序章 Ⅳ
「殿下、私を救って頂き、ありがとうございました」
フランはそこから去るとき、アレクサンダーに向かって深々と頭を下げた。
自分が毒で倒れて2週間後のことだった。
「いや、何てことはない」
アレクサンダーはそう短く答え、フランを見る。
長い黒髪をポニーテールにしているフラン。一般的な男性より少し低いくらいだが、見劣りしない背丈。目鼻立ちはくっきりしており、中性的な顔立ちだ。男性ならば美男子だと評するし、女性ならば凛々しさがあるので同性から惚れられそうだ。
「?」
フランは、アレクサンダーを見て少し首を傾げる。
何故か自分をジロジロと見られている気がする。
「殿下はきちんと治してから、帰ってきて下さい。無理して帰ってきませんように」
フランは忠告する。
「ああ」
アレクサンダーは頷く。
本当に最後の最後まで、あまり喋らない人だ。フランは苦笑する。
「………」
立てるようになったアレクサンダーの側近ウォルバートは、2人の様子を見て苦い顔をする。
アレクサンダー暗殺事件の日、フランの正体をウォルバートも知ったのだ。アレクサンダーと寝所を共にしていたので、医者との会話を聞いていた。
アレクサンダーが彼女に興味を持ったのは、見て分かる。
「俺の方こそ礼を言う」
アレクサンダーはそう口にした。
その言葉にベルンハルト公爵家の騎士達は顔を見合わせ、嬉しそうな顔をした。
あの、冷酷な王弟アレクサンダーが礼を言うなんて。
「では、帰ります」
フランは馬に乗ろうとする。
その動きをアレクサンダーは止めた。
フランの赤い柄飾りが手に触れる。
「お前にアレックスと呼ぶことを許す」
彼はフランだけに聞こえる声で、そう告げた。
「!?」
フランは目を見開いた。
「え、あ」
フランは驚いて声が出ない。
あの冷酷王弟殿下が?
「恐れ多いのですが」
フランは言う。
「お前だけに許す。落ち着いたら、公爵邸に寄るから待っておけ」
「………承知しました。アレックス」
フランは微笑んでそう言った。
それを聞いてアレクサンダーは満足そうな顔をして、フランが帰って行くのを見送った。
♢
フラン達ベルンハルト公爵家の騎士達が見えなくなったあと、アレクサンダーは自分の指揮下にある騎士達に向き直る。
先程までの穏やかな空気は何処に行ったのやら、彼の目つきと空気感でいきなりピリピリとする。
「戦は何事もなく終わったが、しかし」
アレクサンダーはここで区切る。
「裏切り者が見つかっていない」
彼は騎士一人一人を順に見やる。
少しでも挙動不審な行動を取れば斬るぞ、と言わんばかりの威圧をしながら。時間をかけて、各々をじっと見つめていく。その時間は一瞬だったかもしれないが、皆には長く感じた。
「覚悟しておけ」
彼はそれだけを言うと、背を向けた。
視線か外れたことにより、やっと騎士達は息を吐く。
先程の睨みだけで自分達は呼吸を忘れていたのではないかと言わんばかりに、息を多く吐く。
過呼吸になった者もいるようで、何人かが地面に膝をついた。
「息を吐き出せ。長くな」
過呼吸の騎士に他の騎士が対処法を教える。
そして、落ち着いてきたのを見て安堵する。
「殿下は敵には容赦ないが、味方ならばこれほど強い者はいない」
「だが、怖すぎる。目つきが悪い。言葉も少ない」
過呼吸だった騎士は、恐怖にぶるっと震える。
「お前はこの戦で殿下の配下になったばかりだな。殿下の考えを理解するにはまだかかるだろう」
そう言う騎士は肩をぽんぽんと叩いてやる。
「殿下の周囲は彼が何も言わずとも理解している者ばかりで構成されている。故に殿下の口数が減っていくのさ」
「じゃあ、俺なんてまだまだ先だな」
「そうだな。俺ですらまだ分からんことだらけだ。殿下は警戒心が強いからな」
彼は苦笑する。
「ほら、助けに向かったベルンハルト公爵家の騎士、フランだって殿下に首を絞められたらしいぞ」
「げ。本当か。恐ろしい」
「それでも怒ることなく、あのフランは殿下の看病に付きっきりで、暗殺者から殿下を守るために傷を負った。殿下が少しばかり心許すのは当たり前さ」
「なるほど。にしても、あのフランっていう奴、男にしては綺麗だったな」
「ああ、それには同感だな。あの顔で戦場にいたなら、慰み者になっていただろう」
戦場ではおかしくない。ストレスなどもあり、男性しかいない中で発散するには男性同士でするしかないのだ。それか、街から娼婦を呼ぶか。
「もしかしたら、殿下とやってたのかもよ」
「まさか。殿下はそんなものに興味がないさ」
「何故そう言い切れる。殿下も男だろう」
「バカか。殿下は王位継承争いにならないために結婚をする気はないんだ。色んなことを防ぐため、不能の薬を飲んでいると言われているくらいだぞ」
彼は説明する。
その言葉に聞いていた騎士は目を丸くする。
「まさかだろう?だが、そう噂されるくらいにそういう下世話なネタは殿下から出てこない。だから、お前も言葉には気を付けろ」
「ああ、分かった」
彼は頷く。
早く王都に帰って休みたいと願いながら。




