031 ~助言と味方~
アルトはケレすの家庭教師を名乗り出たが少々後悔した。
はっきり言って挫けそうになった。
だが、挫けず、家庭教師を続けた。
そんなアルトにまさかの言伝が届く……。
アルトの想像を超えた難題とは予想以上にケレスの学力が低かった事だった。
今回アルトはアルトが受験した時のアカデミーの過去問を持参していた。
どの過去問でも良かったのだが話の種にでもなればと思いそれを選んでいた。
そしてその一部を解き終わるとそれは話の種になるどころか沈黙の種となってしまい、
過去問を解き終わったケレスの顔色は真っ蒼になり、それ以上にアルトの顔は青褪めてしまった。
「アルト……俺、駄目かもしれない……」
ケレスは潤んだ目でアルトに何かを訴えてきた。
いや、助けを求めている?
とてもだらしない顔でその顔は受験する前からもう落ちた様な顔だった。
「何を言っているのかい!? まだ、受験まで一年以上もあるというのに?」
呆れ果てたアルトの口から大きな溜息が漏れる。
「だってぇ……俺、それなりに勉強してたのに、さっぱりわかんねえし、時間は足りねえし……。
もう、終わりだぁ!! 俺は、アカデミー受験に落ちるんだーーー!!」
怒鳴るケレス。
グルングルンッ! ブンブンッ!!と、頭を抱えたまま色んな方向へ振り出してしまった。
狂乱してしまったのか?
ここで、アルトは考える。
何とかお調子者のケレスを励まして勉強へ向かわす方法を。
そして、こう宥めた。
「ケレス、落ち着きなよ。
確かに、このままでは落ちるだろうね。
でも、それはこのままだったら、の話だ。
所詮、試験なんて人が作った物だよ?
答えがない物ならともかく、人が作り、答えがある物だから大丈夫だ!
それに君だって全く解けていない訳ではないんだし、何も満点を取る必要なんてないのだから、
その辺を踏まえて受験までをゲームの様に計画してみよう!」
パタリと、アルトの話を聞いたケレスは両手を下した。
「……本当か、アルト?」
ケレスのその目はまだ潤んでいる。
だが、話を聞いてくれそうだ。
「ああ、勿論さ。君なら、それが出来て合格出来るよ」
ケレスを煽てるアルト。
あと一押しだ!
表情崩さず心の中でにやりと笑う。
「そ、そうか!? アルトが言うんなら、俺、受かるかもしれないな!」
計画通りだった。
調子に乗ったケレスは元気を出した。
それからアルトはケレスと誤答を修正していった。
その間、アルトは余計な事は言わず、じっくりケレスを観察していた。
何故なら黙っていても表情にすぐ出てしまうケレスはどこは理解出来ており、
どこが理解出来ていないのかがわかるからだ。
そして、言葉に出すとケレスはすねてしまう可能性が高い。
ならばこの方法で観察していれば
ケレスのウィークポイントがケレスに気付かれないままわかるとアルトは考えたのである。
そうやって、アルトの家庭教師としての一日目は終了した。
「では、ケレス。明日もこの時間に」
アルトは爽やかに帰ろうとした。
「は、はぁい……」
だが、ケレスの顔には『明日もかい?』という言葉がくっきりと出ていた。
「何だい、その顔は?」
アルトの眉間にしわが寄る。
「いや、別に?」
苦笑したケレスの顔は誤魔化そうとしている事が丸わかりだった。
そのケレスを見てアルトはイラっとしたが、ぐっと堪える。
「君は先輩達の希望なんだ。そこの所、忘れない様に!」
堪えたアルトは大切な事を伝え、そのまま飛行艇へ帰って行った。
それからアルトはケレスが挫けない様に、勉強の計画を立てた。
ケレスが理解出来ている所、いない所を分析し、
アカデミーの最近の傾向等も踏まえアルトは教えていった。
すると初めはつまらなさそうな顔をしていたケレスだったがだんだんと興味が湧いていったのか、
その様な顔をする事はなくなっていったのである。
さらに不思議な事にそのケレスを見ていると何故かアルトは楽しくなっていき、
次々とケレスの夢を叶える為の計画を練る事が出来たのだ。
そして、そんなアルトをメイサが静かに見守っていた事には気付かなかった……。
そうした日々が続いたある日、家庭教師を終えたアルトは自身の飛行艇に戻った。
「お帰りなさいませアルトお坊ちゃま……」
「婆や……何かあったのかい?」
メイサに出迎えられたがその顔は何か思いつめた顔だった。
