053 宴の終わり そして、新たな苦しみの始まり
楽しい時間はいつかは終わりを迎える。
そう、それは今回もそうだった。
そして、訪れる新たな苦悩がアルト達に襲いかかる……。
絵にも描けぬ雪桜の園での宴を終わらせる朝日がこの場を白色に染めていく。
「もう、朝だね……」
その朝日が昇る方向を見たアルトは目を細めてそう呟いた。
「キャー!」
すると、バルが、ポンポン飛び跳ねながらラニーニャの傍で鳴いた。
だが、腰掛けにちょうどよい岩の上で座っているラニーニャは炎に寄りかかって眠っており、
反応がなかった。
「キャァ……」
「そっとしておいてくれないか?」
悲しく鳴いたバルに炎は優しく言った。
「キャァァァ……」
そして、さらに悲しく鳴いたバルだったが、ぴゅーけんから宥められると、
「キャーーー!」
と、元気よく鳴いたバルはアルトに飛びかかってきたのである。
「おっと、バル君!? 危ないよ! でも、行こうか?」
「キャー! キャー!」
そんなバルを胸辺りで受け止めたアルトはバルの頭を左手で優しく撫でた。
すると、嬉しそうにバルは「行こう!」と言う様に鳴き、アルトはケレすに目を転がした。
「ケレス、行こう。宴のフィナーレだそうだ」
「もしかして、バルが言ったのか?」
「勿論そうだ」
ケレスから不思議そうな顔をされたアルトがケレスを真直ぐ見つめ頷くと、
胃部傾げな顔になったケレスは一つ息を吐き、アルトに付いて来た。
そのケレスを引き連れ歩いて行くと朝日がこの場を自身の色に染めていく中で
グラニューを中心にまた多くの生き物達が集まっていた。
「皆!! 私の為に、この様な会を設けてくれた事に感謝する!
私は、誓う。生きてこの地を守ると!
そして皆、共に生きてこの地を守ると誓ってくれ!!」
そこでグラニューが叫ぶと周りにいた全ての生き物も叫んで誓いを交わした。
僕も誓います。生きてこの地に生きるものを守ると!
アルトも誓った。
だが、朝日がこの場の全てを自身の色に染めてしまうと
グラニューは風景に溶け込む様に消えてしまったのだ。
その時、グラニューが消えた辺りから優しいそよ風が発生し、アルトの長い髪をふわっと靡かせる。
『人の子よ、ありがとう……』
「ありがとうございます、グラニュー様!」
そのそよ風から聞こえた声にアルトが空を見上げ言うと、その風はラニーニャを優しく吹き抜けた。
すると、ラニーニャは穏やかな眠りから覚めたのである。
「姉ちゃん……」
ケレスが声を掛けたが、ラニーニャは周りを見渡して少し寂しそうな顔をした。
そう、雪桜の園は宴の後、朝日が照らす中でケレス達を除いて誰もいなくなっていたのだ。
しかも雪桜はもう輝いておらず至って普通の雪桜となっていた。
その静寂の中で立ち上がったラニーニャは何かを感じ取る様に
地面をゆっくりと一歩ずつ踏みしめながら歩き始めた。
朝日に照らされた白い足袋の間から見える赤い鼻緒付近に力を込めてラニーニャは歩く。
そして、ケレスの傍まで歩いて来たラニーニャは穏やかに笑った。
そのラニーニャの笑顔は、
「ケレス君。ありがとう……」
と、言っている様にアルトには見えた。
先輩、よかったですね……。
アルトの心にじんわりと温かいものが沸き上がり、全身に広がっていく。
「よお、いい感じだね、お二人さん♪ 炎坊ちゃん、うかうかしてられねえな♫」
その後ヘルの揶揄う声が聞えたが、その姿は見えなかった。
「ヘル!? 何処だ?」
「残念だけど、俺様と会える時間は終わったのさ」
ケレスは辺りを見渡したがヘルの姿は見えず声だけが聞えた。
