6話 未来を変えるためについていきます
火事の未来視を見て以来、私は不安を拭えずにいた。
けれど、いくら屋敷を調べても、それらしい場所は見当たらない。
そもそも、梁が崩れ落ちるほどの大火事となれば、どこで起きてもおかしくないのだ。
(なんて役に立たない能力なの……)
不安と焦りで、夜もよく眠れない日々が続く。
そんな中、クラウス様が領内の視察へ出ることが決まった。
広大な領地を治める公爵として、定期的な視察は当然のこと。
(でも、なんてタイミングが悪いの……!)
(もしかしたら、あの火事は視察先で起こるのかもしれない)
そう考えた私は、クラウス様に同行を申し出た。
「ダメだ。お前は残れ」
恒例の食後の散歩中、私の願いはあっさり却下された。
「どうしてですか?」
「最近、顔色が悪い。あまり眠れていないんじゃないか」
……確かに、最近は眠りが浅い。
でも、今日からちゃんと寝れば問題ないはず……!
「大丈夫です! それに私、クラウス様と一緒にいたいんです!」
するとクラウス様は一瞬ぴくりと固まり、すぐに小さく息をついた。
「……視察先までは、馬車で長旅になる。負担が大きい。今回は諦めろ」
「でも!」
「リディア」
ぴしゃりと響く、低く冷静な声。
クラウス様も、なかなかに頑固だ。
それ以上は何を言っても無駄だと悟り、私は渋々引き下がった。
(――表向きは、ね)
(だからって、大人しく待っているつもりは、ないんだから)
◆
クラウス様が視察に出発する当日。
私は、使用人たちの馬車に乗っていた。
使用人のお仕着せを借り、髪を簡単にまとめて、帽子を深く被る。
そう――変装して、視察隊に紛れ込んだのだ。
(我ながら、完璧!)
視察隊の騎士や使用人たちは忙しく、新顔の使用人などいちいち気にしない。
(……警備、緩くない? まあ、好都合だからいいけど)
――このときの私は、まだ知らなかった。
この“完璧な変装”が、まったく完璧ではなかったことを。
◆
視察隊が中継地点の街へ到着すると、一面の雪景色が広がっていた。
屋根には厚く雪が積もり、人々は毛皮のコートを羽織って忙しなく行き交っている。
市場では、凍った野菜や薪を売る商人たちの声が響いていた。
子どもたちは寒さの中でも元気に雪玉を投げ合い、楽しげな声が街に広がっている。
私は視察隊に混ざり、荷ほどきを手伝っていた。
冬の間に村へ支給される毛布や食糧を整理していると――聞き覚えのある低い声がした。
「リディア」
振り向かなくても、わかる。クラウス様だった。
(えっ、なんで!? バレた!?)
私は顔を見られないように下を向く。けれど、クラウス様は無言のまま、じっとこちらを見ている。
沈黙に耐えられず、ちらりと見上げた。
……怒ってる……。
「……どうして、ついてきた」
「えっと……その……」
誤魔化せないと悟った私は、しゅんとしながらも正直に答えた。
「クラウス様と、離れたくなくて……」
その瞬間、クラウス様の眉間の皺がさらに深くなり、盛大なため息をつかれた。
「……俺のそばから、離れるなよ」
低く囁かれた声に、さきほどまでの怒気はもう感じられない。
「一緒にいてもいいんですか!」
思わず嬉しくなって、私はクラウス様に抱きついた。
少しの間離れていただけなのに、寂しかったのだ。
「……ちなみに、いつから気づいていらしたんですか? 完璧な変装だったのに」
「屋敷の馬車に乗り込んだときからだ」
「最初からじゃないですか!!」
つまり、知っていて泳がされていたらしい。
(警備が緩かったんじゃなくて、通されてたのね……!)
どうやら、下手に送り返して目の届かない場所で何かされるより、そばに置くほうがマシ――というご判断だったようだ。
(それはそれで、信用がない気がするけど……まあ、いいわ!)
