第4話 残像の告発(ゴースト・ログ)
シーン1:10分間の殺人犯
「……神谷悠真。お前を、内閣府参事官・佐伯勝の殺害容疑で緊急逮捕する」
警察庁地下5階、特別未解決事件分析室のドアが乱暴に蹴破られた。
入ってきたのは、本庁の監察官たち。銃口を突きつけられた神谷悠真は、ただ静かに、自分の両手を見つめていた。彼の白いシャツの袖口には、べっとりと赤黒い血痕が付着している。
高城純一郎が監察官の前に立ちはだかり、鋭い眼光で睨みつけた。
高城「おい、何の冗談だ。神谷はさっきまで俺たちと――」
監察官「冗談ではない。1時間前、参事官室で佐伯参事官が、自身の喉をカッターナイフで切り裂いて死亡した。……防犯カメラの映像には、参事官室に入出し、凶器を握りしめて立ち尽くす神谷悠真の姿が、鮮明に記録されている」
朝倉真琴が息を呑む。
三島理央が慌てて本庁のセキュリティカメラを逆ハックし、モニターに映し出した。
そこには、無機質な参事官室で、血を流して倒れる佐伯参事官と、その傍らで返り血を浴びて佇む「神谷」の姿があった。
高城「神谷……! お前、1時間前にどこにいた!?」
神谷は、ゆっくりと壁の時計を見上げた。
時計の針は午後3時10分を指している。……彼には、午後2時から2時10分までの記憶が、完全に抜け落ちていた。
神谷「……分かりません。ちょうど、俺の脳の『10分間の空白バグ』が起きていた時間です」
超能力の代償として残った「記憶の空白」。
その10分間を完璧に狙い撃ちされ、神谷は「現職の参事官殺し」のテロリストに仕立て上げられた。特捜班の盾だった佐伯を失い、さらに主人公が容疑者となる、絶体絶命の幕開けだった。
シーン2:偽物のログ(ディープ・フェイク)
高城の機転と、朝倉が監察官の脳に一瞬流し込んだ「引き金を引く恐怖」の隙を突き、特捜班は神谷を連れて地下5階から逃亡。警察庁内の「開かずの資材搬入路」に身を潜めていた。
朝倉「悠真……本当に、何も覚えていないの?」
神谷「……ああ。気づいた時には、自分のデスクに座っていた。袖の血痕にも気づかなかった」
高城「ハメられたんだよ。カルトの事件の直後、理央が『オリジナルコードを意図的に流通させている黒幕が上層部にいる』と気づいた。その矢先に、上層部とのパイプ役だった佐伯が消され、神谷に罪が着せられた。……消された佐伯の部屋を調べるぞ。理央、お前のバックアップが頼りだ」
車内に持ち込んだ端末から、三島理央の焦燥した声が響く。
『参事官室のサーバー、佐伯さんが死んだ瞬間に、外部からの遠隔ハックで「全ログ消去」されてるわ。残っているのは、あの神谷が映った防犯カメラの映像だけ。……でも、おかしい。私、この映像の違和感に気づいた』
神谷「……違和感?」
三島『映像の中の悠真、佐伯さんの喉を切り裂いた後、部屋の鏡を一瞬だけチラッと見てるの。……その時、鏡に映った悠真の“瞬き”が、「映像の悠真と完全に同時に」動いてる。……これ、偽物よ!』
神谷の瞳が、鋭く見開かれる。
第2の事件の残滓により、現在の神谷は、鏡を見ると「自分の姿が一瞬遅れて動く」という脳のバグを抱えている。本物の神谷が映った映像なら、鏡の中の残像は必ずコンマ1秒遅れなければならない。