「どういう意味だ?」
「その言葉の通りさ。やい、野郎共!! さっさとここを去りやがれ!!」
そして、首を傾げたケレスの前でヘルの声もしなくなった。
「ヘル……」
ケレスは呆然としていた。
「彼女の言う通りだ。早くここから去らないと」
「どうしてだ?」
「先輩をヒロ殿下の力の及ばない所へ避難させなきゃ」
そこで忠告してもケレスは不思議そうな顔をするだけだったので
イラっとしたアルトの眉間にしわが寄る。
「そうだった! 殿下は、目を覚ましてたんだった……」
そして、やっと事の重大さを理解したケレスは拳を握り締めて唇を噛みしめたが
その場から動きそうにはなかった。
「さあ、行こう。ケレス!」
そのケレスにアルトが言うと、小さく頷いたケレスは歩き出した。
ー●
雪桜の園を抜け暫く歩くと、あの惨劇があった場所となった。
「ここは……」
来る時には見えなかった物を見たアルトの口から小さく声が漏れた。
そう、アルト達の目前には焼け焦げた地面に真っ黒な炭と化した何かがあった。
その高さはアルトの腰辺りまでしかなかったが、残っている幹の太さは数メートルはあった。
その姿から恐らくそれの元の姿はかなりたかさのあった大木だろうと想像出来る。
そう、上の方は折れた部分が天へ向け尖っており、パックリ割けた幹からもそれがわかる。
あの嫌な場所だね……。
ここは先輩には見せたくなかったけど、きっと、あの大木の残骸が祟り神だったんだね……。
アルトが焼け焦げた大木の躯を見ていると慌ててラニーニャがそこまで走って行った。
「これって、祟り神の残骸じゃないか!?」
そして、ケレスは叫んだが、その躯からはもう何の恐ろしさも感じ取れなかった。
そんな躯を十数秒間ぼうっと見つめていたラニーニャは涙を流し、
その場にしゃがみ込んでしまった。
だが、ラニーニャは瞳を閉じて胸の前で手を組んで祈りを捧げたのである。
すると、ラニーニャの体は白銀に輝き出し、その輝きは大木の躯を包み込んでいった。
先輩、その力は……再生の力!?
何故、その力を使ったのですか……。
不思議に思ったアルトだったが黙ってラニーニャを見守る事にした。
すると、祈りを捧げるのをやめたラニーニャはアルト達の方に振り返り、穏やかな顔で笑った。
「喜長、急ごう」
そして、炎にそう言われラニーニャが頷くと、何かを知らせる様にこの辺りがざわめいたのだ。
「何だ!?」
そのざわめきでケレスは叫び、アルトが辺りを見渡した時だった。
そのざわめきを起こした犯人が、ザッザッと足音を鳴らしながらアルト達に近づいて来たのである。
そう、その犯人は宝珠の国の皇子だったのだ。
近付いて来た宝珠の国の皇子にアルト達には緊張が走る。
すると、怯え出したラニーニャの息は荒くなり胸をかきむしりだした。
「姉ちゃん!?」
ケレスが落ち着かせ様としたがラニーニャはその場に座り込んでしまった。
そして、ラニーニャを守るべく、アルトと炎はそのラニーニャの前に立ち塞がった。
さらに炎は宝珠の国の皇子に刀を向けた。
まさか、こんなにも早く彼に見つかってしまうとは思ってもみなかったね……。
ケレスの話だと、フィード様も目覚めている様だし、困ったね……。
宝珠の国の皇子の前に立ち塞がったものの絶体絶命の状況のアルトに為す術はなかったが、
「どうしたんだ? そんな怖い顔をして……。俺だ。そんな物騒な物を納めてくれないか?
まあ、お前達を不安にさせてしまったから仕方がないがな」
と、宝珠の国の皇子は意外過ぎる事を言ったのである。
何を言っている!? 一体、彼はどうしたというんだ?
