033 ~企てた計画の第一段階の決行~
雪桜の美しさを間近で見様と駆け出した花梨の足はその場で止まった。
そして、その花梨の前にはアルトの心を躍らせる存在がいたのだ……。
「何じゃ、其方は?」
雪桜の美しさに思わず駆け出した花梨だったがその足は急に止まった。
花梨の目の前には体長二〇センチメートル程の、
丸顔で人参の様なものが親指を咥え二足で立っていたのだ。
まさか……あれは、マンドレイク!?
間違いない! まだ頭の花が蕾で幼いけど、正しくマンドレイクだ!
でも、マンドレイクは確かあの大恐慌で絶滅したはず……。
なのにここで生き残っていたとは嬉しいよ!
マンドレイクとは地の精霊神、アウズンブラの執事霊獣である。
その姿はまるで人参の様で顔には目や口があり、
頭には目の前にいるマンドレイクの様に茎無しの花が咲いていると言われている。
そして、マンドレイクはビフレスト山に生息していたが滅多に人前には姿を見せないので
アルトは今まで一度も見た事がなかったのだ。
そんなマンドレイクとの遭遇に、アルトの心は躍った。
「其方は、もしや、マンドレイクか!?」
花梨は嬉しさのあまり叫んだ。
「マンドレイク? 何だそれ?」
ケレスは首を傾げた。
やはり何も知らない様だ。
「植物の霊獣さ。僕も本でしか見た事はない。
もう、絶滅したと言われてたけどまさかこんな所でお目見え出来るとはね。驚いたよ!」
なので一心にマンドレイクを見つめているアルトは説明した。
「へえ。そんなのがここにいるとは!」
ケレスはまじまじとマンドレイクを見つめた。
「マンドレイク。わらわの所に来い!!」
花梨はマンドレイクに手を差し伸ばした。
が、ブンブンッ!と、首を強く横に振るマンドレイク。
「ギーーーャァーーーー‼」
と、瞳を閉じ、この辺り一帯に響き渡る程の奇声を発した。
その奇声はアルトの聴覚を奪い、体の内側から、
そして震えた空気で外側からも体をしびれさせた。
アルトは意識を失いそうになった。
「バルちゃん!」
だが、こんな聞き覚えのある優しい声が聞こえるとその奇声は赤ん坊が母親に甘える声へと変わり、
アルトのしびれ等は解消されつつあった。
だ、駄目です……。
今、あなたはここに来てはいけないんだ……先輩!!
アルトは目の前の光景に身動きを封じられた。
運命の悪戯を恨んだ。
そう、アルトの目の前にはマンドレイクをあやし、楽し気にしているラニーニャがいたのだ。
ラニーニャは剣の国から帰還して自宅で二週間程療養していた。
だいぶよくなったと連絡はあったがその割にはだいぶ痩せており、体が小さく見えた。
いずれこうなる運命だったとはいえ、ラニーニャと花梨は近づいてしまったのだ。
それから運命の悪戯が倒したドミノは速度を上げて倒れていき、
その中にいるアルトは、ラニーニャは翻弄されていく。
「お許しください。花梨様」
そう、翻弄されているラニーニャは怯えきってひたすら花梨に対し土下座し続けた。
そうやって花梨に許しを請い、花梨にこの場を去る様に嘆願し続けた。
「姉ちゃん!? そんな事、すんなよ!!」
見兼ねたケレスがそう言ってもラニーニャは頭を地面にすりつけたままだった。
「ミューの姉。やめてくれ。その様な事はするな!!」
困惑した顔の花梨がラニーニャに近づくと、
「どうか、ここから去って下さい」
と、嘆願し続けるラニーニャは土下座ををやめず、花梨が近づく事を拒絶したのだ。
やはり、先輩と花梨様の間には何かあるんだ……。
だから、あの時も先輩は怯えきっていたんだ。
だけど、花梨様の様子からして花梨様は何も知らないみたいだ……。
一体、何故……。
アルトはラニーニャ達が家族旅行で水鏡の国を訪れた事を思い出していた。
そして、疑問が浮かぶ。
「いい加減にして!! お姉ちゃん、花梨が困ってるじゃない。どうしてそんな事するの?」
すると、怒鳴った宝珠の国の皇女は花梨の傍に駆け寄った。
「お姉ちゃん……私を困らせたいだけなんでしょ? 私の事、嫌いだから……」
宝珠の国の皇女は蔑む目でラニーニャを見つめた。
その宝珠の国の皇女と、そっと顔を上げたラニーニャの視線がぶつかる。
「ミューちゃん。違う……」
「違わない!! お姉ちゃんは、私の事を嫌いになったんだ!!
