第3話 三人の腕
ヴェルダ大森林の入り口で、シャーロットは地面に膝をついた。
三日前の痕跡は、落ち葉や獣の足跡に紛れて、ほとんど判別できない。治療の心得はある。危険の察知にも自信がある。だが、これを読み解く技術は、自分にはない。
一人で入れば、見つけられないまま日が暮れる。それだけは、はっきりと分かった。
「一人で入る気だったのか」
声のした方を見ると、少し離れた木の根元に、無精髭の男がしゃがみ込んでいた。地面の一点を指先でなぞりながら、こちらを見もせずに続ける。
「採取帰りに、妙な踏み荒らし方の跡を見つけてな。気になって追ってた」
「これが読めるんですか」
「読めるかどうかじゃない。読める奴が、ここには俺しかいないってだけだ」
男はようやく顔を上げた。
「で、あんた一人で入る気だったのか」
「はい」
「……死にたいなら勝手にしろ。だが救助するつもりなら、人数が足りない」
にべもない言い方だった。だが、事実として正しい。シャーロットは頷くしかなかった。
「私は、帰れなくなった冒険者を専門に迎えに行く仕事を始めようとしています。手を貸してもらえませんか」
男は少しの間、シャーロットを見つめていた。
「リントだ。……面倒だが、痕跡を放っておくのも寝覚めが悪い」
そう言うと、リントは立ち上がり、迷いのない足取りで街の方角へ歩き出した。
「どこへ」
「戦える奴と、運べる奴が要る。心当たりはある」
*
連れて行かれたのは、街外れの安酒場だった。
卓に足を投げ出し、安いエールを傾けている男を、リントは顎で示す。
「ガレオン。腕は立つが、無駄な喧嘩は買わない奴だ。危険地帯に連れて行くなら、こういうのがいい」
「おい、勝手に紹介するな」
ガレオンが片眉を上げる。だがリントは構わず、シャーロットの方に向き直った。
「事情を話せ。長くはかけるな」
シャーロットは短く用件を告げた。危険地帯からの救助、生死不明の遭難者、時間が限られていること。
ガレオンは黙って聞いていたが、最後まで聞き終えると、卓の上のエールを一気に飲み干した。
「守るために戦って、連れて帰るために退く判断もする、か」
「はい」
「……分かった。この一件だけなら付き合う」
*
最後に向かったのは、フィンがよく荷運びに使っている街道だった。
「この時間なら、ちょうど戻ってくる」
リントがそう言って待っていると、街道の向こうから、風のように駆け抜けてくる人影が見えた。
「フィンだ。運び屋をやってる」
リントが手を上げると、フィンはあっという間に距離を詰め、荷を降ろしながら三人を見た。
「リントさんに、ガレオンさんまで? 何かあったんすか」
「危険地帯に取り残された冒険者がいる。今すぐ、連れて帰れる速さが要る」
シャーロットが端的に伝えると、フィンの表情から、いつもの軽さがすっと消えた。
「……じゃあ、話は後っすね。行きましょう」
*
必要な装備だけを整え、四人が再び森の入り口へ集まった頃には、日はすでに傾き始めていた。
「日没まで、二時間です」
シャーロットが告げると、リントが視線だけをこちらに向けた。
「入るのか」
「三日、待たせています。これ以上は、待たせません」
誰も、それ以上は聞かなかった。
「行きましょう」
四人が、ヴェルダ大森林へ足を踏み入れた。