動揺してしまったアルトの前で頭を深く下げた宝珠の国の皇子の口から
自身が記憶喪失である事を教えられた。
「ここはまだ危険だ。色々と調査もある。だから、お前達ここから離れろ」
顔を上げてそう言った宝珠の国の皇子の顔は険しかった。
「どうする、アルト?」
「そんな都合良く記憶喪失になるとは思えないけど。嘘をついているとも思えない」
その宝珠の国の皇子の前でケレスとアルトは小声で話していた。
そして、迷っているアルトの顔は険しいものとなった。
「ここは一応、奴の言う事を聞こう。変に逆らうと、疑われる」
だが、そんな二人に炎がそう提案したのである。
「炎さん!? でも……」
「俺が命に代えても、喜蝶を守る」
まだ迷っているケレスの前で刀を莢に納めた炎はラニーニャの傍に行った。
「喜蝶、帰ろう」
それから宝珠の国の皇子から隠す様にして優しく炎が言うと、
少し落ち着きを取り戻したラニーニャは頷いた。
こういう決断力と気遣いはさすがだね……。
ラニーニャ達を見たアルトはほっとした。
「じゃあ、ケレス。君は先輩の隣にいるんだ」
「アルト? どういう事だ?」
小声で指示したアルトにケレスは目を転がしてきた。
「何とかミラに停泊させてる僕のプレジャーボートまで行くんだ。
それまで、先輩の前は僕達が守る。
だから、君は先輩の隣にいて、何かあったら全力で先輩を連れて逃げるんだ」
だが、アルトはケレスを見らずに小声で指示する。
「炎殿。それで宜しいですね?」
「ああ。構わない」
それからアルトと炎は互いを見る事なく話した。
その後、納得いかないといった事が顔に前面に出ているケレスと共に、
アルトは宝珠の国の皇子も加えた全員でミラへと向かう事になった。
その並びは宝珠の国の皇子を筆頭に数メートル離れた所に炎。
炎の右隣にはアルト。
そのアルト達の後ろではラニーニャの前に、たぬてぃ、左側からケレスが寄り添う形で歩いていた。
息苦しいね……。
その途中でそう思ったアルトの眉間にはしわが寄った。
アルトがそう感じるのも仕方がない事だった。
何故ならミラへと向かう間、アルト達は緊張の糸を張りっぱなしだったからである。
そしてミラまで二十分もあれば到着するはずだが
その二十分は今のアルト達には数倍の時間に感じれた。
どうか、何事もなく先輩を帰らせてくれ!
アルトはこう願いながらミラへの道のりを宝珠の皇子の背を見ながら歩き、
やっとミラへ到着した。
だが、アルトはそこでさらに息苦しさを感じた。
何故ならそのミラの街はキラキラと眩い陽の光が照らす中で
宝珠の国の皇子や皇女、それに花梨に対しての感謝の言葉で溢れかえっていたのだ。
勿論、そこにいる人々の顔も喜びに溢れていた。
そうか……。ミラは救われたんだったね。だけど……。
歓喜の声に溢れている明るいミラの街で心が締め付けられたアルトはさらに苦しくなった。
それは、誰一人ラニーニャへの感謝の言葉がなかったからである。
そんな事はわかっている。
アルト達以外の者はミラを救ったのは誰なのかを知らないのだから。
だが、アルトはやるせない気持ちから悔しさが沸き上がり、唇を噛みしめた。
さらに両拳を握り締めた。
それでも沸き上がる気持ちを抑えきれそうにないアルトの視界に、
ふとラニーニャの顔が入った。
そう、いつの間にかラニーニャはアルトの左隣に並んでいた。
そのラニーニャの横顔は穏やかで、ミラが救われた事に喜びを感じている様だったが、
それから瞳を閉じたラニーニャの顔は宝珠の国に別れを告げているものへと変わったのである。
先輩……。あなたは、それで宜しいのですね……。
ラニーニャの決断を感じ取ったアルトの胸はさらに締め付けられたが、
先程まであったやるせない気持ちは消えた。
そして、アルトはラニーニャの意志を尊重する事にしたが、
その心優しきラニーニャを傷付ける者がこの場に現れる。
次回【覚悟を胸に孤独な闘いの始まり ~あなたに嫌われようとも僕は~】
投稿予定日は2026年10月5日☆
次話から章が変わるよ~☆
※この作品は無断転載禁止でございます♪