だから、昨日も来なかったし、
こんな事をして花梨を困らせて花梨と仲良くしている私に嫌がらせをしてるんだ!!」
微かなラニーニャの声が聞えたが涙目の宝珠の国の皇女は怒りをぶつけその声をかき消した。
すると、ラニーニャの瞳にも涙が浮かぶ。
「そんな事ないよ……」
「じゃあ、何で昨日は来てくれなかったの? それに、どうして花梨がここを去らなきゃいけないの?
ここは、お姉ちゃんのものじゃないでしょ?」
その涙が全く見えない宝珠の国の皇女は立て板に水が流れる様に言葉を並べ、
花梨を庇う代わりにラニーニャの心を傷つけていった。
どうして……どうして、そんな事が出来るんだ!!
その宝珠の国の皇女が並べた言葉達はアルトの心も抉った。
宝珠の国の皇女が憎く、全身が腹の底から煮えたぎっていくのがわかった。
「おじ様……」
すると、花梨が泣き出してしまった。
花梨はケレスの居候先の男性の所に行き、しがみついた。
「花梨……」
その花梨に優しく掛けられた言葉。
それを掛けたケレスの居候先の男性はアルトの目の前で優しく花梨の頭を撫でたのだ。
えっ……?
おじさま? 花梨……!?
まさか……彼は、花梨様の伯父上の高杉殿!?
でも、それなら先輩は……。
アルトは思い出した。
花梨に伯父がいた事を。
そして、その伯父が昴を去ったという事も。
その花梨の伯父である高杉が何故ラニーニャの近くにいたのか?
その理由を考えたアルトは血の気が引いていくのがわかり、その一瞬思考回路は止まった。
「先生……?」
そんなアルトの前で呆然となっているラニーニャ。
恐らくアルトと同じ事を考えているのだろう。
ふるえた声のラニーニャは花梨の伯父を見つめていた。
そして、それを見た花梨の伯父が、はっとすると、ラニーニャは俯いた。
「何が、俺を信じられんのか、よ……。嘘つき……」
声を絞り出す様に呟くラニーニャ。
「おい。話を聞け」
花梨の伯父はラニーニャに近づこうとしたが、
「近づかないで!! 大っ嫌い!!」
と、怒鳴ったラニーニャは花梨の伯父を軽蔑する目で睨みつけた。
それからラニーニャは涙の粒を零しながらマンドレイクお連れて何処かへ走って逃げてしまった。
追いかける事が出来なかった花梨の伯父は、苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。
そしてアルトも、ただラニーニャの背を見る事しか出来なかった。
アルトの胸の中で何かがチクリと刺さる。
その痛みは、ズンッと大きなものへと変わった。
それからその痛みは余韻を残しながら薄れていったが、アルトは俯いてしまった。
大切な人が傷付いたのに何も出来なかった後悔が重く伸し掛かって来る。
「お嬢さん。泣かないでおくれ……」
すると、アルトの頭の上を年老いた男の優しい声が撫でる様に通り過ぎた。
「えっ!? だ、誰だ!?」
その声に驚いたアルトは空を見上げた。
だが、青空には眩い太陽しかなかった。
その太陽の光が目に入ったアルトは目を細める。
「誰だ!?」
「ケレス、どうした?」
そして、その声に反応したのはケレスだけだった。
ケレスだけは辺りを見渡しており、ジャップから首を傾げられていた。
「いや。何でもない……」
切ない顔で空を見上げるケレス。
今のは、空耳……じゃないんだ……。
空を見上げていたアルトはそのケレスを見つめる。
それからある企みを実行する事を決め頷いた。
ー●
「ケレス。ちょっと、いいかい?」
企てた計画を決行するその第一段階として帰りのレーヴァレイティン号に乗ろうとした時、
アルトはケレスを呼び止めた。
「何だ、アルト?」
足が止まったケレス。
「聞きたい事があるんだ。こっちに来たまえ!」
髪をかき上げたアルト。
「姉上。僕は彼と用事が出来たので、ここで失礼させてもらいます」
「わかりました。こちらは私に任せなさい」
アルトが頭を下げるとイヴは軽く頷いた。
それからレーヴァレイティン号はケレスとアルトを置いて茜色の空へ飛び立った。
次回【心をざわめかす言葉 ~光よりの使者との遭遇~】
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