(ずっと一緒にいれば、あの火事の未来だって変わるかもしれないもの)
未来視は、私の行動で変わる。
ここまで火の気を避けるように行動してきたし、もう未来は変わったかもしれない。
そう思ったそのとき。
「きゃああああっ!」
子供の悲鳴が、響き渡った。
慌てて駆けつけると、古びた建物から子どもたちが飛び出してくるところだった。
建物からは黒い煙が立ち昇り、窓の奥で赤い炎がゆらゆらと揺れている。
雪の積もるこの時期、あの建物は子供たちの隠れ家になっていたらしい。
寒さを凌ごうと、大人の真似をして室内で焚き火をしていたようだ。
親たちはパニックに陥り、クラウス様は即座に消火の指示を飛ばしていく。
公爵である彼は現場の取りまとめに追われていて、火の中に飛び込むような様子はない。
ちらちらと降る雪が、炎に呑まれて消えていく。
(きっと、大丈夫……)
私はクラウス様の邪魔にならないよう、少し離れた場所で消火の様子を見守った。
――そのとき。
クラウス様の視線とは反対側、燃える建物のそばで、小さな影が揺れた気がした。
瞼の裏に、光の粒がちらつく。ふわりと意識をさらう、未来の断片。
――燃え盛る炎。
渦を巻く、黒い煙。
倒れた子供を抱き上げる、クラウス様。
煙を避けるように身を低くした瞬間――梁が、軋む。
崩落。
火を纏った木材が、轟音とともにクラウス様の背を襲う。
「――っ!」
未来視から覚めた私は、咄嗟にクラウス様を見た。
彼は指示に追われていて、まだ気づいていない。
燃え盛る建物のすぐそば、雪の上に倒れている小さな子ども。
(建物からは逃げ出せたけれど、煙を吸って倒れてしまったんだ……)
(クラウス様に知らせれば、きっとご本人が行ってしまう。あの未来の通りに――行かせちゃダメ。でも……)
(騎士たちも消火で手一杯。誰も気づいていない。あの子はまだ三歳くらい……私にも、抱えられるはず)
(未来視は、変えられる。私が行けば、クラウス様は助かる!)
そう思った瞬間には、身体が勝手に動いていた。
「リディア!」
背後から、クラウス様の声が聞こえた。
◆
使用人の服を着ていたのは正解だった。ドレスだったら、重くて走れなかっただろう。
――でも、意識のない人間が、こんなに重いなんて。
貴族令嬢の私には、子供ひとりとはいえ、抱えて走るのは容易ではなかった。
そのとき――ごう、と熱風が吹きつけた。
燃える壁が、めきめきと音を立てて、梁ごとこちらへ倒れ込んでくる。
(あ……ダメ、だ――!)
子供を庇って、ぎゅっと目を閉じた瞬間――強い腕に、引き寄せられた。
……熱くない。痛くもない。
恐る恐る目を開けると、目の前には、クラウス様の背中があった。
「クラウス様……?」
クラウス様は、左腕一本で、崩れ落ちてきた梁を支えていた。
その腕から、鮮やかな血が滴っている。
「クラウス様!!」
叫ぶように名を呼ぶ。けれど彼は、表情ひとつ変えずに梁を押しのけた。
「リディア。子供を、しっかり抱いてろ」
低く、けれど優しい声。
次の瞬間、私は子供を抱えたまま、クラウス様の腕の中で宙に浮いていた。
一気に、外へ駆け抜ける。炎の熱気が背を追うが、彼の腕は決して揺るがない。
雪の冷たい外気が、一気に私を包み込んだ。
「……っ」
安全な場所へ辿り着いたとき、私は震える声で呟いた。
「……すみません……私の、せいで……」
結局、クラウス様を傷つけてしまった。
(未来は、変わったはずなのに……変わっても、結局クラウス様が傷つくなんて)
(こんな未来視、全然、役に立たないじゃない……)
お読みいただき、ありがとうございます!
未来を変えるために動いたはずなのに、結局クラウス様を傷つけてしまったリディア。
しかし、未来視があったからこそ救えた命もありました。
次回、最終話です。




