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冷酷公爵との新婚生活を未来視したら、なぜか溺愛されていました  作者: 岸根しき


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6話 未来を変えるためについていきます

 火事の未来視を見て以来、私は不安を拭えずにいた。


 けれど、いくら屋敷を調べても、それらしい場所は見当たらない。


 そもそも、梁が崩れ落ちるほどの大火事となれば、どこで起きてもおかしくないのだ。


(なんて役に立たない能力なの……)


 不安と焦りで、夜もよく眠れない日々が続く。


 そんな中、クラウス様が領内の視察へ出ることが決まった。


 広大な領地を治める公爵として、定期的な視察は当然のこと。


(でも、なんてタイミングが悪いの……!)


(もしかしたら、あの火事は視察先で起こるのかもしれない)


 そう考えた私は、クラウス様に同行を申し出た。


「ダメだ。お前は残れ」


 恒例の食後の散歩中、私の願いはあっさり却下された。


「どうしてですか?」


「最近、顔色が悪い。あまり眠れていないんじゃないか」


 ……確かに、最近は眠りが浅い。


 でも、今日からちゃんと寝れば問題ないはず……!


「大丈夫です! それに私、クラウス様と一緒にいたいんです!」


 するとクラウス様は一瞬ぴくりと固まり、すぐに小さく息をついた。


「……視察先までは、馬車で長旅になる。負担が大きい。今回は諦めろ」


「でも!」


「リディア」


 ぴしゃりと響く、低く冷静な声。


 クラウス様も、なかなかに頑固だ。


 それ以上は何を言っても無駄だと悟り、私は渋々引き下がった。


(――表向きは、ね)


(だからって、大人しく待っているつもりは、ないんだから)



 クラウス様が視察に出発する当日。


 私は、使用人たちの馬車に乗っていた。


 使用人のお仕着せを借り、髪を簡単にまとめて、帽子を深く被る。


 そう――変装して、視察隊に紛れ込んだのだ。


(我ながら、完璧!)


 視察隊の騎士や使用人たちは忙しく、新顔の使用人などいちいち気にしない。


(……警備、緩くない? まあ、好都合だからいいけど)


 ――このときの私は、まだ知らなかった。


 この“完璧な変装”が、まったく完璧ではなかったことを。



 視察隊が中継地点の街へ到着すると、一面の雪景色が広がっていた。


 屋根には厚く雪が積もり、人々は毛皮のコートを羽織って忙しなく行き交っている。


 市場では、凍った野菜や薪を売る商人たちの声が響いていた。


 子どもたちは寒さの中でも元気に雪玉を投げ合い、楽しげな声が街に広がっている。


 私は視察隊に混ざり、荷ほどきを手伝っていた。


 冬の間に村へ支給される毛布や食糧を整理していると――聞き覚えのある低い声がした。


「リディア」


 振り向かなくても、わかる。クラウス様だった。


(えっ、なんで!? バレた!?)


 私は顔を見られないように下を向く。けれど、クラウス様は無言のまま、じっとこちらを見ている。


 沈黙に耐えられず、ちらりと見上げた。


 ……怒ってる……。


「……どうして、ついてきた」


「えっと……その……」


 誤魔化せないと悟った私は、しゅんとしながらも正直に答えた。


「クラウス様と、離れたくなくて……」


 その瞬間、クラウス様の眉間の皺がさらに深くなり、盛大なため息をつかれた。


「……俺のそばから、離れるなよ」


 低く囁かれた声に、さきほどまでの怒気はもう感じられない。


「一緒にいてもいいんですか!」


 思わず嬉しくなって、私はクラウス様に抱きついた。


 少しの間離れていただけなのに、寂しかったのだ。


「……ちなみに、いつから気づいていらしたんですか? 完璧な変装だったのに」


「屋敷の馬車に乗り込んだときからだ」


「最初からじゃないですか!!」


 つまり、知っていて泳がされていたらしい。


(警備が緩かったんじゃなくて、通されてたのね……!)


 どうやら、下手に送り返して目の届かない場所で何かされるより、そばに置くほうがマシ――というご判断だったようだ。


(それはそれで、信用がない気がするけど……まあ、いいわ!)


