第3話
「フラン、ツェスカ嬢」
アレクサンダーが彼女を呼ぶとき、どうしても詰まってしまう。
その度に、彼女は笑ってしまった。
「そんなに呼びにくいのであれば、フランでも構いませんよ」
フランツェスカは提案してみる。
「いや、流石にそれは」
アレクサンダーは苦い顔になる。
「男装のときはフランで構いません」
アレクサンダーはどう呼ぼうか考えてみるが、思いつかなかったのでストレートに聞いてみた。
「愛称は何なんだ」
その問いにウォルバートは呆れた顔になる。
「フランカ、と呼ばれております」
「フランカ。それなら、呼びやすい」
彼は苦笑しながら答えた。
「殿下。そういった仲だと思われますよ。ご令嬢にも失礼では」
アレクサンダーの後ろに控えていたウォルバートが口を挟む。
「それならアレックスもだろう。別に公の場ではちゃんとフラン、ツェスカ嬢と呼ぶさ」
彼は答えた。
「ええ。私もきちんとアレクサンダー殿下とお呼びします」
フランツェスカもウォルバートに向かって答える。
「ウォルバート様」
フランツェスカは側近の名を呼ぶ。
「はい。何でしょうか」
ウォルバートと呼ばれた彼は、警戒したように彼女を見る。
「殿下は本当に今日王宮に帰らなくても構わないのですか」
「……まあ、別に。公爵家に寄るとは通達していますので、問題はありません」
ウォルバートは答える。
「そうならば、よろしいのですが」
フランツェスカは答え、湯殿まで案内すると、部屋までは執事が案内すると説明する。
「宜しければ、後ほどお部屋にお伺いしても構いませんか?」
彼女はイタズラっ子のような表情をして、尋ねる。
「淑女は男性の部屋に行きませんよ」
ウォルバートは言う。
「男装してお伺いします。それならば、問題ないでしょう?語らいませんか」
フランツェスカは、アレクサンダーにそう言った。
「俺のことは怖くないのか」
アレクサンダーは思わず尋ねる。
「今更では?あちらで一緒に過ごした仲でしょう?」
フランツェスカは答える。
「俺は君の首を絞めたぞ」
「過ぎたことですよ」
彼女はからりと笑って答えた。別にあれは仕方がないことだった。警戒しているアレクサンダーに近付いたのだから、攻撃されることも必然。
「私は勝手に殿下のことを戦友と思っております。このまま仲良くさせて頂くことは、不敬でしょうか」
彼女は少し寂しそうな目をして告げた。
「………構わない」
アレクサンダーはそう言うものの、ウォルバートはまだ警戒している。
「それでは、また後ほど」
フランツェスカは嬉しそうに微笑むと、その場を去って行く。
その後ろ姿を見ながら、ウォルバートは口を開く。
「殿下を誑かそうとしているやもしれませんよ」
「お前、まだ言うか」
アレクサンダーは呆れたように突っ込む。
「命を助けてもらったのはお前もだろう」
主人にそう言われ、ウォルバートは口を引き結ぶ。
男装した彼女率いる隊が来てくれなければ、確かに死んでいただろう。
フランは戦況を理解し、指示を出し、持てる知識を使って薬もつくり、治療も手伝ってくれたのだ。
「殿下はどうするおつもりなのですか」
ウォルバートは静かに尋ねる。
「何もしない。普通に対応する」
アレクサンダーは答えた。
「普通に、ですか」
ウォルバートは繰り返す。
もう十分、普通の対応ではないのだが。
彼が女性と普通に話をすること自体、珍しいのだ。第一、雰囲気が怖くて女性達は近寄っては来ない。寄ってくるのは、大抵王弟の嫁という立場を狙う者くらい。
「誑かすつもりのある奴が、男装して来ないだろう」
アレクサンダーはそう言うと、ウォルバートに背を向け、風呂に向かうのだった。
♢
空いている上等な客室で、アレクサンダーは頬杖をついて目の前に座るフランツェスカをじっくりと観察していた。
「………なにか、私の顔についていますか」
フランツェスカは盤から顔を上げることなく、そう問いかける。
彼女達はチェスを対戦しており、現在フランツェスカの長考中であった。
「いや。その服装をされると男だな、と感心していた」
アレクサンダーは答える。
「良かったです。こちらの方が楽ですから」
フランツェスカはそう答え、考え抜いた一手を指す。
そうして、近くにあった酒を少し流しこみ、アレクサンダーを見つめる。
「殿下こそ、格好いいですよね。羨ましいです」
「?なにがだ」
「少し鍛えるだけでもつく筋肉。羨ましいです。殿下と手合わせしたいですが、すぐ負けそうなのが目に見えていて嫌です」
フランツェスカは、ぶすっと少し不貞腐れたような顔で告げた。
「よく言う。殺気にも気付いていたし、咄嗟に取れる行動も優秀だ。十分に強いだろう」
