第2話
「だ、旦那様!お、おおお王弟殿下が!」
夕食中、邸の門番が慌てた様子で部屋に入ってきて、そう告げた。
「?」
旦那様、と呼ばれたベルンハルト公爵は、眉間に皺を寄せる。
「王弟殿下がどうしたのだ?」
「帰ってきました!」
「ああ。戦が終わったからの」
公爵はさも当たり前のことを言うな、という顔で門番を見る。
「ち、ちちち違います。そ、その、王弟殿下がこちらに来ています!」
「!?何だって!?」
公爵は驚いて目を見開きながら、立ち上がる。
「お父様、慌ててはいけません。何の御用か聞いているのですか」
公爵令嬢フランツェスカは父を落ち着かせ、門番にそう尋ねる。
「先の戦の礼を、だそうです。今、公爵家の騎士達に礼を言い、騎士達が彼の相手をしております。辺境の帰りそのままの足で寄って頂いたようです」
その答えにフランツェスカはスッと立ち上がり、口を開く。
「辺境からこの公爵邸に寄るには遠回りでしたでしょう。十分にもてなしましょう。食事も用意するとお伝えしてちょうだい。急いでいなければ、一晩泊めてあげては如何です?」
フランツェスカは父を見る。
「そうだな。すぐに色々と用意させよう。フランツェスカ、迎えに行ってくれるか」
父は言う。
「勿論ですとも」
彼女は中性的な綺麗な顔で、優しく微笑んだ。
♢
「殿下、お出迎えが遅くなってしまい申し訳ありません。ご案内致します」
フランツェスカは邸の庭で待つ王弟アレクサンダーを含めた騎士達に頭を下げる。
「いや、こちらこそすまない。先触れを出していないのはこちらだ。驚かせるつもりはなかった」
彼は、そう進み出て答える。
フランツェスカは頭を上げると、目を瞬かせた。
「………」
確かアレクサンダーの側近である人と騎士を5人ほどしか連れていなかった。
あまりにも少数すぎる。
だが、フランツェスカはそれには突っ込まず、笑顔で口を開く。
良かった。元気そうだ、と思いながら。
「急いでいらっしゃらないのであれば、お食事も寝所もご用意しております」
フランツェスカは言う。
「えっと、ご令嬢。お名前は」
彼は彼女を見て、目を瞬かせながら問うた。この中性的な綺麗な顔は。
「フランツェスカ・ベルンハルトと申します、殿下」
彼女はにっこりと答える。
「君に兄弟は?」
アレクサンダーはまっすぐ彼女を見ながら尋ねた。この背丈も見覚えがある。
「殿下。ベルンハルト公爵家は1人娘ですよ」
王弟の側近ウォルバートが、彼にこそっと告げる。
「………だとしたら……」
王弟は考えこみ、口を閉ざす。
そんな彼の様子を見ながらも、フランツェスカは微笑みながら先に口を開いた。
「殿下。此度の戦の勝利、おめでとう存じます。目立ったお怪我もないようですし、安心致しました。冷えますので、どうぞ中に」
フランツェスカは体を半身にし、邸へと促す。
「まさか、君、なのか」
アレクサンダーは信じがたいというような顔で彼女を上から下まで見つめ、そして手を差し出した。
「………えーっと?」
フランツェスカは目を瞬きながら、彼を見上げる。
彼女より背が高く、オーラも鋭くて怖い雰囲気があるが、それでも容姿は端麗な王弟。
前髪は6:4くらいで分けたマッシュのウルフカットが似合っている。
彼が差し出した手の形はエスコートの形ではない。握手のような形だった。
「握手だ」
どうやら本当に握手だったようで、フランツェスカは驚きつつも彼の手を握り返す。
すると、彼はそのままフランツェスカを引っ張った。
彼女も驚いたが、声を上げることはなく、彼に抱きつかないように距離を取るために手で彼の胸を少し押さえながら、近くで見上げる。
「フラン、なのか?」
王弟の問いに、フランツェスカは目を大きく見開いた。
その言葉に彼の周囲がざわつく。
「どうしてそう思うのですか」
彼女は冷静を保ちながら、問い返す。
彼の瞳に自分の顔が映っている。髪型も令嬢らしくまとめているし、今は男装をしていない。もしかして、バレたのだろうか、と。
「握った手のタコの形だ」
彼は自信ありげにそう答える。剣を握る人の特有のタコが手の平にある。馬に乗ると手綱を引くので、その摩擦でできるタコもある。
そして、そのフランとやらの手は女性のような指をしていたのを覚えている。すらりと細長いというか、まさにこのフランツェスカの手のような。
「あと、もうひとつ知っている」
彼は「失礼」と言うと、彼女の髪を流し分け、うなじを覗きこんだ。
「確信した」
彼はそのうなじを見るとすぐに髪を戻す。