神谷「……鏡が、遅れていない。映像の俺は、俺の“今のバグ”を知らない『誰か』が作った、精巧なフェイク(虚像)だ」
高城「つまり、1時間前のあの10分間、神谷は参事官室にすら行ってねえ。……じゃあ、本物の佐伯参事官は、どうやって殺された?」
神谷「……佐伯参事官自身が、御堂のコードにハックされていたんだと思います。防犯カメラのログが書き換えられる直前、佐伯さんが最後に残した『本物のログ』が、どこかにあるはずです。佐伯さんは、組織の隠蔽役だったが……同時に、俺たちに事件を回し続けてくれた『身内の人間』だ。必ず、俺たちにだけ分かる伝言を遺している」
高城「よし。本庁の参事官室へ突入する。手筈はいつも通りだ。能力が使えねえ容疑者(名探偵)、お前の頭脳で、身内のクソッタレどもに現実のロジックを叩き込んでやれ」
シーン3:残像の正体(特捜班の総力戦)
深夜の警察庁・参事官室。
すでに立ち入り禁止の黄色いテープが貼られたその部屋に、高城、神谷、朝倉が潜入する。
神谷は、佐伯が事切れていたデスクの床へ、右手を伸ばした。
神谷のサイコメトリーが起動する。
脳の松果体が熱を帯び、視界がモノクロに反転する――。
今回はログが消去されていない。神谷の脳内に、佐伯の「死の直前」の記憶の残滓が、津波のように流れ込んできた。
五感の同期。神谷の口から、佐伯の最期の言葉が漏れ出す。
神谷(佐伯)「『……まさか、あなただったとは。……御堂のオリジナルコードを買い取り、軍需企業と結託して社会へバラ撒いていたのは……』」
朝倉「佐伯さん……! 誰と話しているの?」
神谷(佐伯)「『……証拠は、この部屋の……【時計の文字盤】の裏に……』」
そこまで読んだ瞬間、神谷の脳内に強烈な電子ノイズが走り、激しい鼻血が噴き出した。
「そこまでだ、特別未解決事件分析室」
背後から、冷徹な声が響く。
部屋の明かりが一斉に点灯し、武装した警察庁の「特殊班(SAT)」が部屋を包囲した。その中央に立っていたのは、佐伯の直属の上司であり、警察庁次長の高城の宿敵でもある【岩崎次長】だった。
岩崎次長「佐伯は組織を裏切ろうとした。だから御堂のコードで『自殺』させた。防犯カメラのログは我が組織の技術部が書き換えた。神谷、お前がいくら『ログは嘘をつかない』と吠えようが、国が作ったログが、これからは正義(真実)になるのだよ」
岩崎の手には、御堂のコードを軍事利用するために開発された、新型の「携帯型脳ハック照射器」が握られていた。
キィィィィィン……!
かつてない出力のパルスが部屋に満ちる。高城も朝倉も、脳を直接掴まれたような激痛で膝を突く。
岩崎「肉体も、個人の記憶も、国家のロジックの前には無力だ。ここで全員、処分する。……防衛出動だ、撃て」
岩崎の冷酷な合図とともに、周囲を囲む十数名のSAT隊員の指が、一斉にアサルトライフルの引き金にかけられた。絶体絶命のコンマ数秒前。
神谷「……高城さん! 岩崎の後ろ、デスクの上の『加湿器』です! 霧の水分が、奴の電波の媒介になっている!」
高城「朝倉!!」
朝倉「――どきなさいッッ!!」
朝倉が、岩崎の背後の加湿器に向けて、全出力の精神波を放った。加湿器の超音波振動子が強制共振を起こし、本体ごと水を大爆発させる。
ドカァァァン!!
