序章 Ⅲ
医療テントにて治療を行うこと五日間。やっと国からの援軍が到着した。
「よくぞ、持ち堪えた」
騎士団の1つが大隊を連れてやって来て、ベルンハルト公爵家を褒めた。
「ありがとうございます」
フランが頭を下げる。
そして、アレクサンダーのことを話す。
「殿下のことはお前に任せる。そのまま治療に専念させろ」
「かしこまりました」
フランは承知する。
「護衛をいくらか置いていくか?」
「可能ならお願いしたく存じます。我々の騎士も休ませたく存じます」
「分かった。あそこの何人かをいくらか使え」
「ありがとうございます」
そうして、フランはアレクサンダーの元へと戻る。戦は本家の者に任せたら良い。
公爵家の騎士達は、襲撃に備え、ずっと警戒した五日間を過ごしたのだ。
「殿下、足はどんな感じですか」
フランはアレクサンダーの様子を尋ねる。
足首が折れていたのかと思っていたが、どうやら捻挫で済んだようだった。大人しくしていれば1週間ほどで腫れも引いてくるはず。
「違和感はあるが、マシにはなった」
アレクサンダーは座ったまま答える。
近くには、彼の側近であるウォルバートが横になっていた。
「それは良うございました」
フランは本当に安堵する。
「先程援軍が来ました。騎士も何人か置いていってくれるようです」
フランは説明する。
ここにはアレクサンダーとウォルバートだけ移してきた。他の患者は別テントだ。
「そうか」
アレクサンダーは短く答え、息を吐く。
彼はあまり話すことが好きではないのだろう。フランも無闇に話を振らないし、根掘り葉掘りも聞かない。
「腕の包帯、替えますよ」
「ああ」
彼は本当に必要最低限しか喋らない。三白眼ということも相まって、顔は怖い印象を受ける。
「あの時は首を絞めて悪かったな」
「……」
その言葉にフランは目を瞬いた。
彼が謝るなんて。冷酷無比、無慈悲で恐怖と畏怖の対象である彼が。
「何だ」
アレクサンダーは眉間に皺を寄せる。
「……いえ」
フランは少しおかしそうにくすりと笑った。
「……お前、食べてるのか」
アレクサンダーはギロリとフランを見ながら、そう尋ねる。
何だその質問は。
フランはまた目を瞬いた。
「どういう意味なのでしょうか」
フランは素直に聞き返す。
「細すぎるからだ」
アレクサンダーは言う。
その言葉にフランは納得がいった。どうやら、自分の体の線の細さを言われたらしい。
「これでも食べているのですが、筋肉はつきにくいのです」
フランは苦笑しながら答える。
「……そうか。元々医療従事者なのか」
アレクサンダーは尋ねる。フランが治療に慣れている様子なのを見て、そう尋ねた。
「いえ。薬草などに詳しいだけの凡人です」
フランは肩をすくめ、そして、包帯を巻き終えた二の腕を少し叩いた。
「くっ。お前」
アレクサンダーは恨みがましい目でフランを見る。
「それにしても、公爵家の騎士達を束ねる者がこんな若いとはな」
「我がベルンハルト公爵家は実力主義ですから」
フランは微笑みながら答えた。
「お前、笑うと女みたいに見えるな」
アレクサンダーは思わず呟く。
「すまん、失言だ」
彼は慌てて謝罪する。
少し元気になったと思えば、アレクサンダーは意外な素顔をちょくちょく出すようになっていた。
フランは三度目の目を瞬きながら、口を開く。
「よく言われますので大丈夫です」
「だが、その顔では男だと分かっていても襲われる対象になるぞ」
「心配してくれているのですか」
フランは驚く。
「私めのことより、殿下は早く回復してくださいませ。そうでないと、私帰れません」
「まあ、そうなんだが…」
アレクサンダーは言葉を濁し、フランを見つめる。
「帰ったら礼をする。公爵邸に寄らせてもらう」
「!……かしこまりました」
フランは驚いたものの、頷いた。
厚意を無碍にするべきではない。
「さあ、まだゆっくり休んで下さいませ。昼食頃にまた来ます」
フランは立ち上がり、彼の元をあとにした。
♢
それから2週間後。
戦自体は隣国の投降で終着したようだったが、重傷者が多いアレクサンダーの隊はまだ動けずにいた。その為、フラン達も治療するためにとどまる。
そんな落ち着いたであろう時の気の緩みが出てくる頃の出来事だった。
「っ!」
