九
「マテウスとか言ったな、そんなものがあることは聞いてはいるが……。おまえにそれが作れるのか?」
マテウスの提案は炉への送風を水力で賄うようにしたらどうか、というものだった。
「ああ、水車もふいごも、もうできていて据え付けるだけだ。運ぶのに騾馬と荷車を借りたい。踏みふいごに費やしていた労力を荒打ちに回せば、作業も捗るのではないか」
「理屈はそうだが――」
「父さん、やってみようよ。いつも言ってたじゃないか、猫の手も借りたいくらいだって」
ネリの兄、ドミニクが眼を輝かす。
「金は払えんぞ」
「そんなものは要らない。俺はあんたの娘さんに命を助けられた、その礼がしたいだけだ。上手く水車が働けば粉を挽くのにも使える。ただし、それには曲がり棒と歯車というものが必要だ。あんたんとこで作ってみたらどうだ。麦畑を持っている農家が喜ぶことだろう」
「しかし干ばつの時はどうするんだ」
「その時は風を利用する。これにも曲がり棒と鉄製の心棒が必要になるがな」
「風だと?」
「そうだ、南の国ではみんながそうしていた」
ネリの父親は腕組みをして考える表情になる。ややあって彼は言った。
「ネリ、騾馬を連れてこい」
「驚いたわ、なぜ話せないふりなんかしていたの?」
騾馬の手綱はマテウスが握っていた。肩を並べて歩くネリが訊ねる。
「すまない、この国の言葉を学ぶまでなにも話さないでおこうと決めていたんだ」
「『はい』や『いいえ』くらい言えたでしょうに」
ネリはつい責める口調になってしまったことを悔やむがマテウスは特段気にするようでもない。
「それなら首を振れば済む。俺にこんなことを言った娘がいた」
マテウスはある情景を思い描き、そのままをネリに伝えた。
「黙って」
言葉を尽くして想いを伝えんとするマテウスをおしとどめ、町娘は言った。
「言葉は不完全だわ。足りなければ誤解を生むし、多過ぎればひとを傷つけることもある。わたしはあなたの眼と仕草からあなたの言いたいことがわかるの」
「あなたはその娘さんを愛していたのね」
遠く懐かしむ眼をするマテウスを見て、ネリの胸は少し痛んだ。
「愛がどんなものなのか俺にはよくわからない。だが俺はその娘を自分より大切に思っていた」
それを愛と呼ぶのよ、ネリはふっと笑った。
「あなたはその娘さんを探してこの国へ来たの?」
「わからない。あのまま国が平和だったなら、娘は庄屋のところへ嫁いでいたはずだ」
「もし、娘さんが今でもひとりだったらどうするつもり?」
「俺はこんな老人だ、どうしようもないさ」
外敵による侵略、飢饉、疫病と極めて生存環境の厳しかったこの時代、平均寿命は短く、四十に手が届きかけた男が自らを老人と呼ぶことに不自然さはない。
「老人って――」
「すまないがこの話は終わりにしてくれないか。いまは水車の設置に専念したい」
「わかったわ」
マテウスは反論を遮る形で会話を終わらせた。




