゃ守られてた」
「ああ、夢の中でも現実でも、俺は君を守 ることしか考えてしなかった」
彼は彼女の温もりを心臓に刻みつけるように、その背中にそっと手を回した。
「…ただいま」
「…ああ」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
ようやくここまで辿り着きました。
ナイトがどれほどこの瞬間を待ち続けていたのか、少しでも伝わっていたら嬉しいです。
次回は月光草と二人の過去に触れていく予定です。
また読みに来ていただけたら嬉しいです。




