020 ~本音 仮定から確信へ~
老いたフヴェリゲルミルを前にアルトはある覚悟を決めていた。
すると、あの声がこの辺り一帯に轟く。
だが、そんなアルトの前に信じられない事が起きる……。
(恐らく、あの老いたフヴェリゲルミルは今夜が峠だろう。
僕に出来る事は、彼の最期を看取る事だけだ。
それをケレスにまで強いる訳にはいかない)
アルトがケレスを畜舎から連れ出した理由。
その理由とはこの様に老いたフヴェリゲルミルの末路を知っていたからである。
その老いたフヴェリゲルミルにアルトが出来る事はなかった。
それをわかった上でアルトはその老いたフヴェリゲルミルの傍にいる事を決意したのだ。
だが、そんなアルトが畜舎を出るとそこにラニーニャと、たぬてぃ、
それに紫髪の少女に加え、金髪の少年までもがいたのである。
「姉ちゃん!? どうしてここに?」
後から来たケレスの目は丸くなった。
「お前には関係ねえだろ?」
意地悪な顔をした金髪の少年がケレスとラニーニャの間に入る。
「フェイト、あの……」
「あんたは黙ってろ!!」
金髪の少年とケレスを見たラニーニャは気まずい顔になった。
だが、金髪の少年はラニーニャの前に立ち塞がって何も言わせなかった。
それからケレスとその金髪の少年は暫く睨み合った。
「ブオオォーーーーーーーーーーー」
地響きの様な唸り声。
何処からともなくそれがこの一帯に轟いた。
その唸り声がケレス達の睨みあいを終了させる。
(この声は、まさか!?)
その声の主を想像したアルトの顔は引き攣った。
「いやぁ……こいつは、アレのお出ましだ!」
金髪の少年はその正体がわかっているのにもかかわらず笑みを浮かべていた。
「あれ、だって?」
そして、ケレスは何もわかっていなかった。
首を傾げている。
すると、クリオネ以外の朱雀達四体がアルト達の傍に集合した。
「おーい、ケレス、アルト!」
それから大声でそう言いながらジャップと宝珠の国の皇女とクリオネまでもが近づいて来る。
「兄貴、ミュー。どうしたんだ?」
ケレスは何度も瞬きした。
「俺にも良くわからないが、朱雀達が警戒しだしてな。
だから、外に出てみたんだが。何か、ヤバい事になりそうだ」
ジャップが眉を顰めると、畜舎から一際大きなフヴェリゲルミルが出てきた。
そのフヴェリゲルミルは何故かケレスを見つめたのである。
そして、何故かケレスも見つめ返す。
だが、そんなフヴェリゲルミルの姿を見て、アルトは驚きのあまり言葉を失った。
(彼は、先程のフヴェリゲルミルじゃないか!? ど、どうして、彼が動いているんだ?
いや、そもそも、どうして生きていられるんだ!?
そう、アルトの前に姿を見せたのは先程迄死を前にした老いたフヴェリゲルミルだったのだ。
しかも、そのフヴェリゲルミルは信じられない事に普通に動いていたのである。
いや、寧ろ飛び跳ねる程に元気良く動いていたのだ。
あそこまで滅びの呪いが拡がっていたというのに……)
(まさか、誰かが彼の呪いを浄化したとでも言うのか!?
そんな事が出来る者なんているはずが……!?)
アルトの頭にまたある仮定が過ぎる。
(まさか……もし、そうなら、どうして先輩はこんな所にいるんだ?
もし、僕の予想が正しければ、先輩を一刻も早くこの国から逃がさなきゃいけない!!)
