030 ~背中に突き刺さった友の止めの言葉~
ジャップに呼び止められたアルトはその足を止めた。
すると、ジャップは相変わらずの悪戯をしようとアルトに襲いかかる。
そして、そんな単純なジャップの事などわかっているアルトはそれを軽やかにかわしたが、
その後ジャップからアルトは身動きを封じられる言葉を投げかけられてしまう……。
「アルト!」
ケレスの引っ越しの手伝いを終え外に出たアルトだったがジャップに呼び止められた。
辺りはすっかり暗くなっている。
「何だいジャップ?」
足を止めたアルトはジャップを見た。
「アルト、本当に助かったぜ!」
そこには灯りの下、笑顔のジャップがいた。
だが、わかりやすい。
ジャップはまたアルトの髪を狙ってきたので、アルトは軽やかにそれを躱した。
ズザザザッ!と、勢い余ってコケるジャップ。
顔から落ちて痛そうだった。
が、すぐさま体を起こし座る体勢となる。
そして両手を地面につけてバタバタッ!と、何度も両足を地面に踏みつけた。
とても悔しそうだ。
「おい、アルト! 避けんじゃねえぞ!!」
「避けるに決まってるよ。それに、君の単純な攻撃なんて僕に通じる訳ないだろ?」
アルトが、ふっと笑って髪をかき上げてみせるとジャップの同僚は腹を抱え笑い出した。
「これはアルトに軍配が上がったな! ジャップ、お前の負けだ!」
ジャップの同僚はジャップに右手を差し伸ばした。
「次こそは俺が勝つぜ!」
その手をしっかりと握ったジャップは立ち上がる。
それから両者は笑って手を放し話始めた。
「まあ、期待せず待っておくわ! しかし相変わらずお前の交流関係は広いな」
「まあな! だが、アルトは俺の広い交流の中でも一番のマブダチだ!」
ジャップの同僚が一つ息を吐くとジャップはアルトが赤面する事を平気で言い放った。
な な な何なんだ!? 彼は何を言っている?
僕が彼のマブダチだって!? 勝手に決めないでほしいね!!
思考回路が滅茶苦茶になったアルトの鼓動は静まる事を知らず、体温をどんどん上昇させていく。
アルトは胸を摩って少しでも体温を下げようとした。
が、グシャグシャグシャッ!と、それはジャップの悪戯により阻止された。
「へへぇーん! 油断大敵だぜ、アルト?」
アルトの髪をグシャグシャにする悪戯が決まったジャップは満面の笑みをアルトに向けてきた。
暗い中、ライトに照らされたその顔だけが妙に目立ってムカつく!
「ジャップ!? 狡いぞ!!」
そう言ったものの、全てが恥ずかしすぎたアルトはジャップの顔を見る事なく離れ
そのまま飛行艇へ帰ろうとした。
「アルト! またな!」
ジャップの止めの言葉が背中に刺さる。
思いっきり大きく心臓が拍動し胸が苦しくなった。
そして胸から体が火照り、そこから言葉で表せない気持ちが溢れ出した。
体は決して嫌な気持ちでない気持ちでいっぱいになる。
このまま倒れそうだった。
だが、逃げる様に走り、逃げ込んだ場所で座り込んでしまった。
もう、簡便してくれよ……。
誰もいない暗い場所でアルトはジャップにグシャグシャにされた髪をさらにグシャグシャにした。
だが、暫く俯いた後、髪を整えながら ふっと笑ってしまった。
「ジャップ……次は、こうはいかないよ!」
それからこんな言葉が自然と口から出たアルトは飛行艇へ帰り始めた。
夜風の力を借り体を冷やして言ったが何故かアルトの胸の中にある熱いものは冷める事はなかった。
そして、そのままアルトの飛行艇の中に入る。
「お帰りなさいませ、アルトお坊ちゃま。
おや? 本日はとても良い顔をなされていますね?」
アルトは少しだけ少女の気分が残っているメイサに出迎えられた。
ここは明るいからはっきりとメイサの顔は見える。
そうかい?」
アルトの口元は仄かに緩む。
「はい、それは、もう……」
それに釣られメイサの口元も緩んだ。
「婆や、話を聞きたいかい?」
「是非に」
アルトの緩んだ口元から、ふっと息が漏れるとメイサはそのままの顔で頷き、
アルト達は飛行艇のハッチを締めた。
それからアルトは今日あった事、心に決めた事、それに、感じた事、その全てを話した。
その全てを話し終える頃には日付をまたいでいたが
メイサは少女の顔のままその全てに聴き入っていた。
だが、メイサの顔は悪戯なものとなり、ほほと笑う。
そんなメイサとアルトの話は続く。
「まあ、その様な事があったのですね。
しかし、アルトお坊ちゃまが、ケレス様の家庭教師までなさるとなると
アルトお坊ちゃま、学業との兼務、大丈夫でしょうか?」
「婆や、僕を誰だと思っているんだい?」
メイサが笑ってきたのでアルトは、ふっと笑って返す。
「そうでしたわね……」
メイサは嬉しさを漏らさぬ様に、口を閉じて笑った。
「でも、ケレスの言動からして骨が折れそうだよ……」
アルトの眉が下がる。
そして、口からこの言葉と溜息が漏れた。
「でしょうねぇ……」
メイサの口からも溜息交じりのこの言葉が洩れてしまった。
そうこうしている内に朝を迎えてしまい、アルトは早速アカデミー受験の資料を集め始めた。
ちなみにケレスの家庭教師を始める時間は夜の七時で約二時間程行う予定だ。
ふぅーん……相変わらず簡単な問題ばかりだね。
多少僕の時と違うみたいだけど大差ないね!