「殿下!肌を見るのは無礼ですっ!!!」
ウォルバートが叫ぶ。
「構いません」
フランツェスカは彼を制す。そんなことを咎めるほど、狭量ではない。
「君がフランだろう?何と呼べばいい?」
アレクサンダーはそう彼女に問いかける。少し、にやりと笑いながら、確信を持って。
「何でも構いませんよ。フランツェスカでもベルンハルト公爵令嬢でも」
彼女は答えた。前者の問いには答えずに。
「いい名だ」
「殿下のお名前も好きですよ。アレックス」
彼女はにこりと微笑むと、イタズラな顔でそう告げた。
その言葉に、アレクサンダーの周囲は目を見開く。彼本人はというと、嬉しそうな顔をした。少し無邪気なような。冷酷無比は嘘だったのか、と問いただしたくなるような笑顔で。
ウォルバートはもう唖然としていた。あのフランが女性だということは分かっていたが、まさかベルンハルト公爵令嬢だったとは。
「お手を、フラン、ツェスカ嬢」
王弟は彼女の手を取り直し、エスコートの形を取る。
「皆さんもお食事を用意していますので、どうぞ」
フランツェスカは騎士達にそう言って、王弟アレクサンダーの手を取り、邸に入るのだった。
♢
夕食を皆で取り直したあと、アレクサンダーはベルンハルト公爵に頭を深々と下げた。
「先の戦、あなたが戦場に援軍を寄越してくれなければもっと死人が出ていました。本当にありがとうございました」
彼は感謝を述べる。
「殿下、頭をお上げください!当然のことをしたまで、ですよ」
公爵は慌てる。
それに、彼はなにもしていない。
「あの時、指揮をしていたのはこちらのフランツェスカ嬢では?」
アレクサンダーはチラと彼女を見ながら、そう尋ねた。
「………フランツェスカ。話したのか?」
公爵は恐る恐る彼女に尋ねる。
「殿下が気付きました。流石に素顔を見られていますし」
彼女は何も問題はない、という風に答えた。
「お前が問題ないと言うなら、良いが」
公爵は言う。
フランツェスカは微笑む。彼女はこの中性的な顔立ちを活かし、よく男装して騎士と混ざって剣術等に励む。
知っている者は知っているが、男装騎士が本当に女性だと信じる者の方が少ない。
アレクサンダー率いる王国兵は、敵国の援軍にて窮地に立たされていたのがふた月ほど前の出来事。
援軍要請が来て、いの1番に向かったのがベルンハルト公爵家の騎士と私兵達。
それを率いていたのが男装フランツェスカだった。
「王弟殿下は秘密をぺらぺらと喋る方ではありませんし」
フランツェスカは優雅に紅茶を飲みながら言う。
戦場にて、彼女はアレクサンダーと仲良くなったと思っている。
あまり感情を表に出さない彼が、最後の最後に愛称を教えてくれたのだから。
まあ、あまり会話という会話はしていないが。
「フラン……いえ、フランツェスカ嬢には大変お世話になったのです」
アレクサンダーは少し苦笑しながら述べる。
「援軍と言いながら、医療の心得もあったおかげで救われた命がたくさんございます」
彼は本当に感謝しており、頭をまた下げる。
「殿下のお役に立てたならば、良うございました」
公爵は嬉しそうに答え、続ける。
「あまりおもてなし出来るほどではないかもしれませんが、ゆっくり休んで下さいませ。湯殿に案内させます。酒はやめておきますか?」
彼は尋ねる。
「そうですね。やめておきます。深酒になりそうで」
アレクサンダーは苦笑する。
「分かりました。では、本日はゆっくりお休みください」
公爵はそう言うと彼らを風呂に連れて行け、と侍女達に命じる。
侍女達はアレクサンダーを見て、少しだけ縮み上がった。
目つきとオーラが怖いのだろう。確かに三白眼も相まって怖い所はある。
「こちらです」
侍女は声をかける。
アレクサンダーが「ああ」と返事して立ち上がると、長身故にまた侍女がびくつく。身長差がありすぎると、こうも威圧的に感じるのかというくらいの威圧感である。
フランツェスカは静かに立ち上がると、「殿下。私が案内してもよろしいでしょうか」と声をかける。
「ああ」
彼は答える。
また他人を威圧させてしまったと、彼は内心で反省した。
「フラン、ツェスカ嬢」
彼は少し名前を言いにくそうに、彼女を呼ぶ。
「はい。何でしょう?」
彼女はふわりと微笑みながら、彼を見上げる。
「俺……、私のことは怖くないのか」
「別に、何も?私の中では、信頼できる殿方だと思っております」
フランツェスカは恥ずかしがることなく、そう答えるのだった。




