025 ~消えた蝶の行方を捜して~
遂に恐れていた事が起きてしまった。
その知らせを彼が運んで来る。
すると、アルトの眉間のしわは消え去った。
これが意味する所とは……。
剣の国での最後の夕食会でアルトは飽き飽きしていた。
と、足下に浦島が近付いて来た。
だが、その足取りはふらふらだった。
「う、浦島!? どうしたんだい?」
アルトが浦島を拾うと浦島は口をパクパク開け、何かを伝えてきた。
「ま、まさか……」
一気に血の気が引いていくアルト。
そして、眉間のしわは消え去った。
「ア、アルト!? どうしたんだ?」
アルトはジャップの呼ぶ声が聞えない程、急いでラニーニャの下へ走った。
(先輩! 先輩!! どうか、無事でいてください!!)
ただ、そう願い走るアルト。
そして、ラニーニャの部屋まで来たがその場に呆然と立ち尽くした。
何故なら、ラニーニャの部屋のドアは開けっ放しで、その部屋には誰もいなかったからである。
息が上がったアルト。
何も考えられない。
目の前が真っ暗になった。
……トタッ、トタットタッ。
近づいて来る足音。
それはパラの足音だった。
耳を下げたパラは顔を顰めていた。
「パラ君!? どうしたんだい?」
アルトが駆け寄るとパラはアルトを見つめ、何かを伝え様とする。
「……先輩に、何かあったんだね?」
パラの気持を汲んだアルトの息が整ってくるとパラは、そうだと返答する様に一鳴きした。
パラの目を見つめたアルトはさらにパラの意思を汲む。
その中でアルトがわかった事は異変を感じたパラ達がここまで来ると
既にラニーニャがいなかったという事、
それに何故か霊獣であるパラ達でもその居場所がわからないという事だった。
そう、霊獣や精霊は生きているもののマナを感じ取れる力がある。
特に犬の姿をした朱雀はその能力に優れている。
だがそんな朱雀でもラニーニャの居場所がわからない。
これは異常事態なのだ。
「……わかったよ、パラ君。
僕は今から先輩と、たぬてぃ君を探しに行くから、君はここで待っててくれるかい?」
アルトから優しく見つめられたパラはラニーニャの部屋の前まで行き
返事をするかの様にまた一鳴きした。
「よし! 浦島、行くよ!」
アルトはラニーニャを探しに急いだ。
だが、この広いニーズヘッグの街を当てもなく探してもラニーニャが見つかるはずはなかった。
時間と不安だけがどんどん増していく。
そして、アルトの足はある場所で止まった。
(僕は何をしていたんだ? こんなんだから、僕は駄目なんだ!!)
息が上がっているアルトは悔しさで唇を噛みしめ、顔を歪めた。
ヒュルルル……バーーーン!!
夜空に大輪の花を咲かせる花火の音。
何発も鳴り響く。
その後に遅れ体に響く音が聞えて来た。
その花火は約三〇分程夜空を彩りニーズヘッグの街を明るく染めたが
アルトの心を明るく染める事は決してなかった。
それから花火が消えた夜空の下、ニーズヘッグの街には静寂が訪れる。
俯き続けているアルトは花火が終わった事にも気付かなかった。
足が動かない。
どうしてよいのかわからなかった。
「ケレス君。花火、とっても綺麗だったね!」
そこに聞えたラニーニャの楽し気な声。
「せ、先輩!?」
驚いたアルトは顔を上げる。
そして、その声の方を見るとそこにケレスとラニーニャ、たぬてぃ、
それからラニーニャの右隣には見知らぬ男性がいた。
見知らぬ男性の歳は二十代半ばと言ったところか。
暗くてはっきりとわからないが黒髪の短髪という事はわかった。
三人は談笑していたが皆で剣の国の若き皇帝の屋敷の方へ足を進めたのである。
(先輩、良かった! ケレスも一緒だったのか……。それにしても、あの男性は誰なんだろう……)
複雑な心境となったアルトはその三人の後ろ姿を無言で見つめた。
その三人に気付かれる事なく続いたアルトも剣の国の若き皇帝の屋敷まで帰り着く。
そこで見知らぬ男性とラニーニャ達は別れた。
その男性の後ろ姿を切なく見送るラニーニャ。
と、何故かラニーニャの後ろで、キョロキョロと辺りを見渡し始めたケレス。
「ケレス!!」
そんなケレス達に宝珠の国の皇女が合流した。
だが、その後 宝珠の国の皇女とラニーニャが何かを言い合い出した。
そこにジャップが合流するとラニーニャは屋敷に入らず たぬてぃと何処かに行ってしまったのだ。
「せ、先輩!? 何処に行くんですか!!」