部屋を満たしていた霧が一瞬で吹き飛び、岩崎の照射器から放たれていたハッキング・パルスが完全に霧散した。脳を縛る激痛から解放される特捜班。
岩崎「なっ……! パルスが減衰した!? お前たち、何をもたもたしている、撃て! 射殺しろ!!」
狂乱する岩崎の怒号。しかし、パルスが消えた瞬間を、朝倉真琴は見逃さなかった。
彼女は両の掌を、銃口を向けるSAT隊員たちへと突き出す。その瞳が、精神の過負荷で血のように赤く染まった。
朝倉「――『撃たないで……!!』」
悲痛な、しかし絶対的な強制力を持った「命令」が、SAT隊員全員の脳へ直接叩き込まれた。
「ッ……!?」「動く、な……!?」
訓練されつくした精鋭であるはずのSAT隊員たちの身体が、まるで凍りついたようにピキリと静止する。朝倉の能力による、強烈な精神干渉。引き金を引こうとする人指し指が、脳からの偽の信号によって数秒間だけ完全にロックされた。
高城「……上等だァ!!」
そのわずか3秒の「空白」に、獣のような速度で突撃したのは高城純一郎だった。
SATの射線(銃口の先)を縫うように潜り抜け、完全に無防備となった岩崎の懐へ一瞬で肉薄する。
岩崎「ば、化け物め……!」
岩崎が慌てて銃を向けようとするが、それよりも早く、高城の重い拳が岩崎の顔面に炸裂した。強烈な衝撃で壁まで吹き飛び、意識を失って崩れ落ちる岩崎。
主犯の無力化と同時に、朝倉が限界を迎えて膝を突く。それと同時に、三島理央の声が響いた。
三島『――今よ! 本庁のメインサーバーへ、偽動画の「オリジナル・エンコードデータ」を逆流させたわ! 岩崎たちが残した不正アクセスの足跡、全部警察の公式ログとしてマーキングしてやったから!』
岩崎のハッカー集団の足跡が公式に暴かれ、洗脳が解けかけたSAT隊員たちの無線に「岩崎次長一派を拘束せよ」との本庁監察からの緊急命令が飛び込む。
銃口は静かに下げられ、特捜班の勝利で部屋の包囲は解かれたのだった。
シーン4:本物の遺言
岩崎次長とその一派は、三島が流した確定証拠により、身内の監察によってその場で拘束された。神谷の容疑は完全に晴れた。
だが、特捜班の部屋に戻った4人に、勝利の笑顔はなかった。
神谷が佐伯の部屋から回収した、1本の古いUSBメモリ。三島がそれを解析し、モニターに表示する。そこに残されていたのは、御堂恒一の遺産の「本当の流出元」のデータだった。
三島「……これ、岩崎次長が流したんじゃないわ。岩崎も、ただの『買い手』の一人に過ぎなかった。……このUSBに入っている、暗号鍵の売却プロトコル。これ、【御堂恒一、本人の生体認証】でしか開かないようになってる」
高城「……どういうことだ。御堂恒一は、半年前のあの事件で、確かに死んだはずだ。俺がこの目で、奴の死体を確認した」
三島「そうよ。指紋、網膜、それに脳波の固有波形……どれも間違いなく御堂本人のもの。でも、だったらなんで今、この認証が通るのよ……!?」
読めない数式を突きつけられたように、三島が頭を抱える。
その時、モニターのログを見つめていた神谷悠真が、ぽつりと呟いた。
神谷「……いや、おかしい。御堂が半年前の死に際に残した『固定データ』なら、現在の最新システムには弾かれるはずです。なのに、この暗号鍵は、昨日構築されたばかりの闇サーバーのプロトコルに、完全に適合している」
高城「……何が言いたい、神谷」
神谷のガラス細工の右目が、コンマ数秒遅れて冷徹に動く。
神谷「この生体認証データ……過去の遺物じゃない。【現在進行形で、リアルタイムに更新されている……?】」
朝倉「更新されているって……じゃあ、御堂はどこかで生きていて、今もキーボードを叩いているの?」
三島「あるいは……御堂の脳を完全にコピーしたAIが、システムそのものになって自己増殖しているか、ね」
死んだはずの「始まりの男」が、今も形を変えて世界のどこかに“存在”している。
最悪の仮説が、特捜班の部屋に重くのしかかる。
その時、誰もいないはずの参事官室のデスクの電話が鳴る。
高城が受話器を取り、スピーカーにした。受話器の向こうから聞こえてきたのは、電子合成された、だが確かに聞き覚えのある、あの男の声だった。
『……素晴らしいロジックだ、特別未解決事件分析室。私の遺産を、そこまで解析するとは。……次の現場で待っているよ、神谷悠真』
ブツリ、と電話が切れる。
神谷は静かに立ち上がり、黒い革手袋を右手に嵌めた。
神谷「行きましょう。……たとえ相手が死者であろうとも、AIであろうとも。人は嘘をつく。だが、現場のログは嘘をつかない」
(第4話・完)




