036 ~一六年前の真相~
ラニーニャの祖父と対話しているアルトの前で彼は無言の圧力をかけてきた。
そんな彼は数々の言葉でアルトを追い詰め様とする。
だが、それに全く怯む事無くアルトが己の覚悟を伝えると
彼の凍り付いた心が徐々に溶けていく……。
ラニーニャの祖父の部屋でアルトは彼と正座して向かい合い話す事となった。
先程より幾段か緩んだ表情とはいえ、無言の彼からはまだ威圧がかけられる。
だが、アルトはその威圧感に負けず彼の目を真直ぐ見つめた。
すると、彼の重い口が開いた。
「お前さんは、龍宮の者じゃな?」
「はい。先程も申した通り、僕は龍宮家 レサトが嫡男、龍宮 アルトです。
以後、お見知りおきを」
「お前さん……何が目的じゃ?」
彼の目は鋭いものへと変わる。
そう、答え次第ではアルトを殺す事も厭わないと言ったものに……。
「僕の目的……ですか?」
目的という言葉を聴いて、アルトは答えに困った。
何故なら目的等なかったからである。
「目的なんかありません。僕は、先輩の傍で先輩を守る。
僕は僕にそう誓ったんです!」
なのでアルトは、はっきりと己の覚悟を伝えた。
だが、彼からは暫く黙った後、乾いた笑いが生まれた。
その笑い声にアルトの息は一瞬つまる。
「何がおかしいのですか?」
「おかしいに決まっておろう? お前さん、チビが何者か知っておるのか?」
笑い終えない内に彼から問いが投げられた。
「チビ? チビとは、先輩の事でしょうか?」
「そうじゃ。あの娘の事じゃ」
その問いに問いで返してしまったアルトに彼からは笑い声が消える。
さらに強い殺気を向けた彼はアルトに何も言わせる間もなくこう告げた。
「あの娘はの……世界に災いを齎す者じゃ!
お前さん達を不幸にする災いの現況なのじゃ!!
そしてあの娘こそが一六年前の大恐慌を引き起こした張本人なのじゃ!!
龍宮の者、この意味がわかる、かの?」
彼から告げられた事実は、アルトの想像をはるかに超えていた。
ダーナであるラニーニャが昴から堕とされた理由。
そして、龍宮家の者が、ラニーニャの存在を知らなかった理由。
その理由はこれだったのだ。
これ程までにラニーニャが重き十字架を背負っているとは到底想像出来なかった。
だが、アルトは腑に落ちないでいた。
それは、彼が告げた事がアルトが辿り着いた真実とは真逆だったからである。
納得できるはずがない。
「……わかりません。救いの神子である先輩が何故そんな風に言われるのかなんて」
アルトはアルトが辿り着いた真実を彼にぶつけた。
彼に負けない鋭い眼光を向け続ける。
すると、彼からはまた乾いた笑いが生まれた。
「龍宮の者よ、笑わす出ないわ!! その様な戯言を言うなんぞ片腹痛いわ!
他の誰かに聞かれ恥を掻く前に水鏡の国に帰る事じゃな!!」
アルトを罵倒した彼はさらに腹を抱えて大声で笑い始めた。
その声は家の外にまで漏れる程のものだった。
それでもアルトは怯む事なく彼の目を無言で真直ぐ見つめる。
「何じゃ? 恥ずかしくなり、ぐうの音も出らぬのか? ならば、帰るがよい!
それがお前さんの為じゃからの……」
何故かアルトに労わりの心を見せた彼。
「断ります」
と、涼し気な顔でアルトは告げた。
ガタンッ!!
ギョッとした顔の彼はその大柄の体を揺らしてしまい、棚にあった物がいくつか落ちた。
「な、何じゃと!? お前さん、自分が何を言うとるのかわかっておるのか?」
動揺を隠せない顔の彼。
「はい、先程も申した通り、僕は先輩の傍で先輩を守る!
例え、先輩が僕達に災いを齎そうとも、僕は僕にそう誓ったんです。
誰が何と言おうと、これだけは譲れませんから!」
彼とは対照的に涼し気な顔を崩さずアルトは揺るぎないアルトの覚悟を伝えた。
そのアルトの覚悟を聴いた彼は暫しの間、魂が抜けた様に呆然となった。
そして、唇をふるわせながら口を開く。
「お前さん……そのつまらん覚悟で、龍宮の家を捨てる事になるのじゃぞ?
