第4話
「今宵は、我が弟アレクサンダーが戦から勝利を持って帰還した。それの祝いの宴だ。皆で勝利を喜び、アレクサンダーを称えようではないか」
後日、凱旋パーティーが開かれ、国王のひと声と共にパーティーが始まった。
歓声が上がり、音楽が奏で始める。
皆、此度の戦の英雄であるアレクサンダーに話しかけたい所なのだが、雰囲気が恐ろしくてどうも人が寄り付いていない。
その様子を見て、思わず笑ってしまったのは王太子妃であるアドルフィーネだ。
娘達を連れて、アレクサンダーに微笑みながら近付く。
「殿下、相変わらずの空気感ですね」
彼女はくすりと笑いながら述べた。
「これは、妃殿下。ご機嫌麗しく」
アレクサンダーは当たり障りのないよう、答える。
彼女の娘達は、彼が怖いのか母親のドレスを掴みながら彼女の背後でアレクサンダーをちらちらと見るだけ。
アレクサンダーは別に怒ることもなく、しゃがむと王女達に目線を合わせる。
そういうことが自然に出来るのが、彼の良いところだとアドルフィーネは思っていた。
彼は、見た目と雰囲気が怖いだけ。
「お久しぶりです、アナリーゼ殿下。アロイシス殿下」
出来るだけ優しく微笑みながら、アレクサンダーは王女達に挨拶する。
彼女達は、うんうんと頷く。
「今日はお楽しみください」
アレクサンダーは第一王女のアナリーゼの頭を撫でてから、立ち上がった。
「妃殿下。少しお聞きしたいことが」
彼はアドルフィーネを見つめる。
「ええ、何でしょう?私が分かることでしたら、何なりと」
「あー、ベルンハルト公爵令嬢はどちらに?」
アレクサンダーは尋ねる。
「フランツェスカですか?来ていますよ。少し、変装していますが」
彼女は答える。
「変装、ですか?顔を変えているということですか」
アレクサンダーは辺りを見回しながら尋ねる。
「そうですね、顔を変えているというよりかは顔を隠していると言った方が良いですか」
彼女は苦笑しながら答える。
「彼女の見た目ではすぐにバレてしまいますから」
「そうでしょうとも。あの顔立ちでは一目で見つけられますし」
「そうでしょう?ですから、顔を隠している彼女を見つけてみてください。あら、そろそろ余興の時間ですわ」
彼女は国王が手を上げたのを見て、余興が始まることを知らせる。
「今、巷で流行りのベール姫による剣舞だ。皆、とくと楽しむが良い」
そのひと声に身を乗り出すのは王太子だった。その様子を見て、アドルフィーネは呆れた息を吐く。
「祝勝凱旋パーティーなのですから、殿下もご覧になってくださいませ」
彼女はアレクサンダーを誘う。彼はあまり興味がないのか、酒を飲もうとしていたところだった。
ベール姫と呼ばれた女性がゆっくりと広間に姿を現す。薄いピンクのベールを顔にかけており、表情や素顔は全く見えない。
衣装は踊り子のような軽装。お腹は出さないような衣装になっているが、肩ははだけている。だが、肌を見せないように薄い長めのショールを羽織っている。上から下まで薄いピンク色で揃えてある。
手には一振りの剣を持って、彼女は中央まで歩くとぐるりと辺りを見回し、そして止まった。
「っ」
アレクサンダーは思わず目を瞬く。
自分を見られている気がする。ベールの向こうで自分を見つめているかのような視線を感じた。
「………ベール姫、ですか」
アレクサンダーは呟く。
「そうです。巷で人気のベール姫です。踊り、歌、楽器をこなす才女。貴族の邸に招かれ、希望のものをこなします。因みに彼女の刺繍は一級品で、オーダーメイドで注文を受け付けていますよ」
アドルフィーネは説明した。
すぐに音楽が鳴り始める。それに合わせ、ベール姫が舞う。
「殿下、どうですか」
