最終話 冷酷公爵が私にメロメロでした
火災に早く気づけたのが、不幸中の幸いだった。
延焼もなく、被害は最小限で済んだ。
けれど、クラウス様はその後の処理に追われている。
(「俺のそばから離れるな」……そう言われたのに、私は、足手まといにしかなれなかった)
居たたまれなくなって、私は静かに宿舎の外へ出た。
◆
冷たい空気が、肌を刺す。
見上げれば、夜空には星が瞬き、静かに雪が舞っていた。
白銀の世界は美しく、すべてを包み込むようで。
ふっと息を吐くと、白い吐息が儚く散っていった。
(勝手についてきて、勝手に飛び出して……溺愛どころか、嫌われるほうが先よね……)
そう思うと鼻の奥がつんとして、涙がこぼれそうになる。
冷え切った風が、頬を撫でた。
「ここにいたのか」
振り向くと、そこにはクラウス様がいた。
少し息を切らしているのは――私を、探してくれたから?
また迷惑をかけてしまった罪悪感と、ほんの少しの嬉しさで、胸がぎゅっとなる。
「クラウス様……腕は、大丈夫ですか」
私のせいで傷ついた左腕には、包帯が巻かれていた。
「こんなもの、かすり傷だ。問題ない」
そう言いながら、彼は私の頬にそっと手を添えた。
「……君こそ、大丈夫か」
氷のように冷たい外気とは対照的な、とても温かい手。
私の無事を確かめるように、ゆっくりと頬を撫でる。
私は下を向いて、唇を噛みしめた。
「クラウス様、私……すみません。勝手なことばかり、して……」
その言葉に、クラウス様の瞳が揺れる。
「――心配した」
次の瞬間、私はクラウス様の腕の中にいた。
力強く、けれど優しい抱擁。
「君は無鉄砲で、後先も考えない」
静かな夜に、クラウス様の低い声が響く。
「真っ直ぐで、芯があって、ときどき抜けていて……」
抱きしめる腕が、僅かに力を増す。
俯いていた顔を上げると、彼は――ふわりと、笑った。
「俺をからかうのは、君だけだ」
初めて見るその笑顔に、鼻の奥がつんとする。
「……俺はもう、君がいないと生きていけない」
冷えた身体の奥から、温かいものが満ちてくる。
「リディア。……君が、無事でよかった」
クラウス様の声が、夜風に溶ける。
そして――
「愛してる」
その囁きが、静かに耳をくすぐった。
――雪。
静かに降り積もる、白銀の世界。
その中心で、私を抱きしめて微笑む、クラウス様。
(……あ)
(これ……あの日、最初に視た未来だ)
ゆっくりと、クラウス様の顔が近づいてきて。
舞い落ちる雪の中、私たちの唇が、そっと重なった。
◆
その後、私は熱を出して、三日ほど寝込んだ。
最後の最後まで迷惑をかける自分が、我ながら情けない。
今は熱も引いて、ベッドで静養しているのだけれど……。
「ほら、リディア。口を開けて」
クラウス様がスプーンを手に、私の口元へ運んでくる。
「あの……一人で食べられます……」
そう言ってみるものの、彼はまったく聞く耳を持たない。
(聞こえていないのか、聞こえないふりなのか……)
想いが通じ合ってから、クラウス様は、とんでもなく過保護になった。
書斎で仕事中にも膝の上に乗せようとするし、夜になれば当然のように抱きしめて眠る。
“氷の公爵”だったはずなのに、これではまるで――“溺愛公爵”だ。
その変化に戸惑いつつも、心の奥底では、幸福を噛みしめている。
口数は少ないのに、言葉の端々から滲む執着と甘やかしぶりに、思わず頬が緩んでしまう。
大人しく雛鳥のように食事の世話をされていると、ふと、気づいた。
(……私、まだ伝えていなかった)
「……クラウス様」
姿勢を正して、彼のほうを見る。
名前を呼ぶと、スプーンを持つ手がぴたりと止まった。
「……なんだ」
ほんの少し、不安そうに揺れる瞳。
そんな彼が可愛くて、私は少し身を乗り出し、彼の肩に手を添える。
そして、その頬に、そっと唇を落とした。
ふわりと触れるだけの、キス。
クラウス様の身体が固まり、灰色の瞳が大きく揺れる。
「――私も、愛してます」
その瞬間、強く引き寄せられ、抱きしめられた。
(……ちょっと苦しいくらいだけど……ふふ)
未来視は、確定された運命じゃない。
私の行動次第で、いくらでも変わる。
だったら――この幸せな未来だけは、絶対に手放さない。
クラウス様の腕の中で、私はそっと微笑んだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
不器用な“氷の公爵”と前向きなリディアの物語を、最後まで楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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明日からは『条件に合う花嫁を探してほしいと言われましたが、最後に残ったのは私でした』を連載します✨




