045 ~悲しい呟きと虚しさ~
ラニーニャの祖父から掛けられた言葉にアルトは悲しく呟く。
そして、そんなアルトが変わらない日々を過ごしているとラニーニャのいる部屋から大きな物音がして……。
「僕が優しい……? それは違いますよ、先輩のお爺様……」
悲しい呟きがアルトの自室に静かに響いた。
それから変わらない生活を数日過ごしたアルトは一人で瞳を閉じて考えていた。
そもそも、何故ラニーニャが昴から堕とされなくてはならなかったのか?
本来ならラニーニャこそ皆で守るべきなのにどうして……。
どうして世界はそれと真逆の道を進んでいるのか。
そして、ラニーニャの気持……。
どんなに考えても目の前の闇は消えずわからなかった。
そんなアルトの耳に部屋の外から大きな物音が届く。
「な、何だ!?」
その音でアルトが瞳を開けると、その音は激しさを増していった。
「まさか先輩!?」
その音の発生源を察したアルトの顔色は変わり一目散にラニーニャの下へ向かった。
ー●
アルトがラニーニャがいる部屋へと向かう間ずっと物音は聞こえており、
その音は物を投げつけている様な音だった。
おかしい……この屋敷には婆やの金城湯池が張り巡らせらているはずなのに……。
そう、アルトの思っている通り、この屋敷の周りにはメイサによる金城湯池が張られている。
なのでラニーニャに仇なそうとする如何なるものは決して入れないはずだった。
だが、それにもかかわらずラニーニャの部屋で異変が起きている。
底知れぬ不安がアルトを襲い続ける。
先輩! 今行きます!
その不安を振り払う様にアルトはラニーニャを思い走り、ラニーニャのいる部屋に到着した。
「先輩!」
そして、部屋に入るなりそう叫んだ。
だが、そこにいたのは声も出せず怯えきったラニーニャと たぬてぃだけだった。
ラニーニャは誰もいないのにそこにいる何かに怯え、手当たり次第の物を投げつけ、
たぬてぃはおろおろしながらラニーニャの傍で浮遊していたのである。
「先輩、どうしたんですか? 僕です。落ち着いてください。もうここは安全ですよ?」
アルトはラニーニャに優しく声を掛けながら近づこうとした。
だが、両手で頭を押さえているラニーニャから首を横に強く振られてしまった。
「先輩!?」
そのラニーニャの行為でアルトの足が止まると、ラニーニャは強く胸をかきむしり出した。
まさか……あの時の記憶がフラッシュバックしている!?
それはアルトの想像通りだった。
ラニーニャは宝珠の国の皇子からの仕打ちでその時の記憶に閉じ込められていたのだ。
だが、それだけではなかった。
(先輩……? ま、まさか、声を出せない!?)
そう、ラニーニャは声を出さないのではなく、出せなかったのだ。
あの時の出来事はラニーニャの心にまで深く傷を負わせていたのである。
その傷は決してアルトの治癒術では治せない。
それがわかっているアルトは後悔の念に襲われ、何も出来ずその場に立ちつくしていた。
「喜蝶、俺だ……」
だが、漆黒の炎を操る男は違った。
ゆっくりとだがラニーニャに近づいたのである。
そして、ラニーニャに優しく語り掛け、暴れるラニーニャを強く抱きしめたのだ。
すると、ラニーニャは暴れる事をやめ、
ラニーニャをそっと放したその男はまだ息が荒いラニーニャを吸い込まれる様な黒い瞳で見つめた。
それから見つめられたラニーニャの瞳は潤み、その男の胸の中ですすり泣き出した。
その一連の流れを見ていたアルトはその二人に近づけなかった。
目の前に見えないがはっきりとある聳え立つ壁がそうさせたのである。
以前この壁と似た様な壁をアルトは感じた事がある。
そう、それはケレスとジャップとの関係を見せつけられた時だった。
そして、その時はその壁は低く、乗り超えて二人に近づきたいと思えた。
だが、今回の壁はそうではなかった。
決して二人の間に入れなくする壁……。
それをはっきりと感じたアルトは俯いてしまったのである。
……トン。
「しっかりしなさいな」
そんなアルトの頭に優しい刺激が伝わると、メイサに声を掛けられた。
どうやらメイサから扇子の先端で頭を軽く小突かれた様だった。
「婆や……」
そして、眉が下がっているアルトが顔を上げると、
「ほほ。よき男は遠くから女子の幸せをそっと見守るものですよ?」
と、言いながらそこには穏やかな顔をしたメイサがいたのである。
「婆や……。そうだね!」
そのメイサを見たアルトは胸に何かが刺さる感覚はあったが笑ってそう言える事が出来た。
ー●
ラニーニャを炎に託したアルト達は他の部屋で話す事となった。
「チビは、一体どうしたんじゃ?」
そこで俯いて頭を抱えているラニーニャの祖父がぽつりと呟くと、
「恐らく、あの事が先輩の心を深く傷つけたのでしょう。あの男の幻を見せる程に。
そして、声も出なくさせる程に……」
と、沸き上がる感情を抑える為に自身の服を握り締めているアルトは言った。
すると、彼はがばっと顔を上げた。
「どういう事じゃ!?」
「言い難いのですが、先輩はこれから先、幾度となくあの幻に襲われるでしょう」
声を荒げた彼の目をアルトが真直ぐ見つめると、彼の呼吸は荒くなっていった。
「そんな……。じゃ、じゃが、声が出ないと言うのは……?」
「所謂失語症と言われるものです」
その彼を見つめるアルトの眉間にはしわが寄る。
「ああ……」
そして、言葉を漏らした彼は脱力し、項垂れた。
「先輩のお爺様。しっかりしてください!
