055 ~帰郷 そして、久しぶりな者達との再会~
アルトは水鏡の国に帰郷した。
だが、水鏡の国の異様な雰囲気に戸惑う。
そして、そんなアルトの傍に会いたくなかった者達が次々と集まって来る……。
穏やかな船旅は終わり、アルトは水鏡の国へ帰郷した。
そこでアルトは龍宮家の正装である紋付き袴の羽織装いとなっていた。
その装いは龍宮家の家紋が袴にも膝元まである長さの羽織にもあちらこちらと入っている。
龍宮家の家紋には龍神 青龍が水鏡の国のシンボルである
太陽を模した鏡を両手で握っている姿が描かれているのだ。
付け加えるとその鏡の中心部分の真上で正面を向いた青龍が全身を使い
反時計回りに鏡をぐるっと巻いた形ともなっている。
そんな青龍の閉ざした口の上には流れる様に二本の髭が生え、
顔の右隣に来ている尾にまで美しい鱗が細かく描かれている。
ちなみにこの装いについてのアルトの素直な感想はこうである……。
こうも白の家紋が入っていたらせっかくの光沢のある漆黒の羽織が台無しだよ!
まあ、羽織のゆったりとした着心地と中の淡い水色の半着の着心地と色はいい。
だけど、右前で合わせた半着の襟は首にぴったりと合わせているものだから何となく息苦しいな。
しかも一番下に白色の襦袢までもを着ているのにさ。
そう言えばこの襦袢をほんの少しだけ半着の下から覗かせる着こなしも
中々難しかった。
それにグレーの袴はアカデミーで着用しているズボンと歩きやすさに関しては左程差がないけど
問題は履物だ!
久しぶりに草履なんて履くと足の親指と人差し指がつりそうになるよ!
でも、なんで鼻緒をこの二つの指で軽くつまみながら歩かなきゃいけないのかな?
絶対にこけてしまうよ……。
アルトの本音はこうだったが特別な時には、龍宮家の家紋が目立つ正装をしなくてはならない。
はぁ……。久しぶりにこういったお堅い服を着ると気分が滅入るよ……。
なので、ミアプラキドゥスから下船したアルトの眉間にはしわが寄っていた。
そのアルトの前に広がる水鏡の国は濃い霧に包まれ異様な雰囲気となっていた。
状況はあまりよくないとは聞いていたけど、ここまでとはね……。
眉を顰めたアルトがイヴと龍宮家に向かう為歩いていると、
「お帰りなさいませ。イヴ様」
と言った低い声の持ち主に出迎えられた。
その声の持ち主は鼓 アルニタク。
メイサの孫に当る男で、イヴと同い年だ。
そんな彼は糸目だがアルト達と同じ青い瞳の持ち主で、
耳下までの短髪を除き髪の色も肌の色も全く同じである。
だが、身長はイヴよりもだいぶ高く、強いて言えばジャップと同じぐらいと言った所か。
体格も少しジャップには劣るが同じ様によい。
付け加えるとその顔には狡猾と言ったものが見え隠れしている。
そんな糸目の彼は水鏡の国の軍人が着用する軍服を着こなしていた。
そう、狡猾な顔とは真逆の真っ白な詰襟の軍服。
その上服は着丈が短く、上肩は黒で縁取りが金色となっている。
この上肩部分は光沢がある硬い素材で出来ている。
胸元は鎖骨と並行になる様に一〇センチメートル程の太さの盛り上がった黒のラインが入っている。
こちらも縁取りは金色で上肩部分と同じ素材である。
そして、そのラインの下には四つの金色のボタンがキラリと光っていた。
このボタンには水鏡の国のシンボルであるあの鏡が刻まれており、丸みを帯びている。
さらに真っ白な下部分は股上が深いゆったりとした箱型シルエットの長ズボンで、
黒い布製の太めのベルトにはボタンと同等に輝く金のバックルがあった。
ちなみにこのバックルにもボタンと同じ鏡が刻まれている。
そして、このベルトの左側に糸目の彼の身長の半分程の片刃の長い刀が一本、刺さっていた。
最後に靴はガッシリとした黒光りするブーツだった。
歩く度に重厚な造りがわかる重たい音が聞こえてくる。
糸目の彼か……。やれやれ……、帰って早々、会いたくない人間の代表格に会ってしまったね……。
嫌っている人物との再会にアルトの口から溜息が漏れる。
「イヴ様。御足労をかけて申し訳ありません」
そう、先程もだが糸目の彼はイヴだけにワザと声を掛け、アルトを無視するのだ。
別に声を掛けられたい訳では決してないのだが鬱陶しい事には変わらない。
はあ……。毎回の事とは言え、本当に嫌味でしかないね!