アルトはラニーニャを追い掛け様とした。
が、その前にララとオルトが立ち塞がる。
「君達そこをどいてくれ!!」
アルトがララ達を睨むとララはアルトを見つめて何かを訴えてきた。
そのララを肩で息をするぐらい興奮しているアルトは拳を握り締め見つめた。
気持ちを落ち着かせなくては霊獣達と心を交わす事が出来ない。
そんな事は重々承知の事だ。
アルトの拳にさらに力が入る。
暫くララを見つめるアルト。
すると、ララからは自分達にラニーニャを任せてほしいという意思が伝わってきた。
そう、自分達の主人が犯した愚かな行為の責任を取りたいという意思が伝わってきたのである。
「わかった……君達を信じる。だから必ず先輩を守ってくれ!!」
アルトが握り締めていた拳を下すとララは一つ吠えた。
ララはオルトと共にラニーニャの後を追う。
それからアルトはケレス達に気付かれず合流し、剣の国の若き皇帝の屋敷の前まで来た。
「先輩も、怪我をしてたみたいだけどね」
そこでアルトはケレスに治癒術を施す。
そう、擦り傷とは言え、ラニーニャもだが何故かケレスも怪我をしていたのだ。
アルトはケレすから何か言われたがそのケレスを見ずに屋敷へと入った。
そして、ラニーニャの部屋の前で浦島と静かに待機する。
だが、どんなに待ってもラニーニャが戻って来る事はなかった。
(先輩、どうして……。
どうか……どうか、無事で帰って来てください!)
アルトは心の中で、ただただラニーニャの無事を祈り続けた。
だが、その心の中のラニーニャは何故か悲しそうな顔をしており、アルトに別れを告げていた。
(どうしてだ!! どうして、こんな顔の先輩しか思い出せないんだ!?)
アルトの心は苛立ちの炎で燃え上がった。
心だけでなく、全身が体の中から燃やされる様な痛みに襲われる。
その痛みはアルトの治癒術では決して治せない痛みだった。
ダンッ!!
その痛みから逃れる為、アルトは壁を右拳で殴る。
そこに聞こえる楽しそうなジャップ達の声。
信じられない……彼等は何を考えているんだ?
アルトの苛立ちの炎はアルトの全身を燃やし尽くしていく。
……プツリ。
アルトの中で聞えた何かが焼き切れる音。
「アルト……どうした?」
「先輩なら、帰ってないよ」
ジャップに声を掛けられてもラニーニャの部屋だけを見つめるアルト。
もうジャップ達の顔も見たくない。
口調も早くなる。
「何だって!? どうしてお前が知ってるんだ?」
「僕は、ずっとここで先輩を待ってたんだ。だけど……先輩は帰って来なかった!!」
詰め寄って来たジャップをアルトは自身の両親を見る目で睨みつけた。
そう、軽蔑の目。
その隣にいる二人にも向けた。
「そんな馬鹿な!! 姉貴、入るぞ!!」
真っ蒼な顔になり叫びながら部屋に入ったジャップ。
「姉貴!! 何処だ?」
叫びながら部屋中を探していたが、ラニーニャがいる訳はなかった。
「君達が言う家族って、どういう関係をいうんだい? 失望したよ!!」
音だけを聞いていたアルトの眉間にはさらにしわが寄り、唇はふるえ出した。
そして、ジャップ達が部屋の物にぶつかる程慌てながら部屋を出たその時だった。
俯いているラニーニャが、たぬてぃと帰って来たのだ。
そのラニーニャの周りには孤独という壁が張り巡らされており、アルトは近づき難かった。
それでもケレス達はその壁を越えてラニーニャに声を掛けていた。
だが、ラニーニャは孤独と言う殻に閉じ籠っており、ケレス達の声に全く反応しない。
「先輩……」
その壁を後から超えたアルトは口を小さく開けてラニーニャに声を掛けた。
その時ほんの少しだけ二人の手が触れる。
柔らかく小さなラニーニャの手。
アルトも大きい方ではないがやはり女性の手は小さい。
極寒の地で冷え切っているはずのその手は熱かった。
「アルト……ごめんね。私、ちょっと風邪をひいたみたい。うつすと悪いから、一人にしてくれる?」
アルトに笑い掛けてくれたラニーニャ。
ゴホゴホッと重い咳を数回し、肩で息をしながら部屋に入った。
……カチャリ。
静かに施錠した音。
アルトには壁をつくられた音に聞こえる。
その音を聞いた者は全員、黙り込んだ。
それから訪れた静寂の中、朝を告げるグリンカムヴィの鐘の音だけが美しく響き渡った。
次回【因縁の国 ~届かぬ思いを前に~】
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