それを察したアルトの表情はメイサの表情の様になる。
「ここでは、何ですので……」
メイサは飛行艇の中に静かに入って行き、アルトも静かに続いた。
ー●
アルトは飛行艇にある茶の稽古を行う部屋でメイサの話を聞く事となった。
アルトとメイサはそこで向かい合って正座した。
いつもの稽古以上に部屋の空気は張り詰め、アルトの背筋は伸びる。
「婆や、何の話があるんだい?」
「イヴ様からの伝言がございます……」
先に口を開いたアルトに対し重い口を開いたメイサの眉間にはしわが出来た。
その事にアルトは息を飲む。
「姉上から?」
「明日、花梨様を宝珠の国のニョルズに案内するそうです。
そこに、アルトお坊ちゃまも同行する様に、と……」
頷いたメイサは静かに伝え、また口を閉ざした。
ニョルズとは宝珠の国の海と風の里の事で、ケレス達の故郷である。
そして、ラニーニャの家はその端にあり、ラニーニャは今、そこで療養しているのだ。
やはり、こうなってしまった……。
アルトは薄々こうなる事を恐れていた。
何故なら一週間程前、断ったがジャップから宝珠の国の皇女の誕生日会の誘いがあり、
そこに花梨が参加する事を聞かされていたからである。
先輩はダーナだ! だけど、僕達はその存在を知らなかった。
何故だ? 昴にいるダーナは龍宮家の者なら全て把握しているはずなのに……。
僕達が、把握出来ていなかった?
僕達が先輩の存在を、知らなかった……!?
この時アルトはある事を確信した。
そう、アルト達がラニーニャの存在を知らなかった理由はただ一つ、
ラニーニャが何らかの理由で昴から堕とされたという事だった。
そんな重い荷を背負ったラニーニャを守る……。
それを考えるとアルトはこの責任の重さで体が押しつぶされそうになった。
救いの神子である花梨の護衛という任務に同行出来るという誉な事以上に、
その花梨をラニーニャに決して近づけてはならないという責が伸し掛かってきたのだ。
だが、アルトは覚悟を決めていた。
それは何を犠牲にしても成し遂げなくてはならないものだったが不思議とアルトをふっと笑わせた。
すると、
「その覚悟、しかと見届けました!」
と、言ったメイサは頷いた。
「私は、アルトお坊ちゃまの味方です。
何処までも付いて参ります!」
さらに、眩い笑顔でほほっと笑ったのだ。
「婆や!? 君は自分が何を言っているのかわかっているのかい?」
アルトの笑みは消える。
「私はアルトお坊ちゃまの執事です。
いつ、如何なる時もあなた様に付いて参りますわ!」
だが、メイサの顔から笑みが消える事はなかった。
「婆や……ありがとう!」
アルトには笑顔が戻った。
ピシャリッ!
メイサは何処からともなく取り出した閉じられた扇子を自身の膝に叩き付けた。
「宜しいですね、アルトお坊ちゃま。
最悪な場合を考えますと、昴の者にラニーニャ様の存在が知られる事になります。
ですが、これはいずれ乗り超えなくてはならない宿命。
いつまでもラニーニャ様が逃げ惑っていては何の解決にもならないのです。
その時は……」
メイサは淡々と言葉を並べていった。
「わかってる。その時は、僕が命に代えても先輩を守るよ!」
穏やかな顔のアルトはその先の言葉を発した。
バシッ!が、何故か額に走る衝撃。
アルトの額に扇子が叩きつけられたのだ。
その衝撃でアルトの目から思わず涙が零れる。
「いっ痛っ!? 何で、そうなる!!」
額を押さえたアルトはメイサを睨みつけた。
「達!です!」
メイサの目尻は釣り上がっていた。
さらに有ろう事か扇子を見せつけてくる。
そう、それを認めない限りまたこれが叩き付けられると訴えていた。
「わかってるよ。僕達、だろう?
全く、ただの言葉の綾じゃないか!」
怯んだアルトは額を摩る事しか出来なかった。
だが、小さな足掻きとして口は尖らせた。
「宜しいですね? 決して、お一人で解決なさろうとお考えなさらぬ事!」
さらに目尻が下がらないメイサから釘を刺されたアルトは次の日を迎えた。
そして約束の時間より少し早めに約束の場所であるヴィーンゴールブ城に向かったが
既にそこにはアルトがよく知っている人物がいた。
次回【心をざわめかす言葉 ~忍び寄る倒された運命のドミノ~】
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