第2話 だったら、自分がやる
翌日、白魔導師の詰所には重い空気が漂っていた。
机の上に積まれた私物を、誰もが無言で鞄に詰めている。契約解除を告げられたのは、シャーロットだけではなかった。詰所に所属していた白魔導師、十二名のうち八名が、同じ日に同じ理由で契約解除を言い渡されていた。
「まさか、こんな一気に切られるとはね」
古参の白魔導師、レイラが乾いた声で笑う。長年クランに貢献してきた人物だ。彼女の荷物は、他の誰よりも多かった。
「私たちがいたから、事故が起きなかったなんて、誰にも証明できないもの。証明できないことは、なかったことになる」
「……そうですね」
シャーロットは短く答えるだけだった。慰めの言葉も、怒りの言葉も、今は見つからない。
「シャーロット」
荷物をまとめ終えたレイラが、ふと手を止めて振り返った。
「あなた、これからどうするの」
「まだ、決めていません」
「そう」
レイラはそれ以上聞かなかった。ただ、鞄の紐を握る手に、少しだけ力がこもったのが見えた。
「ねえ。もし――」
言葉を選ぶように、間があく。
「今日ここを出ていく私たちが、何もしてこなかったわけじゃないってことだけは、忘れないでね」
それだけ言うと、レイラは詰所を出ていった。振り返らずに。
シャーロットは、しばらくその後ろ姿を見送っていた。レイラたちがこの先どこへ行くのか、シャーロットには分からない。それでも、彼女たちがここで積み重ねてきたものまで、なかったことにはしたくない。そう思った。
昨夜、指先で剥がしたあの依頼書は、今も懐にしまってある。
「森で行方不明になった弟を探してほしい。誰でもいい、帰ってきてほしい」
まだ何も決めていない。決めていないが、あの紙を捨てる気にはなれなかった。
詰所を出ると、シャーロットはその足で冒険者ギルドへ向かった。
「この依頼を、受けたいのですが」
受付に紙を差し出すと、職員は少し困った顔をした。
「掲示から日数が経っている依頼なので、正式な受注には依頼主様への確認が必要になります。……今ちょうど、いらしてますね」
職員が視線を向けた先、受付の隅に、一人の女性が俯いて座っていた。三日前にこの依頼を出した本人だという。
「あの……この依頼、受けてくださるんですか」
顔を上げた女性の目には、疲労と、わずかな希望が同時に浮かんでいた。
「詳しく、聞かせてください」
*
弟は駆け出しの冒険者で、三日前、薬草採取の依頼を受けてヴェルダ大森林の外れへ入ったという。日帰りの予定だったが、今も戻っていない。討伐を主に請け負う冒険者に相談しても、「森は広いから」「専門の捜索隊なんてこの街にはいない」と、みな似たような返事だったそうだ。
「三日も経っているなら、生きている可能性は低いって……そう言われました」
女性の声が震える。
「でも、そうじゃないかもしれない。ただ動けなくなっているだけかもしれない。それを確かめもせずに、諦めろなんて」
シャーロットは、黙って聞いていた。
魔物を倒すことに長けた冒険者は、この街にいくらでもいる。だが、この女性が本当に必要としているのは、討伐でも、素材採取でもない。弟が生きているかどうかを確かめ、生きているなら連れ帰ること。それだけだ。
それを専門にする人間が、どこにもいない。
分かっていたはずのことが、目の前の一人の人間を通して、初めて実感を伴った。
「必ず、探します」
自然と、そう口にしていた。
*
その夜、シャーロットは自室で、机に向かっていた。
契約解除の際に渡された書類の束が、机の端に置いたままになっている。魔力リングの使用記録。数字ばかりが並ぶ紙。
これが、私の半年間の全てだと言われた。
事故を未然に防ぐという仕事は、数字に残らない。だが、帰れなくなった者を連れ帰るという仕事なら――少なくとも、帰ってきたかどうかは、誰の目にも明らかだ。
証明できないことを、証明しようとするのではなく。
証明できることを、始めればいい。
それでヴィクターに認めてもらいたいわけではない。今日会った、あの女性の顔が頭から離れない。あの依頼票の向こうには、今も帰りを待っている人がいる。
シャーロットは、白紙に一行だけ書いた。
「帰れなくなった冒険者を、迎えに行く」
それだけだった。まだ、何もかもが足りない。人手も、資金も、信用も。まずは、この一件からだ。
あの森へ向かい、帰れなくなった一人を迎えに行く。
それが最初の一歩になる。
静かになった部屋で、レイラの言葉がまだ耳に残っていた。
――何もしてこなかったわけじゃない。
その通りだ。
彼女たちが積み重ねてきたものを、なかったことにはしたくない。
これから始める仕事も、いつか誰かを帰すためのものになればいい。シャーロットは、そう思いながら、明かりを消した。