アレクサンダーは言う。
聞いていたウォルバートは、彼が他人を褒めるなんて珍しいと思った。
「殿下に褒めてもらえるだけで嬉しくは思いますが、剣の腕がまだまだなのは自分でも分かっています」
フランツェスカは答える。
「だが、兵法や薬学にも通じていた。もし可能なら、褒賞を与えることも出来るがどうする」
アレクサンダーは尋ねる。
自分が兄である国王に進言すれば、フランという騎士は褒賞を受けることが出来るだろう。
「要らないです。あの時は、殿下を死なせない為に向かっただけですから」
フランツェスカはそう答えた。
「……その言い方ですと、戦の結果はどうでも良かったと捉えられますが」
ウォルバートが少し彼女を睨みながら口を挟んだ。
「失言でした。違うのです。殿下が死んでしまうと、この国は終わると分かっていますから」
フランツェスカも彼を見つめ返しながら、そう答えた。
先程アレクサンダーが駒を動かし、ほぼチェックしかけの状態。
フランツェスカはまた考え込む。
「どうして、ですか」
ウォルバートは聞き返す。
「だって、王太子殿下は愚息じゃないですか」
フランツェスカは何のためらいもなく、そう答えた。
その言葉に、ウォルバートは剣を抜き、彼女に剣先を向ける。
「王族を愚弄するならば、処刑ですよ」
「まさか。愚弄など。事実を言ったまでですよ」
フランツェスカは怖がることなく、彼を見つめる。
「王太子殿下に統治する実力はございません。今保っているのは、正室である第一妃のアドルフィーネ様がいるからです。ですが、王太子殿下は側室を寵愛しております。あれでは、国は立ち行きません」
彼女は現状を訴える。
「国王陛下夫妻が存命の間は良いですが、崩御され王太子殿下が即位したのち、彼を諫める者がいません。今ですら大臣達の言うことも聞けないと伺っておりますのに」
彼女は哀れみながらも呆れた息を吐く。
「彼を堂々と諫められるのはアレクサンダー殿下しかいらっしゃらないでしょう?」
彼女は前に座るアレクサンダーに視線を移す。
「………フランカはなにが望みなんだ。俺に何をして欲しいんだ」
アレクサンダーは彼女を見つめ返す。
「何も。生きていてくれるだけで構いません。それだけで十分、王太子殿下からしたら畏怖の対象ですから」
フランツェスカは少し笑って答える。
なにか要求してくるならこの関係もここまでかと思ったが、まさかの答えでアレクサンダーとウォルバートは目を瞬いた。
「私は別に王族と関わりたいとかはないですよ?」
フランツェスカはそう言いながら、駒を動かす。
やっと、何処に動かすか決まった。
「私は自由がいいです。商売もしていますので稼ぎもありますし、生きていく術はございます。なので、アレックスとこうしてお酒を飲んで語らったり、手合わせしたりするだけで人生楽しいなと思ったりします」
「どこぞの年寄りですか」
そう突っ込みながら、ウォルバートは剣をしまった。
彼女は先を見据えていた。王太子を愚弄したことは良くないが、主人を良く知っているようなことを言われ、引くしかなかった。確かに、彼女の言う通りだったからだ。
アレクサンダーがいれば、王太子を諫めながら国政を出来るだろう。変な方向に進むのを止められる。第一妃が優秀なのは知っているが、王太子が彼女を無碍にしていることも知っている。耳が痛いことを言う者は遠ざける節があるのだ。
「殿下とはお友達でいたいです。だめ、ですか?アレックス殿下」
フランツェスカは少しお願いするように彼に問いかけた。
「……いや、構わん。別に、俺もフランカといる時間は嫌ではない」
アレクサンダーは答える。
その答えに彼女はとても嬉しそうな顔をする。
「凱旋パーティーには参加致しますので、見つけてみてください」
フランツェスカはまたイタズラっ子のような表情をして、そう述べた。
「何だそれは」
アレクサンダーが眉間に皺を寄せながら尋ねる。
何故なら、長身のフランツェスカなら見つけやすいし、この目鼻立ちの容姿ならすぐに見つかるだろう。
そんな考えが透けて見えるのか、フランツェスカはくすくすと笑う。
「それより、参りました」
彼女は諸手を上げ、チェスの降参を認める。
「ああ。楽しかった。夜ももう遅い。自室に帰るといい」
「ええ。ありがとうございました。アレックス、明日はいつ出るのですか」
フランツェスカは立ち上がりながら尋ねる。
「早朝には出る。食事も不要だと伝えてある」
「そうなのですか。残念です」
彼女はそれはそれは残念そうに言った。
「凱旋パーティーには来るのだろう?楽しみにしておく」
アレクサンダーはそう言って、微笑んだ。
遅れてすいません!( ; ; )




