2話 塩対応すぎる婚約者
「クラウス・ベルンハルトです」
顔合わせの席。目の前に立っていたのは、噂通りの冷たい雰囲気をまとった男だった。
銀色の髪に、氷のように冷たい灰色の瞳。
長身で、鍛えられた体躯。
鋭い眼差しは、一瞬たりとも隙を見せない。
――うん、完璧に“氷の公爵”だ。
だけど、そんな彼が、未来では私を抱きしめて甘やかすなんて……。
(え、こんな人が私を溺愛する未来……?)
正直、想像できない。
とはいえ、私だって自分がそう悪くないことは知っている。貴族の娘としてきちんと教育を受けてきたし、鏡を見るたび「そこそこ可愛い」と思うことくらいある。求婚状だって来ていた。
淡い琥珀色の瞳に、手入れの行き届いた栗色の髪は、柔らかくゆるいウェーブを描いている。
スタイルだって、王都の貴婦人たちと比べて見劣りはしないはず。
……それでも、釣り合い、取れなくない?
だって彼の容姿ときたら、「彫刻のような美しさ」と評されるほど完璧で、街中で見かけたら誰もが振り返るレベル。
そんな彼が、私に惚れ込んで溺愛する未来があるなんて――いやいやいや、普通に考えておかしくない!?
(本当にあの未来が実現するの? それとも、何かのバグ!?)
疑問は尽きないけれど、未来視が見せたのなら、可能性はゼロじゃない。
だったら、楽しんでみるしかないでしょう!
私はにっこりと微笑んで、初対面の婚約者に向き直った。
「はじめまして、リディア・カートレットと申します」
彼は私を一瞥しただけで、そっけなく「ああ」と短く返した。
――はい、塩対応いただきました!
(でもね、公爵様。私は知ってるのよ……!)
(数年後にはあなた、私にメロメロになってるんだから!)
心の中でにやりと笑いながら、私は未来の“溺愛公爵”を目指して、最初の一歩を踏み出した。
◆
婚約が決まってから、私は「氷の公爵を溺愛公爵にする計画」を実行しようと意気込んでいた。
まずは、できる限り会って距離を縮めよう! と思い、何度かベルンハルト公爵家に出向いたのだけれど――
「公爵様は軍務に出ております」
「公爵様は会議中です」
「公爵様は執務室にこもっておられます」
「公爵様は本日はご多忙につき……」
……会えない。全然会えない。
(執務室にこもっているなら、いるじゃない!!)
(というか、婚約者と一度も会話できないって、どういうこと!?)
せめて文通でも、と思い、書簡を送ってみる。
――返信なし。
それどころか、私からの手紙には侍従が代筆した返信が返ってきた。
しかも内容は「公爵様のご多忙をお察しください」とのこと。
(お察しください、じゃないわよ!!)
普通、婚約期間ってもっと交流を深めるものじゃないの!?
結局、直接顔を合わせられたのは、あの顔合わせの一度きり。
まともな会話のひとつもないまま――
気づけば、結婚式だった。
◆
結婚式は、王宮で盛大に執り行われた。
純白のドレスをまとった私と、黒の正装のクラウス様が、祭壇の前に並ぶ。
並ぶ。
ただ、並ぶ。
(いや、他に何かリアクションはないの!?)
クラウス様は式の間ずっと無表情で、誓いの言葉も淡々と述べるだけ。
周囲の貴族たちが「氷の公爵らしい」「まさに公務としての結婚だな」などと囁いているのが聞こえてくる。
(いやいやいや! もうちょっと、何かこう……!)
誓いのキスの瞬間も、私は期待半分、不安半分で待っていた。
――が。
クラウス様は静かに私の手を取ると、その甲にほんの軽く唇を落としただけで終わった。
(えっ、キスこれだけ!? 本当に!?)
確かに、格式高い結婚式ではそういう作法もあるけれど……。
でも、未来視ではあんなに甘く抱きしめられていたのに!?
(ここで一歩くらい、踏み込んでもいいのでは!?)
あの未来視自体、ただの夢だったのかもしれない。
そう思ってしまうほど、クラウス様は“氷の公爵”――もとい、“氷壁”の公爵だった。
お読みいただき、ありがとうございます!
未来では私にメロメロになるはずなのに、現実のクラウス様は想像以上の塩対応でした。
まともに会話もしないまま夫婦になった二人。
次回は、いよいよ初夜を迎えます。