でも、彼がいるって事は……。
糸目の彼だけでもうんざりしているアルトに嫌な予感がした。
「あれれえ? どうして、アルトお坊ちゃんなんかがここにいんの?
……いたって、何にも出来ないのにね? ふふふ♪」
アルトのその予感は的中した。
きゃいきゃいと高い耳障りな女性がそう言いながらアルトに近づいて来た。
この声の持ち主は、アルニタクの二歳年下の妹で、名は、アルニラム。
ちなみにアルトと同い年である。
さらに、
「あれれえ? 本当だ、アルニラム姉さん!?
どうして、アルトお坊ちゃんなんかがここにいんの?
……役立たずがここにいたって、意味ないのにね? ふふふ♪」
と、糸目の彼の妹とほぼ同じ声の持ち主から声を掛けられた。
それは、糸目の彼の妹で、名はミンタカ。
先程の彼女とは双子の関係で、下に当る。
そんな彼女達はアルトが全く興味がないのもあるが顔も声もそっくりで、
兄と同じ肌の色と糸目の青い瞳に加え、青い髪は二人共おかっぱなので違いがなく区別がつかない。
強いて言えばその二人の顔は嫌味を言って楽しむ小悪魔な顔である。
さらにそんな顔の二人は身長まで同じ高さでかなり低く、アルトの肩よりも低い。
そして、兄同様、水鏡の国の軍人が着用している軍服を着こなしていたが、
長いズボンの兄とは違い、膝上までの白いスカートをはいていた。
その下のブーツは兄と似たり寄ったりのもので膝上までの長さだった。
そんな二人だが双子の上の彼女には左、
下の彼女には右に光に反射してキラキラ光る髪飾りが揺れている。
なのでアルトはそこで二人の違いを判断しているのだ。
はあ……。やはりいるのか……。
しかし、相変わらずこんな下らない事しか言えないんだね……。
そんな二人から近くをウロウロされながら嫌味を言われているアルトは
二人を見らずに大きな溜息をついた。
それから嫌味な双子は飽きもせずに何か嫌味を言い続けていたが、
アルトが全く相手にしなかった為か二人共つまらなさそうな顔をしてその兄の下へ行った。
さて、邪魔者はいなくなったとして……。
それにしても糸目の彼は相変わらず姉上にご執心みたいだね。
まあ、全然相手にされていないというのに、御苦労な事で……。
やっと嫌味な兄妹から解放されたアルトはイヴから少し離れた処でそう思った。
そんなアルトの目にはイヴの隣で愛想を振りまく糸目の彼と、
その周りで同じく愛想を振りまいている嫌味な双子がうつる。
アルト達、龍宮家とメイサ達の鼓家……。
この二つの家は元を辿れば本家と分家の関係に当る。
だが、今はアルト達 龍宮家が本家に当るが、いつそれが逆転してもおかしくない。
それは水鏡の国には特殊な仕来りがあるからだ。
その仕来りとは四半世紀に一度行われる水鏡の国の将軍を決めるものの事で、
そこでは水の盾と矛をぶつけ合い誰が一番強いのかを判定し将軍の座を決める。
そして、その仕来りが行われた約二一年前、イヴは僅か四歳でどの家の者の水の盾を破った矛と、
どの家の者の矛からも破られない盾を用いた事で今の将軍の座にいるのである。
だが、幾度となく反乱も起き、将軍の座が入れ替わった事もある為、
のこりの期間、絶対にイヴが安定してその座に居座れるとは限らないのだ。
全く、糸目の彼は何を考えているのだろうね。
姉上にコビを売っているのか、それとも……。
冷ややかな目で嫌味な兄妹を遠目から見ながらアルトはイヴの背に続き、龍宮家の母屋まで来た。
すると、そこでは相変わらず豪華な出迎えがあり、その間をイヴ達は何事もなく通り過ぎて行った。
だが、アルトの足はそれに続かなかった。
それは、その出迎えがアルトには向けられていない事をアルトは知っていたからである。
ここも相変わらずだね……。
改めてそれを実感したアルトは眉間に深いしわを作り大きな溜息をついた。