いや、命ですら、捨てる事になるのじゃぞ……。
お前さんの未来は、無くなるんじゃ……。
お前さんは、世界の全てを敵にまわすのじゃぞ?
そんな事でよい訳がなかろう……。
お前さんまで苦しまんでもいいんじゃ!! この苦しみは儂等だけでいいんじゃ!!
頼むから、儂等を放っておいてくれ!!」
彼は畳に頭をすりつける程頭を下げたが体はふるえていた。
そんな彼の言葉、態度からは彼等の苦しみが伝わってくる。
二人寄り添って生きてこなければ、彼等は生きて来れなかったのだろう。
アルトにもその気持ちだけはわかった。
そう、アルトも同じ様なものだから……。
だが、彼等が背負っている苦しみはアルト達のそれとは比べ物にならない。
そんな想像も出来ない苦しみを背負った彼等にどんな言葉を掛けても月並みにしかならない。
それがわかっているアルトに出来る事は、こうしかなかったのである。
「申し訳ありません。僕は先輩と約束したんです。
先輩の傍にいると。一緒に乗り超えると!
ですので、僕は、あなた方を放っておく訳にはいかないのです」
アルトは彼に優しい目でこう語り掛けたのだ。
「ほんの少しだけで、いいんです……。
僕にもその苦しみを背負わせてください。お願いします」
こう続けたアルトは彼同様深々と頭を下げた。
そんなアルトは頭を下げている間、瞳を閉じて願い続けた。
ラニーニャと、彼の力になりたい。
ラニーニャ達の支えとなり、ラニーニャ達が穏やかに笑っていられる世界をつくりたい。
その世界で共に生きていきたい。
そう、願い続けた……。
すると、
「キャ?」
と、いつの間にか傍にいたバルが『大丈夫?』と言う様に鳴いてきた。
「バル君……」
顔を上げたアルトはバルを見つめる。
そしてバルと視線がぶつかると、
「キャァ!」
と、バルから、大切な事を教えられた。
「……そうだね。 君もいるんだ!」
それを言葉にしたアルトは笑う。
「先輩のお爺様、どうか顔を上げてください。
どんなにあなたが懇願しようとも、僕達はあなた方の傍にいますから」
それから彼に向き直ったアルトは、アルトとバルの意思を伝えた。
それが伝わると彼はやっと顔を上げた。
「お前さん……」
彼の顔はとても苦しそうで、見ているこちら側も苦しくなった。
「キャァ!」
その彼にバルが駆け寄る。
「バルや……」
すると、彼の顔は穏やかになり、優しくバルの頭を撫でた。
それを見届けたアルトの顔も少しだけ和らいだ。
それから暫くしてアルトは彼ともう一度話す事となった。
今度は威圧感はなかったものの、やはり張り詰めた空気は変わらなかった。
「では、スレイプニル様とは馬のお姿をした精霊神なのですね?」
「そうじゃ。スレイプニル様は鬣は枯れ葉色で、体毛はオリーブ色での。
瞳は美しい山藍すり色を持たれておるのじゃ。
それが黒いまつ毛の間から覗かせておる」
アルトが確認すると彼は事細やかにスレイプニルの話をした。
その後、聞き難い事を聞こうとするアルトの眉間にしわが寄る。
「……では、彼の命はいつ、尽きるのですか?」
「はっきりとはわからぬが、もうじきという事だけはわかっておる……」
鎮痛の面持ちで彼は返答した。
すると、アルトの胸に何かがチクリと刺さる。
アルトはその痛みを緩和させる為に唇を噛みしめた。
「そうですか……」
「せめて、あの娘が生きている間にそれが訪れてほしくなかったの……」
ぽつりと呟いた彼は深く溜息をつき肩を落とした。
すると、寄り添っていたバルが彼の顔を見上げて悲しそうに鳴く。
バルも彼と同じ気持ちだったのだ。
そのバルの声を聞いたアルトの胸に刺さっていた何かは、アルトの心にまで到達した。
大切なものに先立たれる。
これは、とても辛く苦しい事だ。
自分であんな事を言ったものの、アルトの大切なものがそうなった時、
逃れられない宿命という言葉だけで果たしてその現実を受け入れる事が出来るのであろうか?
誰かが傍にいて、何が出来るのか?
アルトは自問自答し続けた。
だが、そんなアルトに彼から優しい言葉が掛けられる。
次回【心をざわめかす言葉 ~ダーナの神話 そして、彼の正体~】
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