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【完結】悪役令嬢に転生したので婚約破棄の準備をしていたら、王太子殿下が私の計画書を添削してきます  作者: フトダマノミコト


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第16話 計画書・最終版

 公爵邸に戻って三日目の朝、殿下の護衛騎士が訪ねてきた。


「殿下から、アシュフォード嬢へ。直接お渡しするよう、申しつかっております」


 差し出されたのは、革表紙の手帳だった。


 私が生徒会室に置いてきた、あの手帳。


 受け取る手が震えた。


(返されたんだ)


 婚約破棄を受け入れる、という返事なのだろう。最後まで律儀な人だ。


 騎士が帰ったあと、私は自室で手帳を開いた。


 第一項のページ。私の黒い字の下に、赤い字が増えていた。


『保留の解除は、認めない。

 理由は最終ページに記す。』


 私は、ゆっくりと最後のページをめくった。




『破滅回避計画書 最終版』


 几帳面な、殿下の字だった。


『第一項 現状報告

 一、東部治水工事の横領疑惑は、ギルベルト宰相およびグレイヴ商会による捏造である。

 二、根拠:エステル・アシュフォードによる帳簿分析(別紙)。宰相側の倉庫侵入の記録(別紙)。

 三、宰相は卒業夜会の場で、偽の証拠を提出する予定。』


『第二項 ポートマン嬢との面会について

 一、目的:攻略ノートの内容の確認。

 二、回数:三回。いずれも護衛騎士二名が立ち会い、会話はすべて記録済み(別紙)。

 三、当該ノートには、宰相の計画が「予定」として記載されている。卒業夜会で証拠として提出する。

 四、面会の件を君に伝えなかったことは、私の判断の誤りである。深く反省している。』


(……別紙)


 殿下は、本当に別紙をつけていた。手帳の後ろに、何枚もの紙が挟まっている。護衛騎士の署名入りの面会記録。日付と時刻と、交わした会話の要約。


 ミアが殿下の腕に手を添えた場面には、騎士の字で「殿下、即座に半歩後退」と書かれていた。


 私は思わず、ふき出しそうになった。


 半歩。


(二歩より、遠い)


 それから、涙がこぼれた。


 笑いながら泣くなんて、生まれて初めてだった。


 ページをめくる。


『第三項 当日の段取り

 一、卒業夜会では、予定どおり、私と君が最初に踊る。

 二、宰相とポートマン嬢が断罪を始めたら、私が対応する。

 三、君は、何もしなくていい。』


『最終項

 当日、君は何もしなくていい。

 ただ、私の隣にいること。


 期日:卒業夜会の当日。

 根拠:――』


 根拠の欄だけが、空いていた。


 いや、空いていたのではない。何度も何かを書いて、二重線で消した跡があった。インクが滲んで、紙がわずかに波打っている。


 消された文字は、もう読めなかった。


 その一番下に、小さな赤い字で、一行だけ残っていた。


『根拠は、当日、君自身の目で確かめてほしい。』




 その日の夕食の席で、お父様が、ぽつりと言った。


「昨日、殿下がいらした」


「……え?」


 フォークを持つ手が止まった。


「お前が部屋で休んでいるときだ。起こさなくていいと言われてな。監査の段取りについて、私に直接、説明してくださった」


 お父様は、口下手な人だ。言葉を探すように、しばらくスープを見つめていた。


「それから、帰り際に、こうおっしゃった。エステル嬢を不安にさせたのは、私の落ち度です、と」


「……」


「王太子殿下が、臣下に頭を下げられたのだぞ」


 お父様は、少しだけ困ったように眉を下げた。


「エステル。殿下が十歳のとき、陛下に何とおっしゃったか、知っているか」


 私は首を振った。


「婚約の顔合わせのあとでな。エステル・アシュフォード以外とは結婚しない、と。陛下が笑って、どうしてだと聞かれたら、彼女は私が笑わなくてもいいと言ってくれたからです、と答えたそうだ」


 お父様は、そこで咳払いをした。


「……陛下から、内緒にしておけと言われていたのだがな。もう、いいだろう」


 私は、何も言えなかった。


 十歳の王宮の庭。緊張で、話題の候補を書いた紙を握りしめていた日。


 殿下があまりにも完璧な笑顔で、それがなんだか苦しそうに見えて、つい言ってしまったのだ。


 お疲れなら、笑わなくても大丈夫ですよ、と。


 私は、忘れていた。


 殿下は、七年間、覚えていたのだ。




 夕食のあと、部屋に戻ると、大きな箱が届いていた。


 仕立て屋からだった。


 箱を開けると、ドレスが入っていた。淡い藤色の、柔らかな絹のドレス。裾には、銀糸で小さな花の刺繍がほどこされている。


 藤色は、私がいちばん好きな色だった。


 誰にも言ったことはない。ただ、十二歳のときに一度だけ、殿下と王宮の庭を歩いていて、藤棚の下で立ち止まったことがあった。


 きれいですね、と言っただけだった。


 箱の底に、小さな紙が入っていた。


『卒業夜会用。

 追記欄に項目を追加:六、当日はこれを着ること。』


 私は、ドレスを抱きしめたまま、しばらく動けなかった。


 それから、机に向かって、手帳を開いた。


 最終項のページ。殿下の赤い字の下に、私の黒い字で書いた。


『了承。』


 それから、ページを戻した。


 一番最初の、第一版の、第四項。入学前夜に、私が書いた一行。


『期待しない』


 その一行に、黒いペンで、まっすぐ二重線を引いた。


 横に、小さく書き添えた。


『削除。』


 インクが乾くのを、私は窓辺でじっと待っていた。


 卒業夜会まで、あと十日だった。

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