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「二度とこの国で木こりはいたしません。わたしを森に帰してください」

「だめです。そなたが旅をし、見聞きしたことをわたしにお話しなさい。すべて聴き終えたらお父様に言って恩赦をもらってあげます」

「そんなもの、もう忘れてしまいました」

 牢の格子を掴んでいた髭面は不貞腐れたようにぷいと王女に背を向ける。命の恩人だった立場が一瞬にして反逆者に貶められたのだから無理からぬことだ。

「きさま、なんだ、その態度は!」

 王女はひらひらと手を振って声を荒げる牢番を制した。

「そなたが話す気になるまで、集会にいた民をひとりずつ捕らえるとしましょう。それでもよいのですか」

 よかれと思ってしてきたことが人々に、そして愛おしい町娘に仇名すことになるのか――。髭面は愕然として王女を振り返る。

「――わかりました、これは西の大陸にいた時の話です」

 収穫の季節には隣国へ嫁ぐ王女だと聞いている。それまでの辛抱だ、木こりは重い口を開いた。

 王女は宮殿地下の牢に毎日のように足を運んだ。もちろん髭面の話を聴くためだ。食卓に座れば豪華な食事が魔法のようにあらわれ、暖炉の薪は絶えることがない。ただ立ってさえいれば新しいドレスを身に纏うことができ、どこへ旅しようと目を覆いたくなるような光景は王女の視界から遠ざけられる、そんな王女だった。世界を放浪した髭面の話は夜空の星の如く煌めいて感じられた。


 翌朝、髭面が目覚めると牢の扉が開いており、牢番の姿もなかった。髭面はおそるおそる牢の外へ足を踏み出した。

「おーい、誰かいないのかー」

 階上に向かって声を張り上げると、ひとが下りてくる気配がある。

「なんだ、おまえは」

 下りてきたふたりの兵士は王女が嫁ぐ予定だった隣国の甲冑に身を包んでいる。髭面は槍先を突きつけられた。

「反逆罪で牢にいれられていた者です」

 兵士たちが顔を見合わせる。槍は下ろされ、背の高い方が言った。

「敵の敵は我が友というヤツだな、出ていいぞ」

「敵……ですか?」

「なんだ、知らなかったのか? この国の王女が一方的に婚約を破棄したため、怒り狂った我が国の王子が争いの時を起こしたんだ。既に満月も四度、数えたぞ」

 そうだったのか――。王女のやつれていた理由、牢番が言いかけたこと、髭面はすべてに得心がいった。

「この国の人々はどうなったのです?」

「さあな。逃げたか、囚われたか、あるいは死んだかだろう」

「街は? 村は? 森はどうなってます」

「自分の眼で確かめるんだな。おい、行くぞ」

 ふたりの兵士は髭面を残し、階段を上っていってしまった。

 地下を出た髭面はほんの数年前、きれいに修復された城壁が跡形もなく消え失せているのを見た。よろよろと建物を歩み出ると、国を見渡せる場所まで足を運ぶ。そして膝から崩れ落ちた。

「ひどい……」

 国土は一面が焼け野原となっていた。街も、村も、森も、眼前に広がるなにもかもに蹂躙の限りが尽くされていた。

『立ちどまるな』

 内なる声が聞こえた。どこへ行けばよいのだ、髭面は自問する。するとまた声が聞こえた。

『探せ』

 誰を? それには答えず、内なる声は言った。

『ひとがひとを思う気持ちはひと通りではない。氏も育ちも違うのだからそれが当然ではないか。己が尺度で計れないものは真実ではないというのか』

 なにが言いたい? 俺は誰を探せばいいんだ。

『歩け、そして考えろ』

 髭面は立ち上がった。そしてなにかに導かれるように北へと向かった。


 第一部 完

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