第16話 最下層からの帰路
オルクス地下迷宮、最下層付近。
「迂回路は?」
リントが周囲の地形を確認し、短く首を振った。
「ない。この階層、通路がほぼ一本道だ」
「群れは?」
「奥に巣がある。臭いでわかる。二度の救助隊は、たぶんここで足止めされた」
ガレオンが、低く唸った。
「戦えば、また同じだな」
「だから、見る」
リントは、通路の陰に身を潜め、しばらく動かなかった。
「……群れに、巡回の周期がある。奥へ引っ込む時間帯があるはずだ」
長い沈黙の後、リントが小さく頷いた。
「今だ。走らず、静かに」
四人は、息を潜めながら、巣の脇を通り抜けた。
*
一時間近くかけて、四人は目的の区画にたどり着いた。
そこにいたのは、疲労困憊した六人の男女だった。壁に寄りかかり、虚ろな目でこちらを見上げている。
「……本当に、来たのか」
一人が、掠れた声で言う。その視線が、部屋の隅、布をかけられた二つの塊に向いた。
シャーロットは、それ以上何も聞かなかった。
「迎えに来ました。ここから、一緒に帰ります」
シャーロットは静かに、それでいてはっきりと言った。
一人の隊員が、部屋の隅を振り返った。
「あいつらは……」
シャーロットも、布をかけられた二人を見た。
「場所は記録します。今は、生きている皆さんを先に地上へ戻します」
男は唇を噛んだが、やがて小さく頷いた。
*
六人の状態は、それぞれ違っていた。
一人は骨折で歩けず、フィンがすぐに背負う準備を整える。二人は極度の脱水と衰弱で、意識も朦朧としていた。シャーロットは順に手を当て、循環を整え、少量の水を与えていく。しばらくすると、二人は支えがあれば歩けるところまで持ち直した。
「三人は、この二人を支えてください。無理に速く歩かなくて大丈夫です」
残る三人は、それぞれ肩を貸すようにして、衰弱した二人を支えた。
「戻ります。行きと同じ、巡回の隙を見ます」
リントが険しい顔で言う。だが、六人を連れての歩みは、来た時よりもずっと遅い。
*
巣の近くまで戻った頃、リントが小さく舌打ちした。
「思ったより、時間がかかってる。次の隙まで、もう少しある」
「待てるか」
ガレオンが尋ねる。シャーロットは、衰弱した二人の様子を確かめた。
「もう少しなら、大丈夫です」
物陰に身を潜め、全員が息を潜める。長い時間が、ひどく長く感じられた。
「……今だ」
リントの声に、一行は再び動き出した。
だが途中、群れからはぐれた一頭が、通路の先に姿を現した。
ガレオンがすぐに一行の前へ出る。剣には手をかけたが、抜かない。全員が物陰で息を潜めているうちに、その個体は気づかず通り過ぎていった。
*
地上に出た時には、すでに夜が明けようとしていた。
治療院への搬送が終わり、街にようやく静けさが戻った頃、渉外の男が、憔悴した顔でシャーロットたちの前に現れた。
「本当に、ありがとうございました。六人は、命を取り留めました」
男は、そこで一度、言葉を詰まらせた。
「残りの二人については……」
「……はい」
シャーロットは、静かに頷いた。
「私たちが到着した時には、すでに亡くなっていました」
男は、深く頭を垂れた。何も言わず、ただ長い間、頭を下げたままでいた。
*
帰り道、誰も、多くを語らなかった。
「今日のは、きつかったな」
リントが、疲れた声で呟く。
「巡回の隙を見極められたのは、大きかった」
ガレオンが、静かに付け加えた。
シャーロットは、夜明けの空を見上げた。六人は帰った。それでも、間に合わなかった二人がいる。それは、これからも変わらない事実として、この仕事に付きまとうものなのだろう。
「あなたの帰りを待ってる人がいる」
自分がかつて呟いたその言葉を、シャーロットは、もう一度、静かに胸の中で繰り返した。
帰せなかった人のことも、忘れてはならないと思いながら。