こんな時こそ僕達がしっかりして先輩の傍に寄り添わなくてはいけないんです!」
だが、しっかりと床に足をつけ立っているアルトは彼を真直ぐ見つめそう伝えた。
そう、今、自分達が何をすべきなのかを。
すると、その事が伝わった彼はまだ立てなかったが顔を上げる事が出来たのである。
そんなアルトを見守っていたメイサが目を潤ませていた事にアルトは気付かなかった。
そうやってラニーニャを守る事を決めたアルト達だったが、
数日後に現れる訪問者にまた運命を翻弄されるとはこの時は知る由もなかった。
そんな事を知らないアルトがラニーニャをアルトの屋敷に運び入れて一週間が過ぎた。
その間、ラニーニャは一日に数回あの発作が起きていたがその度に炎が駆け付け、
ラニーニャを落ち着かせていた。
メイサはアルトの屋敷に金城湯池を張り巡らせ続け、
ラニーニャに仇成す者を近づけさせない様にしていた。
アルトはと言うと、一日に数回ラニーニャの顔を見に行き、
その数回の内一回はアルトが点てた茶を運ぶ様にしていたのである。
「先輩。今日の茶の味はどうですか?
結構、自信があるんですよ?」
そして、今日もアルトが茶を運ぶとラニーニャは少しだけ笑ってくれた。
だが、ラニーニャは用意されていた食事にほとんど手をつけていなかったのである。
この数日間、ラニーニャが取った食事は雀の涙程度だった。
あんな恐ろしい目に合ったのだから仕方がないとはいえ、
ラニーニャが残した食事を見る度にアルトはとても心を痛めていた。
それでもそんな事は微塵も表情に出さずにアルトはラニーニャに接していた。
「で、ですね、今日の茶菓子はちょっと変わったものにしたんですよ……」
そんなアルトが持って来た茶菓子は、一口サイズの亀の形をしたべっこう飴だった。
そして、そのべっこう飴が部屋の灯りに照らされ淡い輝きを見せると、
ラニーニャはその輝きを愛おしそうに見つめた。
「茶菓子とは言えませんが、飲み終わった後の口直しにでもと思いまして……」
そんなラニーニャにアルトはそう薦めたが
ラニーニャは先にそのべっこう飴を食べてしまったのである。
「えっとぉ……」
アルトはきょとんとなったが、ラニーニャは満面の笑みを見せてくれた。
「先輩!? 美味しいですか? よかった!」
ラニーニャの笑顔でアルトが笑顔になれると、ラニーニャは大きく頷いた。
それからゆっくりと飴を舐め終わったラニーニャは茶をそっと口に含み、
さらに茶を飲みほしてから茶碗をアルトに返し微笑んでくれた。
「お褒めの言葉、ありがたく受け取らせてもらいますね」
そのラニーニャから受け取った気持ちからアルトが素直に自身の気持ちを言葉にすると、
ラニーニャは小さく頷いた。
「それと後で婆やにべっこう飴を運ばせますね。
沢山あるので食べてください」
そして、食器等を下げ様としたアルトにラニーニャが何か言いた気に見つめてきたのである。
「先輩、どうしたんですか?」
そんなラニーニャにアルトが首を傾げると、
眉が下がっているラニーニャは口を動かしたが俯いてしまった。
「僕で宜しければ話を聞きますよ?」
だが、ラニーニャの気持がすぐにわかったアルトが食器を置きながらそう言うと、
顔を上げたラニーニャの眉は戻った。
それからそんなラニーニャの傍に座ったアルトはラニーニャ都話し始めた。
次回【倒された運命のドミノの中で ~まさかの再会と報告~】
投稿予定日は2026年8月19日☆
※この作品は無断転載禁止でございます♪