その過程が確信になりつつあるアルトは密かにそう考える。
「エーリガルちゃん。どうした?」
そんなアルトの前で紫髪の少女がそのフヴェリゲルミルの名を呼びながら近づいて行った。
「エーリガルちゃん? こいつも未来の霊獣か?」
「そうだ! エーリガルちゃんは私達の霊獣で、ヨルちゃんのお父さんだ。
そして、皆のリーダーだ!」
その紫髪の少女にケレスは目を移す。
すると、紫髪の少女はケレスにエーリガルを紹介した。
「リーダーねえ……。確かに頼りになる貫禄があるな!」
それからケレスはエーリガルをまじまじと見ていたが、
今までケレスをじっと見つめていたエーリガルは何処かに行こうとしたのである。
「エーリガルちゃん!? 何処に行くんだ? 一人じゃ危ない!! 行くな!!」
そんなエーリガルを紫髪の少女は停めたがエーリガルはそのまま何処かに言ってしまった。
「エーリガルちゃん待って!!」
「未来ちゃん待って! そんな格好で行くのは危険よ!!」
そして、紫髪の少女はエーリガルを追い掛け様とした。
だが、ラニーニャからその行為を止められる。
「お姉さん。私、エーリガルちゃんをほっとけない!!」
紫髪の少女は今にも泣きそうだった。
「わかってる。だから、ちゃんと準備してから行動しよう。私も一緒に行くから」
そんな紫髪の少女の前でしゃがんだラニーニャは優しく言葉を掛け、微笑んだのだ。
そのラニーニャの行為にアルトは息を詰まらせる。
(先輩!? あなたは自分が何を言っているのかわかっているのですか?
全く……どこまでお人好しなんだ!!)
苛立ったアルトは拳を握り締めた。
すると紫髪の少女とラニーニャ、それと、たぬてぃは家に戻って行き、
それに笑いながら金髪の少年までもが付いて行った。
そんな周りの者達の行動にケレスは狼狽える。
「仕方がない。俺も行くか」
だが、ジャップも家に戻って行った。
「はあ、まあ、僕も付き合うよ」
そのジャップにアルトは面倒臭そうに言って続いた。
(もし僕の予想が正しければ、先輩はこの国のもの、全てから狙われるという事になる……。
だが、僕が必ず守る!! 水鏡の国の者としてね!!)
そんなアルトの本音はこうだった。
そして、紫髪の少女の家で防寒着を借りたアルト達がそれ等を装着していると、
「兄貴、大変だ!! ミューの奴がエーリガルを追い掛けてララとクリオネと行ってしまった!!」
と、後から家に入って来たケレスの全身を使ったジェスチャーを交えた報告があったのである。
(全く……宝珠の国の皇女はいつも考えなしに行動するんだから!!
少しは協調性を身に着けるべきだね!!)
呆れながらもアルトは準備を整えていく。
「あの、ミューちゃんのもお願いできませんか?」
そのアルトの前で泣きそうな顔のラニーニャが紫髪の少女の母に申し入れた。
(全く、先輩はどこまでお人好しなんだ?
あそこまで言われて宝珠の国の皇女の心配をするなんて……)
アルトは腹の底から湧き出る何かを懸命に抑えた。
それから支度を終えたアルト達はヨルに乗り込み、エーリガル達の下へ向かう事となった。
だが、座る順は金髪の少年が勝手に決め、アルトはラニーニャの後ろで、
ジャップの右横だった。
そこにケレスがジャップの後ろに乗り込むと紫髪の少女の号令で
ヨルは月も星も輝いていない夜を走り出した。
「なあ、ちょっと聞くけど。ヨルは、前ちゃんと見えてるのか?」
そこで予想通りケレスが聞いてくる。
「ヨル君は目より鼻が良いから暗くても、ちゃんと目的地に向かっている」
なので冷静にアルトは教えた。
そんな会話をしている間もヨルはどんどんフェンリル山を登っていた。
ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ……。
異様な静かなフェンリル山に雪の上を駆けるヨルの足音だけが響く。
(しかし、僕達だけで祟り神を消滅させれるのだろうか?
人の子とは言えないけれど、あの宝珠の国の皇女は恐らく、炎の瞳は開眼していない。
となると、頼みはクリオネ君だけか……。
とは言ったものの、彼女の正のマナだけであの祟り神の負のマナを打ち消すとは言い難いし……)
アルトは内心、不安だらけだった。
ちなみに炎の瞳とは、宝珠の国の王族に引き継がれる瞳の事である。
その瞳が深紅に輝く時、その瞳の持ち主の意志が邪悪なものを払う力となる。
なのでこの力が祟り神を払うのにかなり必要だが、どうもそれは期待出来そうにはなかった。
そんな何も解決策がないアルトの前でヨルの足が急に止まる。
体が思いっきりつんのめた。
(急に止まるなんてどうしたんだ!?
ま、まさか、もう近くにいるのか……。
ならば、相手をしようじゃないか!
だけど覚悟する事だね! 誰であろうと先輩には指一本でも触れさせないから!!)
この異変にアルトは身構えた。
そう、彼と来るべき戦いに備えたのだ。
次回【因縁の国 ~秘術と終焉~】