彼女はベール姫の舞を見ながら、アレクサンダーに声をかける。
彼は目を見張る。あの剣は模造刀。だが、あの柄飾りは見たことがある。
「名前はご存知なのですか」
彼はアドルフィーネに尋ねる。
「誰も名前も素性も知らないのです。貴族令嬢なのか、庶民なのかも不明です」
彼女は答える。
相変わらず、ベール姫の剣舞は洗練された美しさがあるな、と惚れ惚れしているアドルフィーネ。だから、王太子は彼女に惚れていた。正体不明なものに惹かれるのは性なのだろう。
「どうでしょう?素敵でしょう?」
「ええ、確かに」
アレクサンダーは頷く。
その言葉に後ろに控えていたウォルバートが少し驚く。
女性を公然の場で褒めることなど殆ど無いのに。フランツェスカ嬢といい、前代未聞である。
「そう言えば」
アレクサンダーは剣舞を見ながら口を開く。
「ベルンハルト公爵令嬢とは貴族学院からの友人だとか」
「……」
その言葉にアドルフィーネは目を瞬きつつも、笑顔で口を開いた。
彼女のことを調べたのだろうか、と勘繰る。
「ええ。フランツェスカとは今も付き合いがあります。この子達も彼女のことは大好きで」
彼女は娘達の方をチラと見ながら、そう答えた。
「たまに王宮にも呼んだり致します。その機会に殿下にもお声掛け致しましょうか」
彼女はアレクサンダーの表情を見ながら、提案してみる。
あの王弟が自分の友人に興味を持つなんて。もしかしたら、もしかするかもしれない、なんて思うアドルフィーネ。
「もし、私がお邪魔でなければ」
アレクサンダーはそう答える。
「邪魔だなんて。フランツェスカも喜びます。昔から、殿下のように強くなりたいと言っていたくらい、憧れの存在ですから」
彼女は笑顔で答えた。
その言葉にアレクサンダーは目を少しだけ見開いた。
「そう、ですか」
だから、あんなに気さくに寄ってくるのだろうか、とつい思考する。何というか怖いものなさは感じる。
それに女性特有の媚びへつらう感じがないので、自分も普通に接することが出来るのだろうなと納得する。
「殿下と友人になれるのであれば、彼女は大変喜ぶかと」
アドルフィーネは笑顔で告げる。
「あー、まあ、そう、ですね」
アレクサンダーは歯切れ悪くそう答えた。もう友人であるとわざわざ伝える必要もない。
そうこうしている内に剣舞が終わった。すると拍手喝采が起こり、ベール姫は四方へと頭を下げることで感謝を示す。
そして、最後にアレクサンダーを少しだけ長く見つめたあと、頭を下げて広間を辞した。
すると、広間はベール姫の話題で持ちきりになる。
1週間前は我が邸に来たのだと自慢する者、ベール姫が経営する店で子供服の刺繍をお願いしたとか、求婚相手に刺繍をしたハンカチをプレゼントしたとか、ありとあらゆるベール姫に関する話が登場する。
様々な人物が彼女のことを話すので、否応なくその話題が耳に入ってくるアレクサンダー。
「ベール姫とはそんなに凄い人物なのですか」
彼は思わずアドルフィーネに尋ねた。
「ええ。彼女の刺繍は一級品だと言いましたでしょう?ですが、注文するのに高額な値段を取られます。まあ、それに見合った物をつくるだけの腕がありますから問題はないのですが。ですが、下級貴族達が手を出せる値段ではないのです。ですので、結婚の条件にベール姫のつくった物を、と婚約者にねだる令嬢が多々います。それくらいの甲斐性を見せろ、という風潮があるほどです」
彼女はくすくすと笑いながら答えた。
本当にベール姫はいい商売をしている、とつくづく思う。
「ふむ。なるほど」
アレクサンダーは顎に手をやり、頷いた。
「いやはや、面白い」
彼は少しだけ口角を上げて、そう呟いた。




