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【完結】悪役令嬢に転生したので婚約破棄の準備をしていたら、王太子殿下が私の計画書を添削してきます  作者: フトダマノミコト


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18/20

第18話 添削の時間です

「添削……?」


 宰相が、眉をひそめた。


 殿下は、私の手を握ったまま、広間の中央から一歩も動かなかった。


「ポートマン嬢の訴えから、順に確認しよう。まず、お茶会でドレスを汚されたという件」


 殿下が軽く手を上げると、人垣の中から、ひとりの年配の女性が進み出た。


 王妃殿下付きの、女官長だった。


「その日、アシュフォード嬢は、わたくしの隣の席に座っておられました。お茶会のあいだじゅう、刺繍の話をしておりましたわ。ポートマン嬢の席とは、広間の端と端でございます」


 女官長は、きっぱりと言った。


「わたくしのハンカチを、三枚も仕立てていただいておりますのよ」


 広間の空気が、わずかに変わった。


「次に、教科書の件」


 殿下が続けた。


「アシュフォード嬢の机には、鍵がかかっていた。教室にいた全員が、それを見ている。破られた教科書の切れ端は、ポートマン嬢自身の鞄から見つかった。そうだね?」


 殿下が目を向けた先で、何人かの級友たちがおずおずとうなずいた。伯爵令嬢が、扇の陰からはっきりと「ええ」と声を上げた。


 ミアの顔から、涙が引いていった。


「ちなみに、階段から突き落とされたという話は出なかったようだけど」


 殿下は、穏やかに付け加えた。


「出さなくて正解だよ。西棟の大階段は、その時期、改修工事中だったからね」


 くすくすと、どこかで笑いが漏れた。


(ああ、もう)


 こんなときなのに、私も笑いそうになった。階段がなければ、突き落としようがない。あの日、生徒会室の窓から見た白い布を思い出した。


 宰相が、声を荒らげた。


「娘同士の諍いなど、どうでもよろしい。問題は横領です。証拠の帳簿は、ここにある」


「ああ、その帳簿」


 殿下は、少しも慌てなかった。


「半月ほど前の深夜、グレイヴ商会の者が、アシュフォード公爵家の倉庫に忍び込んで置いていったものだね」


 宰相の顔が、こわばった。


「……何を、根拠に」


「私の騎士が、一部始終を見ていた。商会の者の名前も、時刻も、記録してある」


 殿下の背後に、護衛騎士が二人、すっと進み出た。その手には、書類の束があった。


「それから、財務院長」


 人垣が割れて、財務院長が姿を見せた。


「三日前に、監査を終えました。アシュフォード公爵家の帳簿に、不正はございません」


 財務院長は、宰相をまっすぐに見据えた。


「不正があったのは、財務院に提出された報告書のほうです。石材の数が三年にわたって水増しされ、差額はすべてグレイヴ商会に支払われておりました。報告書の公爵の署名は、偽造です」


「偽造など、どうやって」


「公爵は、頭文字の最後の払いを必ず上に跳ね上げられる。偽造の署名は、まっすぐ横に流れておりました」


 財務院長は、そこで一度だけ、私のほうを見た。


「アシュフォード公爵令嬢が、三年分の帳簿を突き合わせて見つけてくださったのです。財務院の誰も、気づけなかったことを」


 広間中の視線が、私に集まった。


 さっきまでの好奇と憐れみとは、まるで違う視線だった。


 私は、どうしていいか分からなくて、ただ殿下の手を握りしめていた。




「それでも」


 宰相は、なおも食い下がった。


「それでも、私がそれに関わっていたという証拠には、なりますまい。グレイヴ商会が勝手にやったことです」


「そうだね。だから、もうひとつ」


 殿下は、上着の内側から薄い冊子を取り出した。


 ミアの顔が、真っ白になった。


「それ……っ」


「最後の面会のときに、君が貸してくれたものだよ。二人の未来が書いてあるから、ぜひ読んでほしいと言って」


 殿下は冊子を開いた。


 日本語で書かれた、攻略ノートだった。


「この国の誰にも読めない文字だから、証拠にならないと思ったかな。でも、残念ながら、私は読めるんだ」


 殿下は、あるページを開いて、広間に響く声で読み上げた。


「卒業夜会。エステルの断罪イベント。横領の証拠が提出される。――ギルベルト様が準備してくれる」


 広間が、しんと静まりかえった。


「なんで……」


 ミアの声が、震えていた。


「なんで、読めるのよ。日本語なのに」


 その一言で、すべてが決まった。


 ミアは、自分のノートだと認めたのだ。そして、そこに書かれていることが、自分の知っている「予定」だということも。


 宰相が、ミアを睨みつけた。


 ミアは、何が起きているのか分からないという顔で、宰相と殿下を交互に見た。


「だって……だって、イベントでしょ? ギルベルト様が、そうするって言ったじゃない。帳簿は準備しておくから、あたしは泣いてればいいって」


「黙れ!」


 宰相の怒鳴り声が、広間に響いた。


 けれど、もう遅かった。


 国王陛下が、玉座から静かに立ち上がった。


「ギルベルト。そなたの宰相の任を解く。詳しい話は、牢で聞こう」


 衛兵たちが、宰相を取り囲んだ。宰相は何か叫んでいたけれど、その声はすぐに広間の外へ消えていった。


 ミアは、階段の上に座りこんでいた。


「なんで……シナリオは? 強制力は? 卒業夜会では、セドリックがあたしを選ぶはずなのに」


 誰も、その言葉の意味を分からなかった。


 私以外は。


 私は、殿下の手を握ったまま、一歩だけ前に出た。


 何もしなくていい、と言われていた。けれど、これだけは、私が言わなければいけない気がした。


「ポートマン嬢」


 ミアが、のろのろと顔を上げた。


「ここは、ゲームではありません」


 静かに、それだけを言った。


 ミアは、私を見上げたまま、何も言い返さなかった。


 衛兵に両脇を抱えられて、ミアは広間から連れ出されていった。


 後日、ポートマン男爵家は、宰相の不正に加担した罪で爵位を返上することになった。ミアは領地の修道院に送られ、そこで静かに暮らしているという。


 けれど、それを知るのは、もう少しあとのことだ。

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