(ずっと一緒にいれば、あの火事の未来だって変わるかもしれないもの)


 未来視は、私の行動で変わる。


 ここまで火の気を避けるように行動してきたし、もう未来は変わったかもしれない。


 そう思ったそのとき。


「きゃああああっ!」


 子供の悲鳴が、響き渡った。


 慌てて駆けつけると、古びた建物から子どもたちが飛び出してくるところだった。


 建物からは黒い煙が立ち昇り、窓の奥で赤い炎がゆらゆらと揺れている。


 雪の積もるこの時期、あの建物は子供たちの隠れ家になっていたらしい。


 寒さを凌ごうと、大人の真似をして室内で焚き火をしていたようだ。


 親たちはパニックに陥り、クラウス様は即座に消火の指示を飛ばしていく。


 公爵である彼は現場の取りまとめに追われていて、火の中に飛び込むような様子はない。


 ちらちらと降る雪が、炎に呑まれて消えていく。


(きっと、大丈夫……)


 私はクラウス様の邪魔にならないよう、少し離れた場所で消火の様子を見守った。


 ――そのとき。


 クラウス様の視線とは反対側、燃える建物のそばで、小さな影が揺れた気がした。


 瞼の裏に、光の粒がちらつく。ふわりと意識をさらう、未来の断片。


 ――燃え盛る炎。


 渦を巻く、黒い煙。


 倒れた子供を抱き上げる、クラウス様。


 煙を避けるように身を低くした瞬間――梁が、軋む。


 崩落。


 火を纏った木材が、轟音とともにクラウス様の背を襲う。


「――っ!」


 未来視から覚めた私は、咄嗟にクラウス様を見た。


 彼は指示に追われていて、まだ気づいていない。


 燃え盛る建物のすぐそば、雪の上に倒れている小さな子ども。


(建物からは逃げ出せたけれど、煙を吸って倒れてしまったんだ……)


(クラウス様に知らせれば、きっとご本人が行ってしまう。あの未来の通りに――行かせちゃダメ。でも……)


(騎士たちも消火で手一杯。誰も気づいていない。あの子はまだ三歳くらい……私にも、抱えられるはず)


(未来視は、変えられる。私が行けば、クラウス様は助かる!)


 そう思った瞬間には、身体が勝手に動いていた。


「リディア!」


 背後から、クラウス様の声が聞こえた。



 使用人の服を着ていたのは正解だった。ドレスだったら、重くて走れなかっただろう。


 ――でも、意識のない人間が、こんなに重いなんて。


 貴族令嬢の私には、子供ひとりとはいえ、抱えて走るのは容易ではなかった。


 そのとき――ごう、と熱風が吹きつけた。


 燃える壁が、めきめきと音を立てて、梁ごとこちらへ倒れ込んでくる。


(あ……ダメ、だ――!)


 子供を庇って、ぎゅっと目を閉じた瞬間――強い腕に、引き寄せられた。


 ……熱くない。痛くもない。


 恐る恐る目を開けると、目の前には、クラウス様の背中があった。


「クラウス様……?」


 クラウス様は、左腕一本で、崩れ落ちてきた梁を支えていた。


 その腕から、鮮やかな血が滴っている。


「クラウス様!!」


 叫ぶように名を呼ぶ。けれど彼は、表情ひとつ変えずに梁を押しのけた。


「リディア。子供を、しっかり抱いてろ」


 低く、けれど優しい声。


 次の瞬間、私は子供を抱えたまま、クラウス様の腕の中で宙に浮いていた。


 一気に、外へ駆け抜ける。炎の熱気が背を追うが、彼の腕は決して揺るがない。


 雪の冷たい外気が、一気に私を包み込んだ。


「……っ」


 安全な場所へ辿り着いたとき、私は震える声で呟いた。


「……すみません……私の、せいで……」


 結局、クラウス様を傷つけてしまった。


(未来は、変わったはずなのに……変わっても、結局クラウス様が傷つくなんて)


(こんな未来視、全然、役に立たないじゃない……)


お読みいただき、ありがとうございます!

未来を変えるために動いたはずなのに、結局クラウス様を傷つけてしまったリディア。

しかし、未来視があったからこそ救えた命もありました。

次回、最終話です。

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