↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】悪役令嬢に転生したので婚約破棄の準備をしていたら、王太子殿下が私の計画書を添削してきます  作者: フトダマノミコト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/20

第9話 原作にない一行

 その噂を聞いたのは、冬の初めのことだった。


「ねえ、聞きまして? アシュフォード公爵家の……」


「しっ。エステル様がいらっしゃるわ」


 教室に入ったとたん、令嬢たちの話し声がぴたりと止んだ。何人かが気まずそうに目をそらし、何人かは扇の陰でひそひそと言葉を交わしている。


(何? 私、何かした?)


 とっさに頭の中で計画書をめくった。今週は、ゲームのイベントはないはずだ。ミアにも近づいていない。


 席に着くと、仲のいい伯爵令嬢が、そっと身を寄せてきた。


「エステル様。お気を悪くなさらないで聞いてくださいね」


「ええ」


「アシュフォード公爵家が、東部の治水工事の予算を横領している、という噂が流れているのです」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「……横領?」


「わたくしは信じておりませんわ。でも、社交界ではずいぶん広まっているようで」


 伯爵令嬢は申し訳なさそうに眉を下げた。


 私は、膝の上で手を握りしめた。


 東部の治水工事。お父様が国王陛下から任されている事業だ。三年前の大水害で流された村々を立て直すために、お父様は毎月のように領地と王都を往復していた。


 そのお父様が、横領。


(ありえない)


 お父様は、口下手で融通がきかなくて、娘の誕生日に毎年同じ花を贈ってくるような人だ。けれど、不正だけは絶対にしない。そういう人だ。


 そして、もうひとつ。


 この噂は、ゲームにはなかった。


 ゲームのエステルが破滅した理由は、ヒロインへのいじめだけだ。公爵家の横領なんて、一行も出てこなかった。




 その日の放課後、生徒会室に飛び込むと、殿下はすでに手帳を開いて待っていた。


「聞いたんだね」


「殿下、あの噂は」


「座って。紅茶を淹れる」


 殿下は私を椅子に座らせ、花の香りの紅茶を淹れてくれた。その手つきはいつもどおり落ち着いていて、少しだけ、私の呼吸も落ち着いた。


「今朝、公爵から私に手紙が届いた」


「お父様から?」


「来月、財務院の監査が入る。治水工事の帳簿についてね。公爵は身に覚えがないと書いていた。私も、そう思っている」


 殿下は手帳の、イベント一覧表のページを開いた。


 私が入学前夜に書いた、ゲームの出来事の一覧。殿下の赤字で、たくさんの注釈がついている。


「エステル。君の夢の中に、この件は出てきた?」


「いいえ」


 私は首を振った。


「夢の中の私が破滅したのは、ある方をいじめたからです。公爵家の横領なんて、どこにも」


「そうだろうね。計画書のどこにも書いていなかった」


 殿下は赤いペンを取り、一覧表の一番下に、新しい行を書き足した。


『東部治水工事の横領疑惑 → 原作になし』


 それから、その横に、もう一行。


『破滅の原因は、強制力ではない。人の手だ。』


 私は、その一行をじっと見つめた。


「……人の手」


「イベントがことごとく不発に終わった。だから、別の方法で君を破滅させようとしている誰かがいる。そう考えるのが自然だと思う」


 背筋がひやりとした。


 ずっと、ゲームの強制力を恐れていた。どんなに計画を立てても、最後には見えない力でシナリオどおりに引き戻されるのではないかと。


 けれど、殿下の言うとおりなら。


 相手は、見えない力ではない。生きた人間だ。


「誰が、そんなことを」


「まだ確証はない」


 殿下はそこで言葉を切った。何か言いかけて、やめたように見えた。


「でも、相手が人なら、打つ手はある。強制力とやらより、ずっと戦いやすいよ」


 殿下はいつもどおりに微笑んだ。


 その笑顔を見て、不思議なことに、胸の奥のざわつきがすうっと引いていった。


(そうよ。相手が人なら、証拠を残す)


 前世の私は、経理の仕事をしていた。帳簿の数字が合わない原因を探すのは、毎月の仕事だった。合わない数字には、必ず理由がある。誰かが書き換えたのなら、書き換えた跡が残る。


「殿下」


 私は顔を上げた。


「その帳簿、私に見せていただけませんか」


 殿下が、わずかに目を見開いた。


「お父様の帳簿と、財務院に提出された記録。両方を突き合わせれば、どこかに必ず綻びがあるはずです。私、数字を見るのは得意なんです」


「計画書を見れば分かるよ」


 殿下は小さく笑って、それから真顔になった。


「財務院の写しは、私の権限で取り寄せられる。公爵家の帳簿は、公爵に頼めば出してくれるだろう。ただ、量はかなりあるよ」


「構いません」


「監査まで、ひと月しかない」


「ひと月あれば、十分です」


 決算期の修羅場に比べれば、ひと月なんて長いくらいだ。


 殿下は少しの間、私の顔を見つめていた。


 それから手帳を引き寄せ、白紙のページに大きく書いた。


『第六項 公爵家の潔白を証明する

 担当:エステル・アシュフォード(帳簿)、セドリック・オルディア(その他すべて)』


「その他すべて、とは」


「その他すべてだよ」


 殿下はにっこり笑った。何かを企んでいる、あの子どもみたいな顔だった。


 私は黒いペンで、自分の名前の横に小さく書き足した。


『了承。全力で。』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。