その資料を見たアルトは口角を上げて大きく頷く。
「おはようございます。おや? 早速、ケレス様の家庭教師の準備ですか?」
そこにメイサが朝食を運んで来た。
「ああ、そうだよ。でも、簡単すぎて僕が手伝う事はないかもしれないよ?」
アルトは椅子に座ったまま振り返った。
「それはアルトお坊ちゃまの場合でしょう? 今回、受験に挑むのはケレス様ですよ」
メイサは、そっと朝食をのせたお盆を机に置いた。
その盆を見る事なく、右眉が下がったアルトはメイサを見続ける。
すると、メイサの右眉も下がっていた。
「どういう意味だい? こんな簡単な問題が、わからないとでも言うのかい?」
「私共からすれば、わかる方が不思議ですわ」
「そ、そうなのかぁ……!? どうしよう……」
想像できないケレスの学力の不安が、アルトの方に重く伸し掛かってきた。
そのアルトの肩に優しくメイサが手を添える。
「大丈夫ですよ。アルトお坊ちゃまなら、ケレス様を良い方向へ導けます。
功を焦らないでください。ケレス様をしっかりと観察しておれば、宜しいのですから」
メイサが告げた言葉でアルトは身軽になれた。
なのでアルトの眉は戻った。
「わかったよ、婆や。ありがとう!
また難題に突き当たったらその時は頼むよ?」
「承知しております」
アルトが笑って頷くと眉が戻っていたメイサも笑って頷いた。
そんなアルトは朝食を済ませ、ケレスの家庭教師の準備を着々と進めていった。
そしていざ、その時を迎えラニーニャの職場のドアベルを鳴らした。
「やあ、アルト……」
が、何故か疲れきっているケレスから出迎えられた。
ちなみにケレスはここで居候の身となっている。
「何だい、その顔は?」
怪訝に思ったアルトはそう言って腕を組む。
「まあ、中に入ってくれよ……」
ケレスは猫背になり、すごすごと二階へ上がって行った。
それにアルトが付いて行くと、途中に眼鏡を掛けた髭面の中年の男性がいた。
だが、その髭面の男性にアルトは見覚えがあった。
彼が、先輩とケレスの先生か。
そう言えばあの時、彼が先輩を背負って走っていたんだっけ……。
でも、何だろう……あの時より前に何処かで見た事がある気がする。
そう、その髭面の男性は剣の国から帰還した時、
ミラの街でラニーニャを背負っていた男性だった。
なのでアルトは見覚えがあったがどうもそれ以上前に何処かで見た事があった気がしたのだ。
アルトは足を止めその髭面の男性を見て思い出そうとした。
「フン」
すると、その髭面の男性から鼻息で何かを言われた。
彼は何が言いたいんだ……?
戸惑ったアルトはその場で立ち尽くしてしまい、何度か瞬きしてしまった。
「おーい、アルト? 何してんだ?」
と、二階からアルトを呼ぶケレスの声が聞こえた。
「今、行くよ……」
そう呟いたアルトは気にはなったが二階へ向かった。
そして、ケレスの部屋に行くと何故かケレスはベットの上でうつ伏せで寝そべっていた。
そのだらしなさにアルトの左眉はピクッと動く。
「君……何してるのさ?」
「だってぇ、先生が扱き使うんだよ……」
さらにだらしなさが増したケレスは枕に顔を埋めた。
バタバタバタッ!と、まるで泳ぐ様にそのまま両足をバタつかせる。
駄々を捏ねているのか?
そのだらしなさはエスカレートしていく。
「仕方がないだろう? それが条件だったのだから」
「アルトォ……お前って奴は、何か優しさとかはないのかよぉ?」
顔だけアルトに向けたケレス。
その顔は情けなく、アルトの口から大きな溜息が出る。
「優しさがあるからこそ、僕はここにいるんだけど?」
「そうかもしれねえけど、さぁ……」
何かを抑える為にアルトが軽く息を吐くと
やっと起き上がったケレスの瞼は仲良く、くっついていた。
「ほら、無駄口叩かないで、机に向かいなよ。
もし、筆記が上手くいかなかったら、僕がジャップに何されるかわかったもんじゃないからね!」
瞼が仲良くないアルトは冷めた目で指示する。
「わかったよぉ……」
ケレスは、しぶしぶベットから下りて机に向かった。
バシャンッ!
するとケレスの頭の上でしゃぼんが弾け、水しぶきが降り注がれた。
ご自慢の頭の上で束ねた髪がしなる程ケレスはずぶ濡れになった。
「うわわわ!? な、何だっ??」
瞼が仲良くなくなったケレスは何度も瞬きする。
「良くやったね、浦島」
そう、ケレスの瞼を不仲にした犯人は浦島だった。
その浦島を左手にのせアルトは讃えた。
「何が、よくやったね、だぁ! びしょ濡れじゃないか!!」
「いいじゃないか。結果的に目が覚めたのだから」
何故か肩が怒りで上がっているケレスを気にせずにアルトがにこやかに浦島と目を合わせると、
浦島は頷いてくれた。
「何だよ、それぇ……。浦島までさぁ……」
肩を落としたケレスの顔のパーツは中心に集まる。
「さあ、始めるよ?」
だが、そんな事は気にせずにアルトは机の方へ歩いて行った。
そしてケレスも机に着き、やっとアルトは家庭教師としての務めを始められたが
そこにはアルトの想像をはるかに超える難題が待っていた。
次回【心をざわめかす言葉 ~助言と味方~】
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