第28話 あの日、隣にいた人
拠点に、また一人の来訪者があった。
若い女性は、緊張しながらも、まっすぐにシャーロットを見た。
「覚えていらっしゃらないと思いますが……銀剣クランにいたミュリエルです。あの日、ダミアンさんのパーティーに同行していました」
シャーロットは、記憶を辿った。あの日、毒と出血で瀕死だったダミアンの、傍らにいた若い白魔導師。銀剣クランを追われる、まさにその直前の記憶だった。
「覚えています。あの時の処置を、近くで見ていましたね」
「はい」
女性は、少し震える声で続けた。
「あの日、見たものが、忘れられなくて」
「見たもの、というのは」
「完全に治すんじゃなくて、生かすための処置でした。私はそれまで、回復魔法は傷を塞ぐものだとしか、教わっていなくて」
ミュリエルは、拳を握りしめた。
「あれから、独学で、循環や呼吸を診る技術を学んできました。まだ、全然、あなたには及ばないと思います。それでも――同じ技術を、身につけたいんです」
*
「今、どの程度、使えるんですか」
シャーロットが尋ねると、ミュリエルは、少し不安げな顔をした。
「簡単な止血と、痛みを抑えることくらいなら。でも、循環まで整えるのは、まだ、うまくいったり、いかなかったりで」
ちょうどそこへ、リントが戻ってきた。手の甲に、小さな擦り傷がある。訓練中に木の枝で切ったらしい。
「リント、手を見せてもらえますか」
シャーロットが目配せすると、リントは面倒くさそうに手を差し出した。
「ミュリエルさん、試してみてください」
「え……はい」
ミュリエルは、緊張した面持ちでリントの手に触れた。魔力を通し、傷口の血を止めていく。それだけなら、危なげなかった。だが、続けて痛みを抑えようとした瞬間、魔力がわずかに乱れた。
「……すみません、痛みの方が、うまく」
「止血は、問題ありません。危険な現場で、まだ使うべきではないですね」
「……はい」
シャーロットは、しばらく黙って、その手元を見ていた。
「もし、目の前に、あなたの手に負えない重傷者がいたら、どうしますか」
ミュリエルは、即座に答えた。
「自分の限界を、正直に伝えます。その上で、できる範囲の処置だけをして、すぐに助けを求めます。できないことまで、できるふりはしません」
シャーロットは、小さく頷いた。
「その答え、悪くないと思います」
*
その日から、ミュリエルも、見習いとして加わることになった。ノルとは違い、彼女の訓練は、主にシャーロットが直接見ることになった。
「完全に治すことより、状態を維持することを、まず覚えてください」
「はい」
「焦らなくていいです。中途半端な状態で現場に立たせるつもりはありません」
ミュリエルは、真剣な顔で頷いた。
*
その夜、リントが、少し驚いたように言った。
「白魔導師まで来るとはな」
「意外だったんですか」
「いや。ただ、こういう仕事に、また白魔導師が加わるのは、何か、巡り合わせみたいだと思ってな」
シャーロットは、その言葉に、何も答えなかった。
自分が追われた場所から、また一人。技術を受け継ぎたいという人が、現れた。
窓の外には、夜の静けさが広がっていた。




