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 洗濯場にいたネリは川岸を歩いてくる男に気づく。立ち止り、照れくさそうに笑って小さな鉄瓶を差し出すマテウスをまじまじと見つめて言った。

「もしかして、あなたは……」

 あの時の――、続けようとするネリにマテウスはこくりと頷いた。

「これをわたしに?」

 マテウスはもう一度こくりと頷く。栓を緩め香りを確かめるネリの頬が緩んだ。

「椿オイルね? それも、こんなにたくさん」

 瓶とネリの手を交互に指さしてからマテウスは手をさするような仕草をする。

「そういうことなのね。恥ずかしいわ、こんな手で」

 少女のように頬を赤らめるネリだった。家族のため、苦労を厭わぬ君の手は勲章だ。なにも恥じることなどない。マテウスは身振り手振りでそれを伝える。

「……ありがとう」

 ネリに意図が伝わったことを理解したマテウスは笑顔を浮かべた。

「いつぞやはごめんなさい。そんなに若いとは思ってなかったの」

 住屋近くの森は木の実や果実の宝庫で、野生の山羊まで捕らえて飼うようになっていたマテウスの顔は血色もよく、そのせいで余計に若々しくネリの眼に映ったようだ。しばし考えてからマテウスは自分の顔を指差す。そして手を振った。

「――兵士には――なれない――年齢だ、そう言いたいのね。ねえ、失礼なこと訊いてもいい? あなたは考えを伝える方法に慣れてないように思える。口が聞けないのは生まれつきではないんでしょう」

 たいした洞察力だ、真っ直ぐ見つめてくるネリの視線にマテウスは困ったように肩をすくめた。

「ごめんなさい、気に障ったかしら」

 小さく首を振ってマテウスは踵を返す。来た道を戻ろうとする彼の背にネリが声をかけた。

「ねえ」

 足を止め、マテウスが振り返る。

「また、来てくれる?」

 マテウスの顔が綻ぶ。ネリは遠ざかる背中に手を振り続けた。


 マテウスは三日と空けずにネリを訪ねてきた。夜が白む頃、洗濯場で待つ彼女に、ある時は川魚を、ある時は果実を、またある時は山羊の乳で作ったチーズを手土産に足を運んできた。

 話すのはネリばかり、返事が必要な時にだけマテウスは首を振り、あとはじっとネリの話に聞き入った。短い逢瀬ではあったが、いつしかネリも曙光のなかに姿をあらわすマテウスを心待ちするようになっていた。

 ある日のことだった。いつものようにネリの話を聴いていたマテウスが不意に言葉を発した。

「君の父上と話がしたい」

「あなた……、話せるの? どうしていままで――」

 驚いて訊ねるネリにマテウスは同じ言葉を繰り返す。

「すまないが、君の父上と話がしたい」

「わかったわ」


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