フランは飛び起きる。
アレクサンダーのいるテントで横になっていたのだが、殺気を感じた。
短剣を抜き、気配を読む。
「!!!」
敵が2人、アレクサンダー目掛け、飛び掛かった。
フランは思い切り体当たりをして、軌道をずらす。
「ちっ!」
1人がフランに向かって襲いかかる。もう1人はアレクサンダーに向かう。
フランは何とか受け切るが、このままだとアレクサンダーがやられてしまう。
「バカが」
一言咎めの声が聞こえ、アレクサンダーは枕元に隠していた短剣で敵の喉元を切り裂いた。
「!」
フランは驚いたものの、アレクサンダーを守るように覆いかぶさる態勢を取ったので、反撃に転じられない。
アレクサンダーはそれを分かったのか、フランを抱きしめるように引き寄せ、自らの短剣で敵の剣を弾き、その剣を喉に向かって投げ放った。
敵は喉に剣が刺さり、そのまま事切れる。
「無事、か」
アレクサンダーはフランに尋ねる。
「はい。ありがとうございました」
フランは感謝し、彼の上から体をのけようとし、そのままアレクサンダーにもたれかかるように倒れてしまう。
「ぐっ」
フランは呻く。
「おいっ」
アレクサンダーはフランの背中を探る。
剣が掠ったようで、血が出ていた。そんなかすり傷で倒れるなど、毒しか思い当たらない。
「切るぞ」
アレクサンダーは、フランの服の背中部分を切り裂く。
黒くて長い綺麗なポニーテールを前側にのけて、傷口が見えやすいようにする。
白い綺麗な体にうなじにほくろがぽつんとあるのが目に入った。
「さらしも切るぞ」
アレクサンダーはさらしを引っ張り、体を傷つけないよう慎重に切る。
さらしをしている騎士はあまりいないが、別に絶対にしないわけではない。少し違和感はあったが、何も気にせず、傷口を確認する。
さらしをしているせいで余計蒸れるためか、毒と相まって汗をかいていた。
彼はフランの切り傷に口を寄せる。案の定、色がおかしい。
「んんっ!!」
フランは痛さとこそばさで声を上げる。それも女のような。
フランは慌てて自分の口を手で押さえた。
「なるべく吸い出す。じっとしてろ」
アレクサンダーはフランの背中の切り傷から毒を吸い取って吐き出した。
少しの間そうしていて、フランは我慢の限界が来たのかそのまま気を失うようにして倒れこむ。
お腹に回していた手を上半身を支えるように肩に手を回して、倒れこむのを受けるアレクサンダー。
「…?」
彼は違和感を感じながら、フランをうつ伏せに自分の隣に寝転ばせる。
違和感を探ることはせず、フランを休ませることが先決だと判断した。
「誰かあるか!」
アレクサンダーが声を上げると、3人ほど部屋に入ってくる。
「こいつらを処理せよ。あと、医療者を1人呼んでこい。毒にやられた」
アレクサンダーは簡潔に指示を出す。
ものの数分で暗殺者が処理され、入れ替わりに医療班の班長がやって来た。
「フランが毒の剣で斬られた。一応吸い出したが、熱がある」
アレクサンダーは状況を説明する。
フランが彼の横で寝ている状況を見て、医者は目を見開いた。
「運んでも構いませんか」
医者は進言する。
「先にここで治療した方がいいだろう」
アレクサンダーは答える。
「……」
医者は仕方ないといった顔で、フランの傷を見る。
「何だ。何を隠している」
アレクサンダーはなにかを読み取り、冷たく鋭く尋ねた。
「いいいいえ、何も」
医者はそう答えるが、答え方を間違ってしまう。今のでは余計に怪しまれた。
「言え」
アレクサンダーは短剣を抜いた。
「も、申し訳ありません!こればかりは、ご容赦を」
医者はフランの秘密を隠そうとする。
「何だ。言え。俺を誰だと思っている」
アレクサンダーは脅す。
「ひぃ」
医者は縮み上がる。三白眼が怖い。黒い瞳も相まって吸い込まれてしまいそうな。怪我人だと思えないオーラである。
「フ、フラン様はお嬢様、でございます」
医者は心の中でフランに謝りながら、アレクサンダーの睨みに耐えきれず答えた。
「!?」
アレクサンダーは目を見開き、隣に眠るフランを見る。
「……分かった。治療をしてすぐに去れ」
「え、いや、その」
医者はしどろもどろになる。
「手は出さん。早くやることをやれ」
アレクサンダーはそう指示を出した。