「アルト。何をしているのですか? 早く参りますよ」
「姉上、申し訳ありません!」
だが、立ち止まっていたイヴに声を掛けられるとアルトは歩みを進める事が出来、
その眉間のしわはなくなっていた。
アルトはイヴに絶大な信頼を置いている。
それはこの様にイヴは他の者と違い、アルトに普通に接するからだ。
だから、アルトはイヴの前では素直になれるのである。
例え周りからどんな目で見られ様とも……。
そんなアルトがイヴに付いて行くと応接間に到着した。
そして、引き戸が侍女達により開けられるとそこには多くの者が既に集まっていた。
その者達は左右に分かれずらっと並んでおり、皆イヴに平伏していた。
そんな者達の間を凛々しい顔のイヴは颯爽と歩き、それにアルトも続いていたが、
嫌味な兄妹とは途中で別れた。
それはそこから先はイヴ達将軍家のみが踏み入れてよい区域だからである。
だが、そこにアルトが踏み入れると背中に嫌な感覚が突き刺さった。
これはこれは……凄い殺気だね。
この感じは糸目の彼だろうけど……。
アルトは見なくとも、それが糸目の彼から向けられたものだとわかった。
この様に糸目の彼は時々、殺気に満ちた敵意をアルトに何故か向けて来る。
これもアルトが糸目の彼を嫌う理由の一つなのだ。
まあ、無視されるというのもあれだけど、これはこれで鬱陶しいね……。
そう思ったアルトが深い溜息をつき用意された席に座った時だった。
……ドドド、ドダン、ドダン、ドダンッ!
この様な地響きともとれるこの場の空気をガラッと変える者の足音が聞こえてきたのである。
バタンッ!!
さらに乱暴に引き戸が音を立てて開かれた。
「おぉっ! イヴちゃん! すまんかったの!
そして、この様な鼓膜が破れる程の大声を上げた老人が部屋に入って来た。
その声はお茶ら桁ものだった。
彼の名は、龍宮 ジュバ。
アルト達の祖父に当る人物で、イヴの前までの半世紀の間 将軍の座に座っていた人物である。
今は少々髪が寂しくなっているが立派な白髭を鼻の下に蓄え、体格も七十代とは思えない程立派だ。
その装いは羽織がないアルトの装いとほぼ同じである。
そして、身長は恐らくジャップより一〇センチメートル以上は高く、
そこにある顔は先程の様子でわかる様に、やりっぱなしでも平気な顔をしている。
ちなみに、アルトは色んな意味でこの人物が苦手だった。
何故なら……、
「お爺様。場を弁えてください」
「まあまあ! いいじゃないの!」
困り顔のイブに対しジュバは悪びれる事はない。
「おぉっ!? アルトちゃんもいんじゃない!
久しぶりじゃな! 元気にしておったか?
相変わらず秀才みたいじゃが、モチ! 儂の遺伝のおかげじゃな?」
さらにアルトに話を振ってきたジュバは人目も憚らず
アルトに過度なスキンシップを求めてくるのだ。
そう、例えばまるで子供に、高い高いと言う様にアルトを持ち上げる等……。
だが、まだそれは可愛いもので、ジュバは何を仕出かすのかわからない。
なので、
「お爺様。お久しぶりです。
おかげ様で僕は変わらず過ごさせていただいております。
積話もあるでしょうが、まずは話を進めていただけますか?」
と、言ったアルトはジュバの目を真直ぐ見つめ、目でも訴えた。
それはご遠慮願えますか?と……。
「ふぅーん……アルトちゃん、変わったね」
すると、ジュバは一瞬驚いた表情を見せた。
「じゃあ、始め様かね!」
だが、またあっけらかんとした顔に戻ったジュバの言葉で会議は始まった。
次回【覚悟を胸に孤独な闘いの始まり ~あなたに連れられて~】
投稿予定日は2026年10月19日☆
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